第十七話 実戦授業

「先輩、これお土産です!」


 週明け。アシュリーは意気揚々と、グレンに買ってきたお菓子を渡す。

 グレンはやや驚いたようだったが、それでも微笑み受け取ってくれた。


「ありがとう。街に出かけてきたのか?」

「はい。ルチアと一緒に選んだので、きっと先輩のお口にも合うかと」


 そわそわとグレンの様子を窺う。市で買った、瓶詰めのキャンディだ。つやつやカラフルな見た目も可愛いし、その甘酸っぱい味にもアシュリーは感動した。気に入ってくれるといいのだが。

 琥珀色のモノをつまみ取って、グレンが口へ運ぶ。


「……うん、甘くて美味いよ。ありがとう」

「わ、気に入っていただけたなら何よりです……!」

「片手間に食べられるのもいいな。俺は作業しながら甘いモノを食べたくなることが多いから」


 その言葉にアシュリーは顔を綻ばせた。そんなグレンを常日頃見ているからこそ、このお土産を選んだのだ。


「ほら、君も一緒に食べよう」

「それじゃあお礼になりませんよ……?」

「1人で食べるより、君と食べる方が美味い」


 グレンがそう穏やかに語るので、アシュリーも受け入れた。深い紅のモノを選び取る。


「綺麗。先輩の目と同じ色ですね」

「……ああ、そうだな」


 アシュリーが何気なく放った一言で、グレンがやや固まる。しまった、とアシュリーはこっそり反省した。彼の瞳になにかナイーブな事情があるのは知っているのに。


「そ、そうです、聞いてくださいよ先輩……!」


 話を逸らすように、アシュリーはわざとらしく悲愴な声を上げてみせた。もともとグレンに披露するつもりだった話題だ。


「先輩、いよいよ来週は実戦授業があるんです……!」


 実戦授業。魔法騎士コースの生徒対象の授業で、その名の通り、魔法を使って相手と戦うのだ。もちろん殺傷力の高すぎる魔法は禁止だし、防御や治癒を得意とする教員が常に目を光らせている。それでも、怪我人が出ることもままあるため、1回生たちからは恐れられている授業だった。


「騎士希望の生徒だけでやればいいのに! 生活魔法志望の私がやったって、どうせろくな成績にもなりませんよ……!」


 アシュリーも怯えまくっている一人だ。

 まだ専攻が決まっていない1回生は、全専攻の基礎科目を受けなければならない。自分の希望とは異なる専攻に適性があることも考えられるからだ。

 しかし、もともと魔法全般が苦手で、荒事にも慣れていないアシュリーが、魔法で上手く戦えるわけもない。


「大丈夫だ。1回生と戦うのは、魔法騎士専攻の2回生以上。全員加減はわかってる」

「ああ、そういえば、2、3回生との合同授業だって聞きましたね……あれ、ということは、先輩もいらっしゃいます?」

「ああ。俺も参加するよ」

「なら、先輩と対戦する可能性もありますよね!?」


 アシュリーは目を輝かせて食いついた。


「もし私と当たったら、もうめちゃくちゃ甘々の手加減で、ぜひとも私を勝たせてくださいね!」

「はいはい、そんな都合のいい話はないからな」


 あっさりあしらわれたアシュリーは、不満げに口を尖らせた。






 そしていよいよ、実戦授業の当日を迎える。

 学園の端にある円形の闘技場に、1回生と騎士専攻の2、3回生が集った。

 

「あ、先輩だ」


 遠目にもグレンを見つけ、アシュリーは満面の笑みで手を振った。グレンは薄く笑んで、小さく手を振り返してくれる。


 アシュリーが戦うことになった相手は、残念ながらグレンではなかった。面識のない2回生の男で、当然勝てるわけもない。


「え、ええと……吹き荒れよクラマット!」


 アシュリーはどうにか風の魔法を発動させたが、彼の髪を揺らすだけで何の意味もなかった。それを確認した彼が、氷の刃を放ち、それをアシュリーの眼前で止めて勝負はおしまいである。


 そしてグレンの相手は、偶然にもルチアだった。


「あら、グレン先輩。お噂はかねがね。私はアシュリーと同室の、ルチア・フォスターと申します」

「ああ。俺も君の話はよく聞いてる」

「まさか先輩とぶつかるなんて……アシュリーは今頃拗ねてそうですね」

 

 クスと笑うルチアの読み通り、観客席では「ずるい!」とわめくアシュリーの姿がある。


「後輩だからって、手は抜かないぞ」

「ええ、わかってます。よろしくお願いしますわ」


 淑やかに微笑みながらも、ルチアは容赦なく魔法を繰り出した。グレンの足下から太い蔓がギュルリと伸び、彼を戒めようと迫る。


「へえ、やるな」

「私は商人の娘! 賊を追い払う心得はありますから!」


 高らかに宣言するルチアの前で、しかしグレンの悠然とした態度は一切崩れない。まとわりつく蔓に、そっと指を向けて。


焼き払えティティアット


 瞬間、噴き出た炎が、蔓を燃やし尽くした。しかし緻密に制御されており、グレン自身を焼くことは一切ない。そのままうねる火柱が、蛇のようにルチアを取り巻く。


「っ、降参です……!」

「お疲れ様、良い魔法だった」


 鮮やかな手腕を見せつけ、グレンが勝利を収めた。

 悔しげに唇を噛みつつ、ルチアも観客席へ。アシュリーの隣へと腰を下ろし、労ってもらう。


「すごいすごい! かっこよかったよルチア!」

「もう少し渡り合えると思ったのに……あなたの先輩、本当に強いわね」

「3回生の間でもトップクラスの成績らしいからね。そんな先輩相手に怯まなかったルチアもすごいよ!」


 自分の出番はすでに終わっているため、アシュリーはすっかり気の抜けた面持ちだ。残りの試合を楽しそうに見物している。


 怪我人もなく、このまま平穏に終わると思われた実戦授業だが、やがて事件は起きる。

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