第5話 ペイデイ!

 ハイパースペースというのは俺の想像よりも奇妙なところだ。背景こそ暗い紫色をしているが、たまにキノコで出来た輪っかをくぐったり、お花畑が並走したりしてくる。いや、これは俺が疲れてるだけだろうか……なんか小さい羽の生えた人がこっちに手を振ってきたので振り返しておいた。


「お花畑が並走してくるの、かわいいよね~~あーしあれ好きなんだ~」

「あれは俺が搾られすぎて疲労困憊で見ている幻覚とかじゃないんだな……」

「初めてハイパースペースに入った人ってみんなそういうらし~よ~」


 脳がバグってしまう。こちらの文明の話は色々聞けたが、ファンタジーが混ざってくると途端に脳が理解を拒み始める。だが、そろそろ現実の時間が近づいてきた。


 ハイパースペースから降りる時間だ。


「コーリィ、そろそろ出るよ」

「は~い~」


 コーリィは副操縦士席に座ることになった、ほとんど押しかけ女房である。それはさておき初のハイパースペースからの脱出だ、カウントしたくなるよね。


「5、4、3」

「カウントいらなくな~い?」

「俺は必要なの!あぁっ!ハイパースペースから出ちまった!」

「ゼロ~~~!!」


 特に大きな音がなったりすることもなくぬるりと満点の星空がある世界へと戻ってきた。俺達の正面にはとても大きなひし形の灰色で出来た構造物が佇んでいる。そのひし形の中央にだけキラキラとした光が瞬いており、正直なところ不気味としかいいようが無かった。

 

 あれがコロニーだっていうのだからわけがわからない、重力は魔法で確保しているのだろうか。


「デカいな……」

「数十kmあるとか聞いたよ~、あのキラキラ光ってるところ~あそこが宇宙港だからあそこへ近づいてね、で~ドック申請するの~」

「了解、事故を起こさないように進むよ」


 巡航速度のまま真っ直ぐと進むこと数分、秒速200mなのにこんなに時間がかかるとは思わず、さらにコックピットのシャッターに投影されている映像いっぱいにコロニーの姿が映されていた。中央に開いた穴には二桁以上の宇宙船が出入りを繰り返しておりそれが蜂の巣を思わせる姿だった。


「ドック申請……よし、通らん」

「言ったでしょ~保証金500プニが居るって、私がやるからちょっとまって~」


 所持金0円のヒモ野郎ですまん。


 しかし、このプニという電子通貨は凄い。今俺が居る銀河には惑星1つから宙域を跨いで数百の恒星を支配する国まで様々なものが存在する。そうなると、通貨という問題が生じたらしい。ぶっちゃけ閉じた経済圏でやればよかったんじゃない?と思ったけどみんながみんなそうは思わなかったらしく、ハイパードライブなどを通じて交易をしようとしたらしいのだ。


 そういうわけですったもんだ紆余曲折いくつかの恒星が蒸発したりすることになり、機械知性と呼ばれる人造生命達が共通通貨としてこれを使えと押し付けてきたのが電子通貨P.U.N.I、Planet Unified Network Interchange……的な単語が組み合わさっているらしい。


 この通貨はこの通貨を使う国々と星の外に住む人々がその価値を保証し、その安全性を機械知性達が運営する団体、銀河信用金庫連盟と呼ばれる者達が保証している。なお、この銀河信用金庫連盟、現状知的生命体が居る全ての宙域に支店を出しており、基本的にどんなところでも取引が出来る。


 なんなら宙賊達の取引でも使われてるらしい。


 銀河信用金庫連盟を筆頭に採掘ギルド、傭兵ギルド、農業ギルドとかが下部組織として存在しているらしい。で、コーリィが住んでいるこのスペースコロニー、ザーダールには冒険者ギルドが無いので、俺は傭兵ギルドに登録して身分証明書の確保、銀河信用金庫連盟の口座を開設をするのだ。


 なお銀河信用金庫連盟の創業年数は8,963年となる、このあたりの宙域で暦は彼らの物を使用しており、今日は創業年数8,963年6月30日らしい。一年は360日基準だってさ。


 これ全部コックピットの端に作られた仮眠場所で教えてもらった。両耳学習ASMRだった。今日の豆知識、コーリィは口を2つに増やして同時に喋ってくる。


「ドッキング申請とおった~自動操縦で止まるよ~」

「わかった、コロニーに降りる準備するか」


 ザーダール。コロニーの入口は大きい。縦に数kmはポッカリと開いているだろう。これなら秋の訪れ号ですら中に停泊が可能だろう。もっとも、あれほど大きな船は中ではなく外側に停泊させるとのことだが。


 コロニーの中に入ると、左右には古い薬屋の薬箪笥、もしくはオフィスで使われている引き出しユニットのように縦横で整然と並んだシャッターの列が出迎えてきた。このシャッターは一つが縦50m横50mの非常に大きな物となっており、コルベットに満たない大きさの艦艇を入れるためのドックとなっている。


 トルティーヤダブルに搭載されたAIがコロニー側の指示に従いシャッターの前まで行くとシャッターは自動で開く。内部もやはり縦横高さが全て50mで指定されて作られた正方形の箱だ。この中に艦を止める。人間は艦から降りて動く歩道やエスカレータや路面電車に乗ってコロニー内部の都市へと移動する仕組みだ。


 このシャッターを大量に並べるやり方が他のコロニーでも普通らしい。


▽▽▽


 無地の茶色のズボンに黒いポロシャツに紺色のジャケットを羽織り、レーザーピストルをショルダーホルスターに差し入れたコロニー歩きのスタイルでこのザーダールコロニーに降り立った。


 服はどうしようかなと思ったらコーリィがアルケミストクラフターで用意してくれた。あれミサイル製造だけに使う機械じゃないんだ……って言ったら呆れられた。


「あれは~抽出、合成、制作を全部こなす魔法の作業台なんだよ~~もっとちゃんとした服のレシピがあればよかったんだけど~~」

「無かったものはしょうがない、このコロニーでいくつか服やレシピを買うのもいいだろ、案内頼むよ」

「その前に口座の開設とお金の確保ね~~」


 停泊したドックから出ると正面には幅5メートルほどの動く歩道があり、その周囲には屋台や露店が立ち並んでいた。様々な食べ物の匂いがしてきて、思わず足を止めそうになるがコーリィに腕を強く、かなり強く引っ張られ素直に動く歩道の上に乗り込む。


 未練たらしく露店を眺めているとあまりにも肉々しい串焼きが1本辺り20プニ、推定ビールのような物が350ml缶っぽいサイズで3プニで売られていた。


 1プニ辺り日本円でいくらだ……?ビール基準だと1プニ100円から200円だと思うんだが、となると停泊の保証金は500プニだから5万円か。確か、羽田空港の着陸代って50万円ぐらいだっけ?そう考えると安いな。


 だがビール基準だと串焼きの肉高くね?肉基準だとビールが安すぎじゃね?他の屋台は……っとまた強く腕を引っ張られた。


「素寒貧でしょ~」

「はい」

「そうやってお上りさんしてると変なの引っかかっちゃうからね~~レーザーピストル撃つの面倒でしょ~~」

「ウッス」


 コーリィがジャケットの下に隠れたレーザーピストルをわざわざジャケットをめくって露出させ、周囲に見せつけている。今更だけどコーリィは結構荒事に慣れてる気配がするんだよな。


 それと、このザーダールコロニーでは銃の携帯は誰でも出来る。なおぶっ放した場合は正当な理由が無い限り罰金刑である。治安悪そうって思ったんだけど撃ったら撃ち返されるので思ったよりも治安は悪くないらしい。良くはないとも言っている。


 そうして動く歩道に乗りながらキョロキョロして小突かれること数回。ようやく傭兵ギルド前までたどり着いた。


 傭兵ギルドは五階建てだった、見た目はただの役場にしか見えない。華美なところもなく、今月の標語の垂れ幕が垂れ下がっているだけだ。今月は『ルールとマナーとレーザーガンを守って仕事をしましょう』らしい。


 中に入るとまぁまぁ広い。入ってすぐ、左右にベンチが別れて置かれており、何人かの傭兵らしき人達が会話をしていたようだ。人といってもなんかエルフ耳みたいなのとか下半身が馬で上半身が人のやつとか身長が130cmぐらいの樽みたいなヒゲモジャのおっさんとかでかいカマキリとか色々居る。


 そちらはあまり見ないようにしつつ、真っ直ぐと受付へ歩いていく。受付の周りに人はほとんどおらず、すぐに顔面半分が金属で覆われたおっさんが対応してくれた。


「要件は?」

「新規登録を頼む」

「その年でか?」

「いろいろりゆ~があるんだよ~」


 コーリィさんちょっと黙ってください。


「女連れかと思いきやママか?」

「まぁ、保護者だ、新規登録の手続きを頼むよ」


 おっさんは軽く鼻で笑うと受付から出てきた。ついてこいと言うと歩き出したので素直についていくと衝立で仕切られただけの、たまに仕事で打ち合わせに使うような場所へとたどり着いた。奥におっさんが座って、こちらも促されたので素直に座る。椅子が2つあって良かった。


「出身は?」

「地球、日本という国だ。多分原始惑星だと思われる、テラとかアースって名前でも呼ばれてたと思うが」

「チキュー、ニホン、テラ、アース……ねえな、ここにはどうやって?」

「日本で酒を飲んで眠ったら、いつのまにか宇宙空間に漂うコールドスリープカプセルに居たんだ、よくあることか?」

「あるわけねえだろバカ」

「原始惑星から人をさらうのよくあるよね~~」


 それもそんなにねえからな、と言いながらおっさんは頭をガシガシするとタブレットPCを差し出してきた。画面を覗くと履歴書のような物が表示されている。


「書けるようなもんはほとんど無いだろうが記入しとけ。ここへはステーション連結シャトルバスで来たのか?」

「ちがうよ~、ゲンマが拾った宇宙船~ドック番号は5の31!」

「は?その番号だと船がデカくねえか?数字に間違いは?つーか拾っただァ!?」

「間違ってないですね」


 おっさんが自分のタブレットで何か作業をしだしたのでこちらも記入をしていく。といっても銀河信用金庫連盟で通用する生まれ、年齢、名前、あるならその場所の身分証明書の写し、書けるなら前職と銀河信用金庫連盟で通用する資格の記入欄ぐらいだ。名前と年齢しか埋まらない。


「シップIDが……チッ、被ってるからつけ剥がしがいるぞこれ。ずいぶん古いし破棄申請も出てるから助かったな。まぁそれ以外は問題無し、申請しとくぞ、拒否権は無い。でカメラ……ハァッ!?おまっ、コレ!?何やってんだ!?」

「え?」

「すごいでしょ~~~~~~~」


 おっさんが急にわけのわからないことを叫びだし、コーリィはなんか自慢し始めた。おっさんがタブレットの画面を見せてくるとそれは秋の訪れ号を破壊したときの映像だ。


「こんな映像いつのまに……」

「シップカメラだ。銀河信用金庫連盟に所属する公的職員は下部組織であろうと、船の外部カメラの記憶装置に限定的だがアクセスする権限を持っている、あぁ、このシップカメラの記憶装置の意図的な破壊、隠蔽は重罪だし、ギルドからの支払いにも関わることだからドックに寄港するたびに整備はしとけよ。しかしマジかお前……」


 おっさんがあまりにも騒がしい。外に聞こえるの嫌なんだけどな……。


「あ、それとな、この応接室は魔道具で外に音が漏れないようになってる。存分に話してくれていいぞ」

「それじゃあ、言っちゃあなんですが、なんであんなのが大手を振って動いていたんですか?あんな目立つの、軍とかが討伐しそうなんですけど」

「そもそもな、あれは隣の星系を荒らし回ってた宙族なんだよ。なんでこっちに来てんだか。つってもこの辺りの星系は母星の守護に虎の子の駆逐艦が1隻、コロニーはコルベットが数隻ってもんよ、手が出ないんだ。傭兵も個人で動いてるのがほとんどで大きな団は居ねえ」


 銀河信用金庫連盟における駆逐艦の基準は全長200m以上500m未満の戦闘艦である。コルベットの基準は50m以上100m未満だ。ってコーリィが両耳ASMRで言ってた。


 それを考えるとたしかに駆逐艦並にデカくて、シールドがかなり頑丈で──駆逐艦に搭載する主砲をぶっ放してたからシールド割れたわけだし──ミサイルの射出量も多いとなると、このあたりの軍隊や傭兵じゃ手に負えなかったってわけか。


「つーわけで、最初の5隻の賞金が2,500プニ、秋の訪れ号の賞金は300万プニな、口座とお前の傭兵としての身分証を作るから待ってろ、いやその調子だと情報端末も持ってねえか、おいラフロッティ、どれにするかもう見繕ってんだろ、型番言え、持ってきてやる。」


 雑な円換算で3億円であった。気絶しそう。

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