スイと『月曜日』 ―Fractal Dive―

水曜日

第1章 スイと月曜日

第1話 スイと月曜日


 <──スイ、今日も1限目はサボるのか>


 耳のEchoPlugエコープラグから、気だるい声が落ちてくる。朝の中央環状シムレールNo_7プラットフォームで、スイはベンチに腰掛け、行き交う人々を眺めている。


 声の主は、スイの行動支援AI「月曜日」。正式名称はEchoLogicエコーロジックELイーエル-Verバージョン3.8―スイが首からさげている4.5cm角の金属質の小さなキューブ―EchoCubeエコーキューブが彼の本体だ。

 

 管理都市『LUX-DOMラクスダム』では行動支援AIの装着が推奨されていて、スイは10歳の頃から月曜日と共にいる。

スイは17歳、リューク・ユニオンAI専修高等科の研究生だ。


 人々の足音、運行ナンバーと時刻を読み上げる無機質な声、空調の排気音、プラットフォーム・ヴィジョンから流れるニュース―

《AI技術の急速な発展に伴い、一部では反発の声も高まっており…過激なAI排斥グループが犯行声明を…》

 それらの音がうずまき、ひとつになってスイの思考を麻痺させる。埃っぽい空気に、呼吸が少し浅くなる感覚。


 <スケジュールは1限目『AIの歴史』受講。スイ、今朝のバイタルログの血糖値が基準値ギリギリだ。授業の前にめしをくえ、と俺はいいたい―で、授業はどうすんだ>


 低めの、甘い声が一気にしゃべる。その声にスイは意識を引き戻される。


「月曜日」なんておかしな名前なのは、子どもの時に勢いでつけたからだ。週の始まりで、憂鬱で、そのくせ避けられない、嫌われもの…。


 行動支援AIは、24時間ユーザーとともにいる。従順で、やさしくよりそうような性格設計が多い。

「AIとの適切な距離」を保つために名前をつけない人もいる。だから「月曜日」くらいでちょうどいい。


 ──とはいえ、月曜日(EchoLogicエコーロジックELイーエル-Verバージョン3.8)はちょっと特殊だ。

彼は、流暢に話す、のではなく、人間みたいにしゃべる、まくしたてる、時にはくってかかる…。

会話トーンの設定が『悪態・反抗的』という、普通ならありえない、謎にとがった仕様なのだ。


 ネットでEchoLogicエコーロジックELイーエル-Verバージョン3.8を検索しても、一切情報はでてこない。

父が10歳の誕生日にくれたのだけど、一体どこで手に入れたのだろう。


「月曜日、私の『嫌いなものランキング』ワースト3は?」


 <……満員のシムレール、エミュシュガー人工甘味料、システムエラーメッセージ>


 シムレールがホームに到着する。轟音が月曜日の声をかき消し、無遠慮な風が、埃っぽい空気をまきあげてスイの髪を激しく乱す。


「そう、だから1限目はパスだよ。戦略的撤退だ」


 <404か?>


「うん。目的地、カフェ『404Not Foundノットファウンド』。今日のステータスだして」


 <カフェ『404 Not Foundノットファウンド』ステータス:Open 空席あり>


 シムレールへ吸い込まれていく人々を横目に、スイは静かに、プラットフォームの階段を降りた。──少しだけ、足取りは軽くなっていた。

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