2-3 はじめての撮影会

一階で待っているとえなかが降りてきた。


「ごめん、遅くなって」


今日は専属カメラマンになってはじめての撮影。

フェリーに乗って逗子方面に向かう。

前回のリア凸を受け、公開していたスケジュールは削除したが他にも企業からの依頼を受けていて、それを断るわけにはいかないので予定通り撮影は続ける。

電車は時間帯もあって思っていたより空いていた。

流れていく街並みを見ながら他愛ない話をした。

正直、えなかはもっと取り澄ました人だと思っていたがそうではなかった。

インフルエンサーと言っても普段は普通の高校生。

流行りに敏感で人気の店や王道が好きなようだ。

でも暑いのはあまり好きじゃないらしい。

理由を訊いたら汗っかきだからと言っていた。

今年のように暑い日が続くと汗で蒸れるからあまり日差しを浴びないように気をつけているようだ。

この時期は日傘に帽子とサングラス。バッグにはモバイルファンやタオル、デオドラントスプレーや汗拭きシートも常備しているらしい。

やはり埼玉のティファという異名を持っているだけあってスタイルは二次元級に良い。

しかも今日は白いノースリーブに黒のミニスカートだからもうティファにしか見えない。

思わず胸元に目がいってしまう自分の正直さが悔しい。

金髪の星司に大剣を持たせてコスプレしてもらったらあのゲームの実写版になりそうだ。

今年の学祭はコスプレ喫茶で提案してみよう。


店に着くと海の見えるテラス席に案内された。

さっきまであまりかんばしくなかった空は空気を読むように晴天となった。

今日は前回とは違いこの店から直接の依頼。

全国から来客がある繁盛店だが、えなかの人気に乗っかってさらに売上を伸ばしたいそうだ。

撮影用のプリン、ケーキ、ドリンクがテーブルに並べられると、さっきまで普通の高校生だった彼女の表情がプロモードに切り替わった。

えなかに指示された通りに撮って無事撮影は終わった。


「ありがとう。編集とかはこっちでやっておくね」


いつもの柔らかい表情に戻っていた彼女を見て、プロだなと感心しながらも俺が本当にカメラマンで良いのか一瞬疑問を抱く。

撮影したものはいただいて良いそうなのでそのまま席に座る。

コーヒーを一口飲むとえなかが口を開く。

その声は少し重く感じた。


「私ね、軽率だったなって思ってるの」


リア凸されたとき安易にスケジュールを公開してしまったことを後悔していた。

彼女が有名になったのは一昨年のハロウィンのとき。

ごく普通の高校生だった彼女が一つの投稿により人生が大きく変わった。

まだ出会って数日しか経っていないが、気遣いができおしとやかな和の雰囲気がある彼女は魅力的で人の良さが滲み出ている。

彼女は良かれと思ってスケジュールを公開したがそれが裏目に出たらしい。


「こわくて足が動かなかった。友遼くんが助けてくれなかったら私いまごろ……」


あのときの残像はそう簡単に消えないだろう。

夏になるとたかり、さかる人が増える。

とくに集団でいるとそれは助長され制御を失う。

ましてや女子高生一人が数人の男に囲まれれば腕力で勝てる見込みは極めて低い。

今回の件で彼女は俺のことをカメラマンとして呼んでいるが、一種の用心棒としての役割も果たしているのかもしれない。

実際、前のカメラマンがいたときはリア凸めいたことはなく、ファンの女の子がサインや写真を求めてきたくらいでトラウマになるような危険なことはなかったという。


「格闘家とかマフィアじゃなければ俺でも守れると思うぞ」


「ありがとう。心強いな」


優しく微笑む彼女はいつもの柔らかな表情だった。

プリンを食べ、互いに感想を言い合っているとき、「前から思ってたけど、友遼くんって手きれいだよね」と言われたが、そんなこと生まれてはじめて言われたしきれいの基準がわからない。

指先のことを言っているのか手全体のことを言っているのか。

ネイルをしているわけでもないし手入れをしているわけでもない。

素直に喜んでいいものなのかもわからなかった。

女子のかわいいと一緒で、おそらく俺たち男子が思っているのと違う意味だろう。


「手がきれいな人って清潔感あっていいよね」


よく耳にする清潔感というワード。

髭を生やしていても長髪でも清潔感があるって言うし、髪が短くても不潔って言われる人もいる。

優しいも一緒だ。

わがままを聞いてくれることを指しているのか?

人によって基準が違うから男子がわかるような説明書が欲しい。

正直ユーチューバーが言っていることも誰の言葉を信じていいのかわからないし。

包容力って何だよ?

ラグビー選手のような身体の大きな人が小さくてか弱い女性を抱きしめる状態か?

女子の言葉には魔力がこもっているからどこまで信じていいかわからない。

そんなこと考えなくていいくらい素直でまっすぐな子でないと彼女という存在なんて永遠に泡沫うたかただ。


「友遼くんはどんな人が好きなの?」


この質問は回答に困る。

そもそも本気で人を好きになったことがないからわからない。

見た目だけで言えば可愛い子が良いしスタイルだって良い方が理想だがそれを言い出したらキリがなくなる。

かといって二次元のような人工的な女子を求め出したら理想と現実のギャップにやられて冷めてしまう。

だからこう答えた。


「ありのままを受け入れてくれる人がいい」


彼女が何を考えているのか表情から読み取るだけの力は俺にはなかった。


「等身大でいる人素敵だと思う」


カッコつけたがただ単に嘘ついたり取り繕ったりすることができないだけなんだが。

少しだけ静かな時が流れた。


「えなかはどうしてラグーナに住むことにしたんだ?」


あそこに住む人はみな訳あり。

星司は実家から学校まで距離があるし、親元を離れることで親のありがたみを知りたいって言っていた。

ただあそこじゃ綾子がほとんどやってくれるから実家にいるときとあまり変わらないし、あいつは変わらずゲームばかりやっている。

飾音の実家は近所だが父親と仲違いしているし、俺は父さんがいつも家にいないため寂しい思いをさせないようにと格安で住まわせてもらっている。

えなかの家はどうだろう。

両親も健在だし自分でも稼げるだけの力を持っている。

インフルエンサーとして有名になったことで良くも悪くもさまざまな情報が飛び交うようになった。

実家が金持ちのお嬢様だから手遊び感覚でやっているとか、谷間を強調して踊るなんてただのビッチだとか。

それで傷ついて一時期病んでいたこともあったらしい。

一番は埼玉の実家に住む家族や仲の良い友達に迷惑がかかることを懸念しずっと検討していた。

もともと自然豊かな場所に住みたいという願望もありこの奥湊は候補の一つだったなかで今回のリア凸が決定打となったようだ。

ラグーナにいれば守ってくれる人がいるから危険が少ない。

だから卒業するまでの間、静かにすごせるここを選んだ。

たしかに元宮 えなかがこの時期からこの島に住みはじめるなんて誰も思わないだろうし、仮に場所が判明してもわざわざフェリーに乗ってやってくるなんてかなり酔狂すいきょうだと思う。

もしそれが変なやからだったら綾子の気迫にやられて門前払いをくらうか、綾子の美貌にやられてそっちのファンになる可能性だってある。

いずれにしても彼女が同じ屋根の下にいるのはなんだか新鮮だし、せっかくこの島を選んでくれたんだから良い思い出をたくさん作ってもらいたい。

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