第9話「Wデート」



「おはようございます。」



「おはようー。」



先日、水族館に行ってから初めて会う富山さんは「明け」の為か、少しテンションも低く、今日は疲れた表情。


自分は、今日A駅での日勤業務と呼ばれる、朝から夜までの通常勤務。朝の点呼後、当直の指示に従い、窓口業務のサポートや駅の案内、ポスター&パンフレット冊子、チラシ整理、駅室内や駅内の掃除等の業務に入る。まずは、A駅時刻表の冊子を窓口に補充する。



改札窓口には寺田さん、券売窓口の方には佐藤くんが入り、富山さんからの引き継ぎが行われている。



「じゃ、そういう事だから。後よろしくね。」



「はい、お疲れ様です。」


引き継ぎを終え、その場を去ろうとする富山さんが自分の方を見つめて、



「『ポンちゃん』もお疲れー。」



「あっ、お疲れ様です。」



「えっ?」


まず佐藤くんが反応し、



「えっ?」


続いて寺田さんが反応する。



「…何?」


二人に詰め寄られ、



「ポン…ちゃん…?!」

「ポンちゃん?!」


二人からの総ツッコミを食らい、事の説明をするが、なかなか納得して貰えず。佐藤くんからは、絶対に付き合っていると言われ、その発言に対して、寺田さんは何故か激しく動揺をし、自分の言葉だけを信じると言い出す。自分は、ただ「あだ名」を付けられただけだと再度二人に話し、笑ってその場を後にする。変な事になってきた。



その後も、1ヶ月に一度のペースで「明け」の重なる日に互いに行きたい場所へと二人で赴き、ランチを食べて帰宅するという「月一ランチを食べる会」を二人だけで催していた。今のところ美術館、水族館、植物園、水族館、そして今日来た県内の別の美術館の順に訪れ、そこで催されている有名絵画の展示会を鑑賞後、ランチを食べながら、富山さんと次回の場所について語り合う。



「富山さん。」


「何?」



「富山さんのターンだけ、毎回同じ水族館じゃないですか?」


自分がそう話すと富山さんは、



「だって、行きたいんだもん。」


そう言って、自身のランチで注文したカップに注がれたアップルティーをゆっくりと口にする。



「他に行きたい場所とかはないんですか?」



「んー、無い。」


はっきりそう言われ、少し考え込む。そして、



「あ、そうだ?!」



「何?」



「次、別の水族館行きません?」


個人的に、同じ水族館ばかり行くよりも、別の水族館に行く方が楽しいかと思い、富山さんに提案する。



「けど、そうなると県外になるよ?遠いし、帰ると夜にもなるよ?」


富山さんの言葉を聞き、



「だから、休日を合わせて行きましょうよ?」


そう話すと、急に富山さんの表情が堅くなり、



「…それって…もう…デートじゃん?」


富山さんのその言葉を聞いて、



「いや、『明け』か『休日』かの違いじゃないですか?」


自分がそう話すと富山さんは、



「休日に行くってなると、私服でしょ?二人でって事は、それってデートじゃん?…私…嫌だよ。」


そう言われたので、



「自分には、その違いがあんまりわかりませんけど、じゃあ、二人でなければ大丈夫なんですよね?」


彼女にそう確認をする。



「ん?どういう事?」




翌月、


「今日は誘って頂きありがとうございます。」


「ありがとうございます。」




という事で、今回、初めて休日に行く他県の水族館へ、福元くん&桐谷さんカップルを一緒に誘ってみた。



四人の待ち合わせ場所に最適なY駅で一度待ち合わせ、水族館の最寄り駅、X駅へと快速電車に乗って四人で向かう。空いていた四人が向かい合って座れるBOX座席に座り、



「けど、お二人仲がいいなんて全く知りませんでした。」


自分の正面に福元くん。



「私も。」


その隣に桐谷さん。



「違う違う。月一“明け”に水族館か美術館に行くってだけの仲だから。良くはないから。」


自分の隣には強く否定をする富山さんが座り、



「ちょっ、痛いですよ。」


自身の腕に彼女から肘をグイグイと押し付けられる。



「今回の水族館は行ったことないんだよね?」


福元くん達に自分が尋ねると、



「はい、他県の水族館にはまだ行ったことなくて。」


すると富山さんが、



「普段あんた達ってデートとかどこ行くの?」


と福元くんに質問する。



「基本的には、映画を観てからのショッピングとかが多いんですけど、他に遊園地、文化財巡り、県内の水族館、動物園にも行きました。ね?」


「うん。」


隣同士、互いに見つめ合い確認し合う二人の笑顔に、



「爽やかだねぇー。」


富山さんも、思わず唸る。そして自分も、



「ですね。お似合いだよー。」


その言葉に、



「ありがとうございます。」


福元くんも嬉しそう。そして、



「桐谷さんも今日は楽しもうね!」


並んで座る桐谷さんにも声をかける。



「はい!…あの、今日宮島さんに一度お礼を言いたくて。」



「ん?何?」



「福元くんから、相談に乗ってもらってたって話を聞いて。その時の言葉がすごく勇気になったって。」


彼女からもその話を聞いて、



「いやいや。自分が思った事を伝えただけだよ。」


それを隣で聞いていた富山さんが、



「へぇーあんたも結構、後輩想いなんじゃん。」


また富山さんから自身の腕に肘をグイグイと押し付けられる。



X駅へと到着すると、四人は水族館方面の出口を出て、そのまま水族館まで歩いて向かう。そして、



「さぁ、着きましたよー!」


水族館に到着すると、四人は、入館ゲートをくぐり、水族館内を一緒に廻る。巨大な水槽のパネルが180度張られたトンネル空間を歩きながら前に進むと海の魚たちの魚影の大群が僕らをお出迎え。また様々な大陸の魚や水辺の生き物のコーナーもあり、アジアやアマゾンに住む淡水魚たちも出迎える。館内を廻りながら四人でお昼のランチを食べた後、富山さんから促され、



「じゃあ、今から別行動にする?」


と自分が福元くん達に提案する。



「いいんですか?」


福元くんの声に、



「せっかくだもん。二人で廻ってきなよ。」


と笑顔の富山さんも二人に促す。



「じゃあ、お言葉に甘えてそうさせてもらいます。」


巨大な水槽パネルに浮かぶ、蒼白く輝く魚影の群れに包まれた福元くんと桐谷さんの仲睦まじい後ろ姿を見ながら、



「じゃ、楽しんで来てねー。」


互いに二人を見送ると、



「よし!行こうポンちゃん!」


富山さんに腕を引かれ、再度、水族館内のまだ廻れていないコーナーを一緒に廻る事に。



南極コーナーのペンギンやクラゲコーナー、そしてイルカやアシカのショーなどを一緒に観ながら楽しい時間を過ごす。特にイルカのショーでは比較的前の席だった為、こちらに水しぶきが飛んできて、少し濡れるハプニングが発生。しかし、その時に見せた富山さんの笑顔が今まで見たことのない、子供のような表情で、横で見ていても今日ここに来れて本当に良かったなと素直に思った。そして、その楽しい時間も早々と過ぎて行き、気付くとそろそろ待ち合わせの時刻。ゲート近くに四人でまた再度合流をする。そしてお土産コーナー等も見ながら、夕方近くまで水族館を満喫する。





「今日は本当にありがとうございました。」


「ありがとうございました。」



「じゃあ、またね。お疲れー!」


「またねー!」


Y駅に到着し、到着ホームで四人は解散。それぞれ別々に夜の帰路につく。


自分と富山さんは乗り換える電車のホームが近い為、二人並んで歩きながらそれぞれが乗る電車のホームへと向かう。



「楽しかったですね。」



「うん。あの二人本当仲いいね。」



「確かに。」


歩きながら少し会話の間が空くと、富山さんが、



「…あのさ。この前、あんた、手の話をしてたでしょ?」


そう聞かれ、



「えーっと、寺田さんもおられましたよね?はい。」


そう話すと、彼女はうつむき加減に小さな声で、



「その……本当に温かいの?」



「いや、分かんないです。」



「…だよね。」





「…繋いでみます?」


自分の放ったその一言に反応するかのように、富山さんはその場で足を止める。



「はぁ?何であんたなんかと!」


自分も足を止めて、



「子供でも繋ぐんですから。僕はいやじゃないですよ。」


そう言って、彼女に手の平を差し出し、



「はい。ほら。」


こちらが差し出した手を、彼女はじっと見つめ、躊躇しながらもゆっくりと握っていく。



「どうでしょう?」


彼女に確認すると、堅い表情をしたまま、うつむき加減で、



「…温かいじゃん。」



「ねっ!やっぱり。」


二人はそのまま手を繋いで、互いの乗り換える電車のホームまでゆっくりと歩き出す。



「これ、手を繋ぐのって、二人の中で一番“ 最強 ”だと思いません?」


自分がそう話すと、



「何、“ 最強 ”って?…」



「富山さんは、その手が温かくなる。自分は横に並んで歩くから、富山さんの香りで、優しい気持ちになる。ねっ、“ 最強 ”でしょ?」


それを聞いた彼女は、



「…どうかな。」


うつむいたままの彼女の表情が、少し緩む。



「“ 最強 ”ですよ。」


自分がそう話すと、彼女は繋いだその手を何度も見ながら、



「本当に…温かいんだ…。」



不思議そうな顔をして、少し微笑んでいた。


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