児童館、めだかの学校
朧月 澪(おぼろづきみお)
第1話 そおっと(春)
—「台所でせかいをかえる」別章エピソードより—
「秘密基地 メダカの学校」
そおっと。(春)
春江が「メダカの学校」を立ち上げたきっかけは——
「孫が、うちに来ても、ゲームばかりしているのよ」だった。
「うちも」「うちも」と話が重なり、
「じゃあ、みんなまとめて、ゲームなしの孫たちの空間をつくったらどうか」
——そう話が持ち上がったのは、町内パークゴルフ大会での雑談の中だった。
ここは,さっぱり市手穂区。
中心部から電車でわずか20分、小樽方面へ向かう住宅街だ。
かつては子育て世代でにぎわったが、いまは少子化の波にさらされている。
のびのび育てられると評判だった保育園も、経営難の末、つぶれてしまった。
皮肉なことに、「保育園が足りない」と言われているにもかかわらず——。
その敷地が好意的に提供され、話はあれよあれよと発起人たちの想像を超えて進み、
「メダカの学校」は、気づけば三年目を迎えていた。
くせ者は、厳島哲郎。
「てっちゃん」と呼ばれるこの男は、子供にも大人にも人気者なのだが、
ある出来事をきっかけに、「児童館メダカの学校」の運営者・春江とは、
どこかぎこちない空気が流れている。
「北海道創成研究舎って、なに?」
春江はスマホ片手に、隣のかつえさんに聞く。
「それで昨日、フルネームを書かせたのね」
「だって気になるじゃない。わざわざ岩見沢から、こんなところまで来てさ」
「前職、なんだったんだろうって思って」
春江は、彼に「ルールばあばあ」と呼ばれたことを、まだ根に持っているらしい。
ほかのメンバーたちはというと、面倒な話には関わりたくないと、知らんふりだ。
「ゲーム禁止って言ってるのに、なんで子供たちとこっそりやってるのよ」
「まあ、ちゃんと300円、払ってるし」
「年齢制限つける?」
「それは困るわ。篠さんも、淳恵さんも、シニアクラブよりも楽しみにしてるのよ、ここに来るの」
これは、大人になった“メダカたち”の会話。
けれど、ものがたりは子供たちの話——
ここは、児童館「メダカの学校」。
「めだかのがっこうは 川のなか〜♪
そーっとのぞいてみてごらん〜♪
みんなでおゆうぎしているよ〜♪」
のぞいてみよう。
「てっちゃん、こないの? 綜太」
「うーん、じじ、仕事はじまっちゃったんだって」
「またやりたいよな、巨大マイクラ」
「ルール、うるさいって」
てっちゃんは、綜太のおじいちゃん。岩見沢に住んでいる。
60を過ぎて再雇用はせず、第二の人生はゆっくり過ごそうと、家でのんびりしていた。
ゲームしてはいけないとは知らず、おやつ代として300円を払い、孫に会うためにこの「メダカの学校」に来た。
たちまち子供たちの人気者に——
「ゲームは、こっちでやるんだ」
「秘密基地では、ゲームしていいんだ」
「そうか」
「じじ、ちがうよ」
「だめだね」
「うまくなったね、じじ」
「りんちゃんに教えてもらいな」
「うまくなったね、てっちゃん」
調子に乗った哲郎は、かつて使っていた研究用スライドの白い幕とプロジェクターを持ち込み、
「巨大マイクラ」の世界をつくりあげた。
白いスクリーンに、等身大のマイクラの世界が広がる。
「すげー!」「おれも!」「ブロックの中に入ったぜ!」
そこで——春江に、ゲームしていることがバレた。
「ルールは、ルールです」
「すいません。知らなかったもので……」
春江が立ち去ったあと、哲郎はぼそっと言った。
「ルールばっかりだな」
横にいた子供の誰かが聞き返した。
——「ルールばあばあ?」
令和のコンプライアンス、アウトである。
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