第22話 領主

五人を医療部屋と呼ばれる場所に運び込み、そのまま俺は受付嬢へと事情を問い詰めていた。そこで得られた情報は、驚くべきものだった。


まず、この依頼には過去に死人が発生しているらしい。そのため、事情を知らない余所者かつ依頼の良し悪しを見抜けない新人しかこの依頼を受けず、深刻な人手不足に陥っていたのだとか。誰だってどうしてそんな状況を放っておくんだと思うだろう。その理由はひとえに、”場長が領主の息子である”ことがかかわってきていた。


嘗て、この街を大きく発展した領主として、フルモート・トワリ子爵がこの領地を治めていた。彼はこの街に魔道具文化を浸透させた立役者であり、魔鉱石掘削場への投資を全力で推し進めていた人物でもあった。


彼は幼いころから魔道具が好きで、領主になったら魔道具を広めようと邁進していたらしい。そんな彼の息子として生まれた場長……ハルモート・トワリが魔道具や魔鉱石に興味を持つのは当然だったのだろう。


彼は幼いころから領主とともに掘削場や学者ギルドの変換作業を見学し、また自身が器用でなく肉体派な人物であることを理解していたため、掘削場で働くことを決めていた。


事件が起こったのは、彼が14歳の時……この世界では15歳が成人なので、もうすぐ掘削場で正式に働きだそうとしていた……そんなときである。


当時は名領主として知られるフルモート子爵により作業員は三桁に届く勢いで働いており、全盛期と呼ぶにふさわしい状態だったという。その中で、”他の領地からスパイとして送り込まれたもの”がいた。


発展を優先して人材の身辺調査をあまり行っていなかった子爵は、スパイに気付くことがなかった。それゆえ、魔鉱石が密かに横領されていることに気が付かなかったのだ。


仮ではあるが作業員として働き始めていたハルモート場長はそのことに気付いた。作業員たちが夜な夜な話し合っているところに立ち合いその取引内容を知ってしまったのだ。彼はその正義感から取引を止めるよう飛び出したが、まだ幼い彼は弱く簡単に取り押さえられてしまった。


結果、最終的に言い渡されたのは、”息子の命と引き換えに今ある魔鉱石をすべて寄越せ”だった。たかが盗人風情がその大量の魔鉱石をどう運搬するのか、またどうやって魔石へと変換しどうやってそれらを金に換えるかなど、少し考えれば他の領地とつながっていることはわかる。領主は事態の深刻さを理解し掘削場の運営を取りやめた。これは、発展途上だったトワリにとって大きな痛手となった。


自分が築き上げたものが瓦解し、そして闇に気付けなかった子爵はそのまま勢いを無くし、最低限の領主としての務めを果たす以外に何か行動を起こすことはなくなったという。


そんな中、ただ一人あきらめきれていなかったものがいた。それがハルモート……今の場長だ。


彼は子爵に少人数で自分が常に監視することを条件に掘削場を再開することを提案した。最初は渋っていた子爵だがだんだんとそれを容認するようになっていき、今の形が出来上がったという。


それが今から13年前、この街に起こった悲劇だ。


そう、あんなむさくるしいおっさんのなりでありながら、場長は27歳であったのだ……!だから領主じゃなくて領主の息子なのか、まだ世代交代してなかったのかよ。


なんでも、この世界では貴族の世代交代には儀式が必要らしく、その条件である『親から領主にたる器だと認められること』を満たしていないのだとか。ちょっとかわいそう。


場長があそこまでにひねくれてしまったのも、自分の思い通りにいくことが成功の秘訣だ……なーんて、本気でそんなことを信じ切ってしまっているかららしい。聞いてみれば、まだまだおこちゃま気分が抜けないガキのお守りじゃねぇか。子爵様もそれ容認してんのか?


そんなことを受付嬢に聞いてみれば、まさかの答えが返ってきた。「平民がどれだけ死のうとも貴族様方は気にされませんよ」だそうだ。はあ、ヴェリタスの時もそうだったが、この世界の貴族って選民思想でゴリゴリに塗りつぶされてんのな……これ、冒険者として活躍し出したら俺も目付けられる可能性あるな……。逃亡の準備はしておこう。


一連の事件を話し終え、「貴族様には私たちも逆らえず……」と頭を下げる受付嬢を横目に見ながら、この街に着て最初に思ったいい街という感想を撤回した。子爵様は貴族としては優秀なのかもしれんが、人間的には信用できねぇな。


俺は受付嬢に「それでも約束は約束だ。賃金は払ってくれるな?」と聞くと、「まだハルモート様が代金を渡しに来ておられないので……」と返された。どこまでもクソだなぁおい。


「ハルモート様が来られるまで待たれますか?」と聞かれた時は流石に着キレそうになった。だが俺の理性を全て動員して、「明日また来る。その時に賃金が払われなかったら許さんからな」とだけ言い残し、俺は宿へと帰った。


「随分と遅かったね。どうやら厄介ごとに巻き込まれたようじゃないか?」とどこで仕入れた来たのかわからない情報を語りながら、ヴェリタスが俺をいたわってきた。


「どうやって俺の情報掴んでるんだよ……」


「それは秘密だよ。乙女には秘密の一つや二つあるものさ」


そう言ってクスクスと笑うヴェリタスを見て、先ほどまで伸し掛かっていた気疲れがほぐれていくのを感じた。結局、俺たちはどこまでも根無し草なのだ。これ以上理不尽な目に合うのなら、このまま街を出て行ったって言い。


「ちなみに私は学者ギルドに入れたよ」と茶色に輝くCランクと彫られたカードを見せびらかしてきて、「いきなりCランクってどうやったんだ」という気持ちになる。どうやら、俺よりもヴェリタスの方が世渡りがうまいようだ。


そりゃそうか、俺はどれだけ強くなっても精神は高校生で現代日本人。方やヴェリタスは数百年を生きる大賢者と呼ばれた英雄だ。きっと、人生経験が山ほどあるに違いない。


(そういうのも、魂の吸収で増やせて行けたらいいんだけどなぁ……)


残念ながら、完全な『嫉妬』として進化したこのスキルは今の人格が侵食されるようなことが起きないように上手く調節されている。俺はあくまで、技術経験を受け継ぐだけで、きっと性格的なものに一切の変化がないのだ。それはきっと、後々大きな問題を招くに違いない。まあ初っ端から厄介ごとをもらい受ける俺の運が悪いってこともあると思うけどな……。


なんだかどっと疲れた体を動かして自分の部屋に戻り、そこでどうにか貴族への対応策を記憶から受け継げないか探してみる。


(貴族への礼儀作法とか依頼の良し悪しの見分け方とか……そういうのもちゃんとあるな)


ただ、俺の悪運やら不注意やらが治ることはなさそうだ。そういうものなんだって、割り切って生きていこう。


新たな目的を得た俺は、記憶の整理に勤しみながら夜を明かすのだった。


☆☆☆


次の日。


ドンドンドンと、扉を強くたたく音が聞こえる。集中していた記憶の整理を止め、慌てて扉を開く。そこには鎧を着て槍を構えた騎士が何人も突っ立っていて、そのままこちらに書状を見せつけてきた。


「冒険者タケル!!お前に領地転覆の疑いがかけられている!!即刻詰所までご同行願おうか!!」


「は?」


この瞬間、俺はこのクソったれな領地からできるだけ早く抜け出してやるということを決意したのだった。

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