第2話 雨の日の約束

 フィオーレの村に朝が訪れたが、今日は空が厚い雲に覆われている。窓の外では、しとしとと雨が降り続き、木々の葉を濡らしていた。マユは家のリビングで、木のテーブルに突っ伏して不満げに呟く。


「うう、雨かぁ……。こんな日はギルドの依頼も少ないよね……」


 赤いポニーテールを揺らし、革鎧の代わりに普段着のチュニックを着たマユは、まるで元気を奪われた子犬のようだ。16歳の新人冒険者にとって、雨は冒険の敵だった。

 キッチンからカレンがトレイを持って現れる。黒髪をゆるく結んだ17歳の薬師は、温かいハーブティーとクッキーをテーブルに置く。


「ほら、マユ。落ち込まないの。雨の日だって楽しいことあるよ」



 カレンの穏やかな声に、マユは顔を上げ、「でもさ、カレン! 冒険できないじゃん! ゴブリンだって雨の日は隠れてるしさ!」と頬を膨らませる。

 カレンはクスッと笑い、マユの隣に腰掛ける。


「冒険だけが楽しみじゃないでしょ? ほら、せ - 今日はね、私の薬草棚の整理を手伝ってよ。マユの火魔法で乾燥させると、薬草の効能が引き立つんだから」

「えー、薬草整理? それ、冒険じゃないじゃん!」


 マユは大げさにため息をつくが、カレンの優しい笑顔に「まぁ、カレンが言うなら…」と渋々頷く。

 二人はカレンの作業部屋へ移動した。そこは、棚にずらりと瓶や布袋が並び、乾燥した薬草の香りが漂う小さな部屋だ。カレンはマユに、傷を癒す「ヒールリーフ」や解毒効果のある「クリアベリー」を丁寧に教える。マユは最初こそ「地味~」とぼやいていたが、カレンが薬草の効能を熱心に話す姿に、だんだん引き込まれていく。


「へえ、クリアベリーって毒消せるんだ! 冒険で毒の罠にハマった時、めっちゃ役立つじゃん!」


 マユの目がキラキラ輝き始め、カレンは「でしょ? 薬師の仕事も冒険の役に立つんだから」と微笑む。マユは火魔法を小さな炎にして、薬草を丁寧に乾燥させる。炎のコントロールは難しかったが、カレンの「上手だよ、マユ!」という声に調子に乗って、つい炎を大きくしてしまう。


「わっ、ちょっとマユ、強すぎ!」


 カレンが慌てて手を振ると、癒しの魔法で炎を抑える。部屋は一瞬、焦げた匂いに包まれたが、二人とも顔を見合わせて笑い出した。


「ごめんごめん! でも、なんか楽しかった!」


 マユの笑顔に、カレンも「もう、ドジっ子なんだから」と頬を緩める。

 薬草整理を終えた二人は、リビングに戻り、ハーブティーを飲みながら窓の外を眺める。雨はまだ止まず、村は静まり返っていた。マユはクッキーを頬張りながら、ふと思いついたように言う。


「なあ、カレン。雨の日ってさ、なんか落ち着くよね。冒険もいいけど、こうやってカレンとゆっくり過ごすのも、なんか……いいな」


 カレンは少し驚いた顔でマユを見る。マユは照れくさそうに頭をかき、「なんちゃって!」と誤魔化すが、その頬はほんのり赤い。

 カレンはそっとマユの手を握り、「私もだよ、マユ。こうやって一緒にいられる時間が、すごく大切」と囁く。マユはドキッとして、カレンの手をぎゅっと握り返す。


「カレン、ほんと優しいよね…。私、冒険者になってよかったけど、カレンがそばにいてくれるから、もっと頑張れるんだ」



 その素直な言葉に、カレンの胸が温かくなる。

「マユ……ありがとう。私も、マユの笑顔があるから、薬師の仕事頑張れるよ」



 そんな穏やかな時間が流れる中、突然、家のドアがノックされた。マユが「誰だろ?」と立ち上がり、ドアを開けると、ずぶ濡れの少年が立っていた。村の外れで暮らすトムという子で、慌てた様子だ。


「マユさん、カレンさん! お願い、助けて! おじいちゃんが熱を出して、苦しんでるんだ!」


 カレンはすぐに立ち上がり、薬草ポーチを手に取る。


「マユ、準備して。一緒に行くよ」

「了解!」


 マユも剣とマントを手に、雨の中へ飛び出す準備をする。

 雨が降りしきる中、二人はトムの家へ急いだ。森の小道はぬかるんで滑りやすく、マユはカレンが転ばないよう、しっかり手を引く。カレンは「マユ、ありがとう」と小さく微笑むが、顔は真剣だ。トムの祖父は高齢で、雨の寒さが体力を奪ったらしい。

 トムの家に着くと、祖父はベッドで震えながら咳き込んでいた。カレンはすぐに脈を取り、額に手を当てる。


「熱が高い…風邪が悪化したみたい。マユ、火魔法で部屋を温めて。優しい炎でね」

「任せて!」


 マユは慎重に小さな炎を浮かべ、部屋を暖める。カレンは薬草をすり潰し、ヒールリーフと発汗を促す「フィーバーウィード」を混ぜた薬を調合する。さらに、癒しの魔法「ソフライト」を唱え、祖父の体を淡い光で包む。

 マユはカレンの手際の良さに目を奪われる。「カレン、めっちゃカッコいい…!」と呟くと、カレンは「集中して、マユ!」と笑いながら返す。やがて、祖父の呼吸が落ち着き、顔に血色が戻ってきた。トムは涙目で「ありがとう、カレンさん、マユさん!」と頭を下げる。


「よかった、間に合って」


 カレンはホッと息をつき、マユは「カレンの薬と魔法、最高だね!」と親指を立てる。祖父はまだ休息が必要だが、危機は脱した。カレンはトムに薬の飲み方を教え、マユは「また何かあったら呼んでね!」と笑顔で約束する。

 雨は小降りになり、帰り道は少し歩きやすくなっていた。マユとカレンは肩を並べ、村へと戻る。マユは濡れた髪を振りながら言う。


「カレン、今日って冒険じゃなかったけど、なんか…ヒーローになった気分!」


 カレンはクスッと笑い、

「マユはいつだって私のヒーローだよ。剣振り回さなくてもね」

「え、ちょ、なにそれ、照れるじゃん!」


 マユは顔を真っ赤にするが、カレンの手をそっと握る。

「でもさ、カレン。今日みたいな日、もっとあってもいいよね。カレンと一緒に、誰かを助けて、笑い合って……」

 カレンは頷き、「うん。どんな日も、マユと一緒なら特別だよ」

 家に着くと、二人は濡れた服を着替え、暖炉の前で毛布にくるまる。カレンが作ったスープを飲みながら、マユは「明日晴れたら、また冒険行こう!」と目を輝かせる。カレンは「うん、でも無茶しないでね」と念押ししつつ、内心、マユの笑顔を守りたいと思う。

 雨音が遠く響く夜、マユとカレンは寄り添いながら、今日の出来事を振り返る。冒険の日も、雨の日も、二人の絆は深まっていく。フィオーレの小さな家で、彼女たちの物語はまだまだ続いていく。

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