一行小説
琥月むく
其の一
1 「僕の耳は蝶になってしまったんだ」と耳朶のない彼の顔にささやかれてから、目が蝶をとらえるたびに、これは彼の耳かもしれないと考えるようになってしまった。
2 死んだ魂が星に成るという祖母や兄のような輝かしい一族に連なることができなかった私は、これからの長い死後、地上に落ちた星の欠片を拾いつづけ徳を積まなければならなくなった。
3 死んだ祖父が墓に座っていたので、どうしたのだと尋ねると、心が浮き立っておちおち寝ていられない、と言って見事な夜桜を眺めていた。
4 神さまが釣りをしようと糸を山の上から垂らしたところ、救いを求める人々が群がったので、神さまは驚いて手を離し、人々は再び崖下へと落ちていった。
5 夢の中の洞窟にある図書館がお気に入りなのだが、いつも行けるとは限らないので、借りた本をよく延滞してしまう。
6 海に霧の降る日、砂浜に這い上がってくる人魚は死者のなれの果てなので、目が合うと魂を食われてしまう。
7 肝試しに行った森の中の廃屋に打ち捨てられた箪笥を開けると、にこりと笑った男に「おかえり」と迎え入れられた。
8 雪片がひらひらと舞い降りて積もり、やがて一人の天女へ変じた。
9 刺繍は執念でできているものだから、君にかけられた呪いを解くには、早くその糸をすべてほどいてしまうことだね。
10 何光年も離れた星と星を繋ぐようにして、私と君を金色の糸で繋いで、新しい星座を作ろう。
11 私の主食である彼の涙を育てるために、彼の頭を庭に植えました。
12 美しい鳴き声が天高くで響き、直後に雨が降ってきたので、今年最後の龍がのぼっていったのだと分かった。
13 筆のインクを飲みながら、紙の砂漠を歩み行く。
14 漆黒の沖が雷光に照らされるたび、この世に龍が産み落とされた。
15 雲の繭から紡いだ雨の糸で織った布は、たえずしっとりしており、人魚の衣と呼ばれている。
16 降り注ぐ月光の粒を集めて作られた月蜜蜂の蜜を、新月の晩に盗み出そう。
17 毎日庭を訪れる明るい髪の少女を心待ちにしていたがその日は来ず、どうしたのだろうと表へ出ると、道の真ん中で三毛猫が潰れていた。
18 夢は現実に運んでくる間に鮮度を失うから、夢の刺身なんて物はありえず、せいぜい現実で食べられるのは夢の干物が限度だ。
19 文章が書かれた紙を巻きそれを煙草のように燃して煙を呑むと、その内容を覚えられる、と聞いてさっそく試してみたが、妙な色の煙を生み出せるようになっただけだった。
20 彼女の小さな部屋の天井からは、一つ一つに宝物を詰めこまれた蝉の抜け殻が吊るされている。
21 彼に限りなく似せた人形を作り、そのパーツを彼自身の髪や目、臓器、心臓までも移植して作ったが、やはり人形は彼そのものではないと言うことを思い知り、彼女は涙を流した。
22 金箔の屑でいっぱいにした中に貴人の遺体を入れてあるという千年前の壺が出土し、開けてみると、金箔は蜜のように溶け、そこに生きているかのような少女がたゆたっていた。
23 電車に揺られて寮に向かう、上京したての女優志望の少女が見上げるマンションの15階には、通販で買ったまま放置しているトレーニング・マシーンの間で、50年前の百科事典に読みふける女が暮らしている。
24 あの戦にて、崖上で敵の大将と差し違えて散った英雄の産まれた場所は、埋められる直前の叔父の棺の中だった。
25 池の中の生まれたてのおたまじゃくしを音符に見立てて作曲するので、天才作曲家の彼女は年に一度しか曲作りをしない。
26 畑で穫れた真白い大根に恋をしてから、毎晩その大根と添い寝していた農夫が先日亡くなったが、彼が死んでも大根は真白く美しいままだった。
27 彼のコレクション・ルームには、手作りのしおり、途中から白くなっている髪、押し潰された虫、などが丁寧に並べられており、それらはすべて、借りてきた本に挟まっていた物だそうだ。
28 歯が抜けてはまた生える、私の永久歯は永久に生えるという意味の歯なので、もう部屋じゅうが白い歯に埋めつくされている。
29 濡れた物を即乾かす珪藻土は実は珪藻星から取ってきた物なので、吸収された水分はその星の雨となって空から降る。
30 彼女は決して涙を流さないのではなく、尋常ではない体表面の熱によって、涙が流れたそばから蒸発していくのだった。
31 洪水に備え丘の上に造っていた船が、バランスを崩してすべり落ち、街の建物をなぎ倒して勢いよく海上へと躍り出た。
32 人魚の肉を食べた不死身の人間を焼き殺し、その灰を薬だと言って病床の恋人に飲ませた。
33 もしもの時のために、人類の叡智をすべて収めた記憶媒体を氷の中に閉じこめてあるのだが、氷河期になってしまった今、そのデータを取り出すすべはない。
34 盗賊が空から月を盗み出し、目の中に隠しておいたのだが、相棒の死に思わず涙したところ、その拍子に目から月がこぼれ落ちてしまった。
35 美しい少年の血痕から生えたこのバラは、美しい少女のだ液を与えないと育ちません。
36 鯨に飲みこまれ目が覚めると、龍宮城と見紛うようなかぐわしい香りの部屋で、そこにいた美女としばらくの間楽しくやっていたが、いざ外へ出ようとすると「出口などないわ」と言われた。
37 廃病院に忍びこむとびっしりときのこが生えており、一人だけベッドに横たわっていた患者に近づくと頭が、ぱふ、と弾け、あたりにおびただしい量の胞子が飛び散った。
38 宇宙ツアー船が難破し、夫とともに脱出ポッドで不時着した見知らぬ星は、一面苔に覆われており、同じく苔むした店らしき残骸を目の当たりにし、なぜだか懐かしさを感じた。
39 新しく雇った茶摘み娘があまりに可憐なので愛を告白すると、彼女はただちに雀になって空へ飛んでいってしまった。
40 呼び継ぎされた器の欠片同士がいがみ合い、せっかく金継ぎしたのに割れてしまった。
41 母は娘の着物に芍薬の蕾を刺繍し、その蕾は娘の婚礼の日、着物の中で花開いた。
42 レースの収穫に行くと言うので、満月の晩、海女についていくと、光り輝く波打ち際を手でさらっては、繊細なレースを採取していた。
43 仇の者を殺してその中に入れるための棺を背負い、旅に出た彼が、その棺に納められて帰ってくるなんて。
44 留守番電話に残った彼の最後の声を、毎晩寝る前に聞いている。
45 人間が死に絶え、荒れた畑に放置されたラジオから、再放送の番組が流れている。
46 嘘つきな彼の舌を切り取り水中に落とすと魚のように泳ぎ出したので、水槽に入れてかわいがり育てている。
47 ある惑星で採れる宝石は不思議な輝きでとても美しく、人々はこぞって身につけたが、実はその石は休眠状態の異星人の姿で、彼らが千年の眠りから目覚める日が今日だった。
48 彼女がまぶたを手で開け閉めするのは、一生分のまばたきを使い果たしてしまったからだという。
49 腸閉塞で亡くなった人の体を解剖すると、腸の内側がまるで貝殻の真珠層のようにオパール色に輝いていた。
50 玄関先に吊るしてあるものを、奥さんはドライフラワーだと言い張っているが、私には小犬の死体がぶら下がっているようにしか見えない。
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