第二章 : 異変 1
「見えないものを信じる勇気は、見えるものを疑う勇気と同じくらい大切だ」 — クラーク・トーマス(オカルト探究ノートより)
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数学のテストが始まってから15分が経過した。教室内に漂うのは、鉛筆の擦れる音と、ため息、そして緊張感だけだった。
佐藤一樹は問題用紙を見つめながら、額に浮かぶ汗を拭った。問題は思ったより難しかった。特に、微分の応用問題は全く手が出なかった。昨夜の公園での出来事以来、彼の頭の中は混乱していて、勉強どころではなかったのだ。
「くそっ、参考書を置き忘れなければ…」
一樹は心の中で呟きながら、4番目の問題を読み直した。
「x²-6x+5=0のとき、xの値を求めよ」
一樹はペンを握りしめた。二次方程式の解の公式を思い出そうとするが、頭の中は昨日見た不思議な光景でいっぱいだった。空から落ちてきた杖、全身を駆け巡った電流のような感覚、そして「継承者」という言葉…。
集中しようとして目を閉じると、右手の掌がわずかに熱くなるのを感じた。目を開けると、かすかな青白い光が手から漏れていた。
「またか…」
慌てて左手で覆い隠す。しかし今度は違った。光は消えるどころか、むしろ強くなっていくのを感じた。そして次の瞬間、一樹の脳裏に数式が浮かび上がった。
(x-5)(x-1)=0
そのイメージは鮮明で、まるで誰かが彼の頭の中に直接書き込んだかのようだった。一樹は思わず答案用紙にその式を書き、xの値を求めた。
x=5 または x=1
奇妙な感覚だった。自分が考えたのではなく、何か別の力が導いてくれたような…。
次の問題に目を移すと、また同じことが起きた。今度は複雑な微分方程式だったが、頭の中で自動的に解法が展開されていく。一樹は言われるままに解答を書き進めた。
テスト終了のチャイムが鳴る頃には、一樹は全ての問題に解答を書き終えていた。不思議なことに、すべての答えが正しいという確信があった。手の青い光は既に消えていたが、その余韻は残っていた。
「時間です。答案を提出してください」
教師の声に、一樹は我に返った。答案用紙を見直すと、自分でも驚くほど整然と解答が書かれていた。しかし、自分がこれらを解いた記憶があいまいだった。
答案を提出し席に戻ろうとしたとき、一樹は自分の机の上に置いた鞄から微かな青い光が漏れているのに気づいた。杖だ。まるで彼に何かを伝えようとしているかのようだった。
「おい、一樹、解けた?」
後ろから声をかけてきたのはトーマスだった。彼の顔には明らかな疲労感が浮かんでいた。
「ああ、なんとかね」
一樹は曖昧に答えた。「魔法の杖のおかげで全問正解できたよ」なんて言えるわけがない。
トーマスは椅子を引き寄せ、一樹の隣に座った。
「お前、さっき手が光ってなかったか?」
その言葉に一樹は凍りついた。トーマスは昨日も手の異変を目撃していた。もう隠し通すのは難しいかもしれない。
「気のせいだよ、そんなわけ…」
「いいから」トーマスは声を低くして続けた。「昨日も変だったし、今日の天気の急変といい…なにか起きてるだろ?」
一樹は言葉に詰まった。トーマスは真剣な表情で彼を見つめていた。
「…放課後、話そう。公園に行くって言っただろ?参考書を取りに」
トーマスはしばらく一樹を見つめてから、ゆっくりと頷いた。
「わかった。でも今度こそ、全部話せよ」
一樹は無言で頷いた。鞄の中の杖がまた微かに光を放ったように感じた。
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