第52話 守った者と守りきれなかった者

「やあ久しぶり。元気にしてたかい?」


「……随分と、明るく話すのですね。元気ですよ」


巨大な穴の奥の奥、最奥にて鎮座する大神殿にて、地母神と呼ばれた女神は佇んでいた。


「どうだい、僕の結界は? 弱った君じゃ微塵も傷つかなかっただろう?」


「ええ、本当に忌々しいですね。これさえ無ければ、直ぐにでも貴方を殺しに行けたというのに」


紡がれる会話は何処までも殺伐としていて、明るく喋っているウルストもまたその殺意を抑えきれていなかった。


「ふふふ、残念だったね! この世界は既に滅んだも同然! 残っている部分も何もかも僕が念入りに壊してあげるし、塵一つ残しはしない! どうだい、うれしいだろう!?」


「そんなわけがないと自分で考えておきながら聞くとは、やはり相当に性格が悪いですね。嬉しいわけ無いでしょう?」


その棘のある返事に満足そうに笑いながら、ウルストは高らかに宣言をした。


「嘗ての契約を履行しよう! 『最後に勝ち残ったものが負けた者の力を全て回収する』! 僕は君の力を得て更なる高みを目指す! そして、全てを消し去った世界で僕だけの世界を作り上げるんだ!」


それは彼らが争いあったときに交わした契約であり、誓約だった。ウルストはウルストの、ユリアはユリアの望みを叶えるために、死したあとの力を譲ることを決めた。


そんな絶望的状況の中、ウルストが笑い声を上げている最中……ユリアは、不敵な笑みを浮かべていた。


「ふふふ……残念ですが、それは叶いません。この勝負、私の勝ちです」


そう言って、ユリアは満面の笑みを浮かべた。


「は、は……?」


当然、ウルストはその言葉に驚きを隠せない。誰よりも勝ちを確信していたのに、いきなりそれが違うと言われたのだ。無理もない。


「あ、有り得ない! この世界の状態を理解してないのか!? 大陸は消し飛び、人間の数は限りなくゼロに近い! スキルを持った生物はあらかた狩り尽くしたし、魔物も対処済みだ! 何処に負ける要素がある!?」


嘗てユリアに負かされた事をずっと根に持っていた彼は、用心深く行動するということを身に着けた。故に、彼は微塵も価値を疑っていない。疑っていないが……ユリアのその表情は、絶対の自信を覆すほどの威力を誇っていた。


だって彼は知っている。人々を陥れ、神々を殺し尽くした後でさえ、盤面をひっくり返してみせたその存在を……。


「一つ質問です。突如として現れた真の魔王タケル、彼は一体なんだと思いますか?」


「タケル君が、何か……?」


その瞬間、ウルストは何か壮大な勘違いをしていることに気が付いた。彼はずっと、タケルのことを偶々力を持ってしまっただけの凡人だと思っていた。見ていたら分かる、彼は力を全く使いこなせていなかった。まるで、かのように。


だが、もしその認識に穴があったら……ということを考えて、やはりウルストは思考を放棄する。仮に彼が何か特別な力持っていたとしても、現状をどうにかできるとは思えない。どう考えたって詰みだ。


「それがどうかしたのかい? タケル君はもう死んだ。これ以上何が出来るって?」


「ふふふ、やはり詰めが甘いですね、貴方は。だから、こんな簡単なことにも気が付けないんですよ?」


少しムッとして、ウルストは「じゃあ聞いてあげるよ。タケル君は一体何なの?」と少し投げやりに言った。何が面白いのかずっと笑い続けているユリアは、「では少しづつ紐解いて行きましょう」答えた。


「まず一つ目。本来自意識を持たないはずのスケルトンが、明確な意思を持っていたこと。付け加えるならば、知識や教養を持っていたことも含まれますね?」


「ん……? それ自体はおかしいことじゃない筈だ。スケルトンが生前の記憶を取り戻すのは偶にあることだし……特段驚くことじゃない」


ウルストはそう言ってユリアを非難するが、「まあまあ、まだ一つ目ですから」と話を続ける。


「二つ目、自分の力で龍王を復活させたこと。ふふふ、貴方は今でもあの作業が無駄だった……なんて思っているんでしょう? 残念、タケルが生まれ落ちた理由の一つですよ、これは」


「………? まあ確かに、龍王を復活させてみせたのはすごかったと思うよ? でも、実際問題何の役にも立っていないじゃないか。それがここから挽回する切っ掛けになるのかい?」


「いえいえ、これは理由の一端というだけですよ。全く重要ではない。本当の目的はタケル自身にありますから、これは私が多少細工を施しただけすよ」


「………! いつの間に。そうか、タケルはお前が仕込んだ存在だったのか……封印は完璧だったはずだけど、一体どうやって?」


「企業秘密です」


微笑を浮かべながらニコニコと全く同じ表情を維持し続けるユリアに呆れ、ウルストは「で、本当の目的は?」と問うた。


そして、たっぷり間を置きながら、「それはですね………」と言ったユリアは、最後の最後に、もう言葉を続けた。


……そう、理が決まっているからですよ」


「はぁ……?」


今度こそ、ウルストは完全に理解不能だった。何かドデカイ秘密でも出てくるのかと思ったら、出てきたのはしょうもない理想論。タケルは死んだのだ、他でもない自分自身の手によって。だと言うのに巫山戯たことを抜かしてくるユリアに今度こそ殺意が湧いて、彼は影から一本の闇の手をユリアへと向けた。


「やっぱりお前と話すのは無駄だったよ。さっさとこうしておくべきだった」


「本当にそれでいいんですか? まだ私はタケル秘密を話していないというのに」


「どうせまた下らない根性論だろう? 詰まんないんだよ、お前。言いたいならさっさと吐け」


「ふふふ、それじゃあ言っちゃいますよ………」


何処までも飄々とした態度にムカつきながらも、ウルストはその答えを待った。もしかすればまだ挽回の手があるかもしれないと、そう思わせるだけの実績をコイツは持っている。故に、その答えを待って待ち続け……最後に放たれた言葉は、何処までも聞いたことを後悔するものだった。



「は…………」


今度こそ、ウルストの頭は完全にフリーズした。タケルが……何だって?


「正確に言えば、タケルは貴方が成せなかったことを成し遂げた人物……ですね。覚えているでしょう? 女の子が亡くなった、あの事件の日のこと………」


「うわあああああ!!」


ユリアがその話題を出した瞬間、ウルストは突然頭を抱えて蹲った。もう聞きたくないと拒否する彼を置いて、ユリアその続きを語る。


「貴方が世界を滅ぼしてきた理由……それは、ただ自分が成せなかったことを無かったことにしたいだけ。トラウマなんでしょう? あの女の子の両親の声」


「や、やめろ……! それ以上喋るな……!」


「《《嘗て貴方は女の子を救えなかった》。何時までも後悔が消えず、やり直したいやり直したいと願い続け……ある日、力を手に入れた。それは世界を滅ぼす魔王の力。でも、貴方には滅ぼす力しかない。新しいものを生み出せない貴方はその星の全生命を狩り尽くし、やがてその魔の手を別の星に向けた………何時しか、自分がしたことを誰も知らないと確信できる場所を作り出すまで」


「辞めろってぇ……言ってるだろぉぉぉ!!!」


恥も外聞もなくただただ喚き続けるウルストを放って、ユリアは淡々とその事実を述べていく。


「タケルは、………同じ邪神の運命を背負っていながら、タケルはその運命乗り越えた。自分の意思を貫いたものと、貫けなかったもの……どちらが上かなんて明白でしょう?」


「ユリアアアァァァァ!!!!」


もはや自分でも何が何だか分からなくなっているのだろう、殆ど理性を失っている彼は半狂乱となって、失った両足と両腕の代わりに闇の腕をユリアへと伸ばしていき…………そこで、第三者が割り込んだ。


「させねぇよ」


果たして現れたのは、全身をフルプレートアーマーに包んだスケルトン……タケルであった。


「………! お前ぇぇ……また僕の邪魔をするのかぁぁぁ!!」


「当たり前だろ? お前みたいなクソガキに、やられてやるほど俺は優しくねぇよ」


すたんと地面に降り立ったタケルは、自身の新たな力を確かめるように手を開閉し、やがてその力を解放した。


「『貪食』」


その一言と共に、タケルの体から数百もの貪食龍が現れる………ことは無かった。嘗て貪食の力を持った龍を召喚する力を持ったスキルは、彼自身が自分という存在に気付いたことでその力を覚醒させた。


「うぉぉ。これが本当の貪食の力なのか………」


タケルの右腕が一体の龍へ変わり、背中から大きな翼が生える。貪食とは主と同化してその効果を発揮する。龍王たちを補えたのはその力によるものだろう。貪食は、言わば異世界の七大罪。俺が至るかもしれなかった邪神の未来の力。


その他を圧倒するための力を、俺は誰かを救うために放てる。今はそれがどうしようもなく嬉しい。


「邪神ウルスト、これが本当の最後の戦いだ。その八つ当たりで筋違いな願望、俺が完膚なきまでに叩きのめしてやるよ」


「クソザコがぁぁぁぁ!! 僕の邪魔をするなぁぁぁぁぁ!!!」


こうして、最強の魔王と最強の邪神の戦いが、始まった。

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