恋する夜のカミングアウト

 夜の静けさの中、机に向かってシャーペンを走らせる音だけが響いていた。


 日向陽菜は、自室で英単語帳と格闘していた。ポニーテールの毛先が、集中に合わせてわずかに揺れる。


 部屋の隅では、タブレットから軽快なトークが流れている。お気に入りのネットラジオ『夜ふかしトーキング』だ。


「――というわけで、コンビニにパジャマ姿で行ったら、まさかの担任に遭遇したって話!」

「わかるぅ~! しかもよりによってノーブラとか!」


(なにそれ、はずっ……)


 陽菜は思わず口を開き、しかし誰に聞かれるわけでもないのでそのまま呟きに留めた。顔が少し赤くなる。


 蒼真のせいで、というか、蒼真のおかげで、このラジオはすっかり彼女の生活の一部になっていた。最初は付き合いで聞いていたのに、気づけば毎週のルーティン。


 しかも――これ、実は一年も前からの習慣だったりする。


「さてさて、続いては恒例のコーナー、『恋する夜のカミングアウト』いってみましょうか~!」


「きたきた! あたしこのコーナー好きー」


 軽いノリのトークが心地よく、陽菜は単語帳をめくる手を止めずに耳を傾けた。


「えーっと、今回のおたよりです」


『僕が一番好きな彼女の表情は、顔を真っ赤にして恥ずかしがってる顔なんです』


(なにそれ、サイテー……)


「おっと、最初から愛が重めですね~」


『この前、一緒にショッピングモールに行ったとき、僕が「これ似合いそう」ってTシャツを渡して、彼女に試着してもらったんです』

『その間に、同じものをこっそり買っておいて――』

『試着室から出てきた彼女にそのままプレゼントして、「今日はこれで行こうよ」って言ったら、ちょっと恥ずかしそうにしながらも頷いてくれて――』

「それはまさか……あれか? おそろいコーデ……?」


(……なんか、どっかで聞いたことあるような……)


『店を出たあと、トイレで急いで着替えて、何食わぬ顔で合流しました』

「用意周到ぉ~!」


『ふたりで歩いてたら、偶然クラスメイトと遭遇して、「え、ペアルック?」って言われて……。そのときの彼女の顔がもう、真っ赤で耳まで熱そうで……最高でした』

「うわあああ~!! 見てるこっちが恥ずかしい!!」


 陽菜は無意識にペンを握りしめ、わなわなと震え始めた。


『あのときの顔、たぶん一生忘れません』

「わかる、わかるけどさ~……!」


『……ちなみに、そのTシャツはまだ二人とも持ってます』

「尊いかよ……!」


「以上、ペンネーム『陽菜大好きっこ』さんからのお便りでした~!」


 

「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛んのバカあああああああああ!!!」


 静かな夜に、陽菜の絶叫が響き渡った。


(……翌日、ラジオの録音データは、しっかり蒼真のスマホに保存されていた)

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