第二序章III

 温泉回?ねーよ。水着回でもない。

 除菌回だ。

 俺はアストリアAIが憑依したスマホを三人組に預け、痴女アプリに、

「とにかく、スーパー銭湯でも何処へでも行って身体を徹底的に洗わせろ!!一回や二回洗って済ませんじゃねーぞ!その悪臭が消えるまで、二度とここに戻ってくんな!それと着ている服は全て焼却処分しろ!でないと二度と敷居は跨がせねぇぞ!!」

 と告げて、追い払ったので、何処ぞで何をしているかは知らない。

 奴らは俺に放り出される際に

「⌧⍀⎇⌧!」

 とか何とか喚いていたが、どうせ悪口に決まっている。意味も知りたくない。

 サービス回を無駄にするとか、意味不明にも程がある。どうせ臭いなんて伝わらないし。

 結構だね。あんな汚物のサービスなんざ目が拒否する。俺のアパートの浴室を使わせるなんて、土下座されても御免被る。どれだけ執拗に描写してもどうせ臭いが伝わるとは端から思ってないわい

 美人が臭いとかご褒美じゃん。

 誰だか知らんが一度カウンセリングを受けろ。

 それどころではない。

 嗅覚は最も原始的な感覚であるという。奴らの強烈な体臭は俺の大脳辺縁系に余程強烈に刻み込まれたと見え、何度拭おうとしても拭い去るのは難しかった。

 先刻も言った通り、俺は軽く潔癖症気味なのだ。部屋に染み付いた獣臭?が鼻の奥に残り、口呼吸でさえも吐き気が込み上げてくる。奴らが触った場所を何回もアルコール消毒し、次亜塩素酸で洗浄した。どんな病原体を持ち込まれたか判ったものではない。

 窓を開け放っているのに、空気清浄機はフル回転を止めない。一体、何年分の垢が溜まっていたのだ。

 俺は数本のお徳用ファブリーズを買い込むと、室内を狂ったように噴霧して回った。

 部屋中がビショビショになり、足の踏み場も無い状態になって、ようやく正気に戻り、俺は呆然と立ち尽くしていた。座ることも出来ない。

 中世フランスの貴族は水は病気の元と考えていたらしく、洗っても手や顔くらいだったそうである。しかもトイレなど無かったという。下着も滅多に変えなかったとか。

 中世風異世界の正体はこれだ。

 不潔極まりない。

 どれだけ造作が良かろうが、台無しのレベルを超えており、なんなら俺の殺意を補強してさえいた。

 三時間ほど経った頃、ドアがノックされた。

「⋣⏅⎈ ⟑⍜⎊ ⎌⌖⍀⋣?」

 痴女アプリが無いので何を言っているのか皆目見当もつかないが、異世界語の訪いであろう。脳は理解しているが俺の身体が拒否している。始末を付ける為だ、と無理やり自分を納得させて、鍵を外した。

 そこにはどこかの格安の殿堂で入手したらしい、ヤンキー臭い間抜けなプリントを施したブカブカのパーカにスウェットを着込んだ三人組が、俺を睨んで立っていた。

「△⎊⍀ ⟑⍜⎊ ⍟⋈⌖⍀ ⌧⍙⎌⎇⌧⍀ ⎌⌖⍙⎈⌧⎇⌧!」

 口火を切ったのは、白美人であった。聞けばハイエルフの僧侶だそうだ。

「《殺す》ってさ」

「嘘つけ。もう少し長かったろ。通訳係が手を抜くな」

 三人はお揃いの庶民的服装に着替えた事で、そのとてつもない美貌が一層引き立つ事になったが、俺は先程のケダモノ臭さが脳裏に焼き付けられており、嫌悪感が先に出てしまい、どうにも修正できそうになかった。

「△⎊⍀⋣⍾ ⌼⎇⍀⎊ ⟑⍜⎊ ⎈⍙⎌⍀ ⋔⎌⌖⍙⎇⍀⎈」

「《服の弁償しろ》って」

「黙れ。あんな不潔なゴミは焼いて正解だ」

 一体何処で焼却したのか知らないが。さぞかし悪臭紛々たる焚き火となったことだろう。消防に通報されたのではないだろうか。

「そう言えば、その服はどうやって買った?」

「電子決済。あんたの要求に従ったんだから、あんたの金を使うのは当然でしょ?」

 俺のなけなしの老後資金をこんな馬鹿げた事に使うことになるとは。ますます殺意が補強されていく。そして痴女神はますます現代世界に汚染されていく。いったいいくら使われたのだ。

 そんな俺の決意を他所に、三人はあれやこれやと異世界語で話し込み、痴女アプリは通訳を放棄していた。もう書くのも嫌になったんだろう。俺も聞いたところで理解不能なので、あれこれと殺害方法を模索する。

 すると、何故か勝手に自己紹介が始まった。今更聞いたところで俺の殺意は揺るがないが、話の次ぐ穂を失っているので、喋るに任せておくことにした。

 一人は交渉役らしい、ハイエルフの僧侶。セリス・ヴィアリナ。浄化と道理の僧侶だそうだ。白魔術師でもあるらしく、逆召喚はこいつの仕業らしかった。

 もう一人の金髪碧眼王族はフローレンス・エルザミーナ=アズライト。やはり喪失王の娘なのだそうだ。ナチュラルに俺を蔑む上から目線で、高飛車な態度で、ひたすら俺を睨んでいる。まぁ親を殺されたのだから、当然と言えば当然か。

 最後の獣耳浅黒女が、レオナ・フォーリス。戦士なのだそうだ。初めの邂逅は少し好意的な様子だったが、装備類を始末させられた事で、どうやらあっさり愛想は尽きたらしい。獰猛な目付きで俺を引き裂く隙を狙っている。

 こんな詳しく聞き出す意味などないだろう?書いたところで、どうせどこかの山奥にでも埋める事になるんだし。しかも地の文も異世界語での会話を放棄している。やはり面倒になったらしい。どうだ?少しは読み易くなったか?満足か?

《この様な辱めを受ける謂れはない》

「お前ら郷に行っては郷に従えって言葉を知ってるか?お前らの体臭は生物兵器並だったんだよ」

《つくづく無礼な輩め。本来であれば、貴様如きが直接口をきくことでさえ敵わぬのだぞ》

 お互いに歩み寄る姿勢というものが欠如しているので、どうにもギスギスしていく。これが和平交渉なら決裂は必至の様相である。冷戦時代のアメリカとソ連の方がまだしも友好的だっただろう。

 奴らは復讐と言っていた。俺は異世界汚染排除の為に出会い頭から殺す気満々である。この部屋には四者四様に殺意が渦巻いている。気の弱い草食動物なら瞬時に気絶するようなズッシリと重苦しい空気であった。

 俺はここで取り返しのつかない失態に気付いた。先程お徳用ファブリーズを手に入れる為にホームセンターに行ったのに、得物を物色する事を失念していたのだ。せめて拘束するための縄くらいは購入しておくべきであった。

 奴らの食生活は知らないが、多少の腐ったものくらいではビクともしない位、免疫・代謝系は頑丈に発達していそうだ。俺の睡眠導入剤ごときでは眠らせる事も出来そうにない。農薬くらいは買っておくべきだったかもしれないが、ヤバいヤツは購入時に身分証を提示させられるので足がつく。なんでこんな事に詳しいんだ俺は。

 初手から手詰まりである。

 俺は一人ひとりを観察し、どいつが一番与しやすいかを査定していた。

《その目はどうにかならぬのか?》

「あ?」

《ジロジロと無遠慮も甚だしい。無自覚なるが故に最も暴力的で、そなたが見る行為そのものが我らを消費する搾取構造という事も理解出来ぬか?》

 うわ。面倒くせえ。

 このハイエルフ、何だか既視感がある論陣を展開し始めやがった。とはいえ俺もなかなか反論は出来ない。

 俺の目は犯す気満々だった。別の意味で。男性的な意味でなく、殺人鬼的な意味で。

  

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る