第二十七話 私らしく

 静かに、アシュリーは目を開けた。

 見慣れない天井。素足に触れる布の感触も、自室のベッドとは明らかに違う。


(……えっと……なに、してたんだっけ、私……)


 ぼやけた頭で思考する。脳内にかかった霧がゆっくりと晴れていき、アシュリーはようやくこれまでのことを思い出した。


「そうだ、妖精たちは……っいたぁ……!」


 勢いよく上体を起こしかけて、うめいた。脇腹が痛む。そういえば刺されたんだったな、と思いながら傷口を見ると、丁寧な手当てが施されている。


「起きたのね。ああこら、まだ無理しない」


 そう言って現れたのは校医のロゼリアだ。なるほど、ここは救護室のベッドなのだろう。


「先生、グレン先輩は……? あの妖精の子は、カール先生はどうなりましたか」

「うん、ちゃんと説明するから。その前に傷だけ診るわよ」


 傷の具合を確かめながら、ロゼリアはこれまでの経緯を手短に語ってくれる。


 あのあと、アシュリーが石化したあと、グレンは見事カールを捕らえた。とはいえカールも有能な魔法使いであり、抵抗。そこへ騒ぎに気づいた他の教員が駆けつけ、どうにか事態は収束したらしい。

 カールの研究室に実際に妖精が囚われていたこと、カール本人の自供もあり、学園側も彼の犯行を認めた。魔法生物保護法違反に加え、アシュリーを傷つけた傷害罪もある。重い処罰は避けられず、今は収監されているという。


 そして事態が収束したあとに、救護室で万全の準備を整えた上で、グレンはアシュリーの石化を解いた。おかげで命に別状はなく、跡も残らないらしい。


「治癒魔法で、傷も出来る限り小さくしたわ。日常生活に支障はないと思うけど、無理は禁物よ」

「はい、本当にありがとうございました……!」

「妖精を見つけたことはお手柄よ。でもいち生徒が首を突っ込むべきではなかったわ。現にこうして重傷を負ってしまって……レスター先生がひどくおかんむりだったから、回復したあとは覚悟しておくことね」

「ひえ……」


 アシュリーは小さくうめいた。そうだ、レスターの忠告を無視して妖精を探し、結果カールと接触する羽目になって重傷を負ったのだ。レスターが怒るのも当然である。


「とはいえそれもあとね。まず会うべきは彼でしょう」


 そう言い残してロゼリアが退室する。入れ替わるように部屋へ入ったきたのは、グレンと炎の妖精だ。


『よかった、元気になった……!』


 妖精は顔を綻ばせると、アシュリーにまとわりついた。仲間の妖精たちも救助され、もう森へ帰ることもできただろうに、アシュリーの目覚めを待ってくれていたらしい。

 ちなみに、結界には案の定カールが手を加えていたそうだ。そのため、妖精は学園から出られなかったのだという。

 一通り和やかな言葉を交わしたのち、妖精は去っていく。


『助けてくれて、ありがとう。アシュリーと、グレン。あなたたちのことは覚えた。忘れないから』

「大丈夫? もう捕まらないようにね」

『同胞が一緒だから平気!』


 そう笑って、妖精は窓から飛び立っていく。その姿が見えなくなるまで見送って、アシュリーはほっと息を吐いた。


「あの子たちを守れて、本当によかった……グレン先輩、改めてありがとうございました」

「二度と、あんな無茶はしないでくれ……生きた心地がしなかった」


 憔悴しきった様子で、グレンはそう息を吐いた。よく見れば顔色は土のように悪い。どれだけアシュリーを心配してくれていたのだろう。それを改めて突きつけられて、アシュリーの胸が痛む。


「ご、ごめんなさい。私、ひどいことを言ってしまって……」


 必死で手当てしてくれるグレンに、それよりもカールを追うように言ったことをアシュリーは思い出す。優しいグレンがアシュリーを見捨てられるわけがない、誰より悩んで苦しんだだろうに。

 グレンの顔は晴れないままだ。


「そんなことはいいんだ……俺が、君を守れなかったことが問題なんだ……!」


 前髪をかきあげるようにしながらグレンはうめく。


「君を事件に関わらせるべきじゃなかった。レティシアのときも、飛竜ワイバーンのときも守れたから、油断した。その結果がこのザマだ。本当に、すまなかった……」


 こうも打ちのめされているグレンを見るのは初めてで、アシュリーも言葉に詰まる。

 そうだ。そもそもアシュリーが事件に深入りしたきっかけは、グレンが犯人だと疑われたことなのだ。だから必要以上の責任を、今グレンは感じている。


「……わ、私は」


 ゆっくりと、言葉を選びながらアシュリーは言う。


「グレン先輩に感謝こそすれ、謝ってほしいなんて思ってません。全部、私がしたくてやったこと。その責任を、どうしてあなたに負わせる必要があるんですか」


 そっと手を伸ばし、グレンの手に重ねた。アシュリーの手よりも分厚く大きな手は、存外冷たい。


「私はこういう自分の性を変えられないと思います。傷ついて悩む誰かがいるなら放っておけない……でもそれはグレン先輩も同じでしょう?」


 グレンの目をじっと見つめながら、アシュリーは力強く言い切った。


「だからこれからも一緒にいてください。私が無茶をするなら、あなたが止めて。反対にあなたが傷つけられそうなら、私が守りますから」


 過去を後悔するのではなく、未来を共に生きたい。アシュリーが傷ついたことに思い悩むくらいなら、それを二度と起こさないように一緒にいてほしい。

 どこまでも前向きなアシュリーの言葉に、ようやくグレンが笑った。


「……そうだな。君はそういう人間だった。……眩しいよ、本当に」


 慈しむような目でグレンは呟く。そっと腕を伸ばし、アシュリーの頬に手を添えた。


「どうかこれからも、君が在りたい君でいてくれ」

「もちろんです!」


 アシュリーはとびきりの笑顔で答えた。


「その、石に変えてしまったことは怖くなかっただろうか――」

「え、最高の体験でしたよ? メドゥーサに石化してもらった人なんてきっと数少ない、貴重な感覚でした……!」

「……はは、そうくるのか。本当に最高だな……!」


 肩を振るわせてグレンが笑う。

 二人の間には何のしがらみもない。身分差も、グレンの異能も、関係ない。

 ただ心通わせた先輩と後輩として、二人はいつまでも話し込んだ。


「……よし、じゃあレスター先生を呼ぼうか。お説教が待ってるぞ」

「う、急に怪我が痛んできた気がします……!」


 学園を騒がせた事件も収束し、アシュリーとグレンは日常へと帰っていった。

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