空より透明で、海より青い世界

as

アイスティに変わるまで

「制服デートに憧れてたんだ」


大学2年生の前期が終わって夏休みに入る頃だった。

高校の頃からの友人の高崎とファミレスで昼食をとっていた。


「制服デート?」


「高校に通っていた頃は彼女がいなかったからさ」


着用している衣服が学校指定かどうかでデートの質が変わるとも思えなかったけれど、

とりあえず僕は肯定的な意志を示すべく頷いた。


高校を卒業してしまえば学校制服なんて着る機会はなくなった。

なにを今更そんなこと言ってるんだ、と思うのと同時に、

学校生活を恋愛要素なしで男友達である僕らと過ごしすぎたことを後悔していると

暗に言われているのかと穿ってみたくもなる。


「それで、制服を着た高崎とその彼女だか意中の人だかとはどこにくんだろう」


「さあ。テーマパークとかカフェとか映画に行くんじゃないだろうか」


「それは私服に着替えてから行くのではダメなのか?」


「学校の帰り道、待ち合わせて行くのが一緒に帰るのがいいんじゃないか」


「よくわからないな」


「青春って儚くも美しいものだってことだよ」


「今はもう青春はなくなってしまったのか」


「そうは言ってない。でももう制服は着られない」


「高崎はテーマパークとかカフェとか映画に、制服を着たどの子と行きたかったんだろう」


「特定の誰かというのは特にないさ」


このようなやりとりをして、高崎はドリンクバーのおかわりを注ぐため席を立った。

僕は冷えたポテトをひとつ摘んで口へ運んだ。



高校3年生の春のことだった。

桜吹雪を雨雲がさらって、早くも太陽が照らした夏の匂いを風が運んできた。

改札を出て、アーケードを通り抜けて、国道を横切って学校へと向かう。いつもの道。

あと1年近く通うと思うとうんざりしてため息が出そうだ。


道すがら適当に自販機のボタンを小突く。

顔を上げると君がいた。


「おはよう。何買ったの?」


これだよとアイスティのボトルを差し出す。


「へえ。わたしは缶コーヒーにしよっかな」と言ってICカードをスキャンさせる。


自販機のスロットが444を示して、さいごのひとつは3で止まる。


「あっおしいかも。ざんねんハズレでした」


それほどざんねんでもなさそうに言う。

初夏を思わせる陽光が、振り向いた君のチョコレート色の髪を眩しく照らした。


家の方向は反対方向だったはずだ。

それぞれバスと電車を使って通っていた。

路線バスと特急電車の時間が被っていて、最近はよく顔を合わせる。

運転ダイヤと時刻表。たぶん君と僕の関係性はそんなところだっただろう。


学校までの道すがら、宿題のテーマとかお互いのクラスの近況だとか取り止めのないいことを話した。

主に君が話しているのを僕が聞いて相槌を打っていた、というのが正確だろう。

僕はとくに話すべき事柄を持ち合わせていない。


信号が点滅している。


「ほら、信号変わっちゃうよ」


そう言うか言わないかのタイミングで君は駆け出す。

僕は足を止めて次渡ることにする。先に行ってていいよ。

赤信号の下で君の表情はすこし寂しそうに見えた。



「ドリンクバーのオレンジジュースが切れていたから、うすい色のついた水が出てきたんだが」


高崎が席へ戻ってきた。

整った顔立ちとすらりとした身長。改めて見てみるとかなりハンサムだなと気がついて驚く。


「どうやら修理中らしい。ソフトドリンクは補充されるまでしばらく待った方がいいかもな」


入れ違いに僕は立ち上がる。

空のグラスに氷を注いで、マグカップに少なめのお湯を入れてティバッグを浸す。

その二つを両手に持って高崎のいる席へと戻る。


暖かい紅茶がアイスティに変わるまで時間はまだある。

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