AI Gaming Championship ~アストラル・アリーナの孤独な戦姫~

小夏ココナッツ

第1話

カチリと軽い操作音が響く。 僕、高城翔太たかぎしょうたは、目の前のホログラム盤面を睨んでいた。AI連携型ボードゲーム「AIブレインバトル」。チェスと将棋を混ぜたような複雑なルールで、AIと人間がタッグを組んで戦う。僕は、このゲームのジュニア部門で、ちょっとだけ名前を知られているらしい。自分ではピンとこないけど。


盤面は終盤。僕の白いナイト「パラディン・セイバー」が、相手キングに静かに迫る。背後では、僕のAIバディ「アルファ」が弾き出した最適解のルートが、青い光のラインで示されている。あと三手でチェックメイト。完璧な勝利への道筋。


でも、僕の心は少しも踊らない。 だって、これはAIが用意してくれた答えをなぞるだけの作業だから。まるで、答え合わせしながら解くパズルみたいで、ちっとも面白くない。


「またそんな顔してる。翔太、眉間にシワ、寄ってるわよ?」


手首のスマートウォッチから明るい声が飛んできた。僕のパーソナルAIで、自称「世界一の姉」ミオ姉だ。今は小さな青い鳥のホログラムとして、僕の肩でパタパタと翼を動かしている。

「別に。ただ、アルファの示す手は確かに正しいけど芸がないなって」


「あら、勝利より美学? さすが翔太ね。でも、アルファも感心してたわよ? 『マスターの、あの一見無謀なナイトの動き。私の論理エンジンでは予測不能でしたが、結果的に必勝の局面を生み出すとは。非常に興味深い"人間的バグ"です』だってさ」


ミオ姉はクスクス笑う。その屈託のなさに、僕の少し尖った心も、ちょっとだけ丸くなる。


でも、物足りなさは消えない。AIブレインバトルは、結局、最適解に収束していく。そこには「揺らぎ」がない。計算を超えた、人間の「熱」みたいなものが足りないんだ。もっと予測不能な、人間らしい動きに触れてみたい。そんなことを、最近よく考えていた。


「ねえ、翔太!」ミオ姉が、突然キラキラした声を出した。「今夜、アストラル・アリーナの、すごいエキシビションマッチがあるんだけど、知ってる? なんでも、大型アップデートで新しいAI連携システムが実装されたんだって! AIと人間の関係が、次のステージに進む瞬間が見られるかもよ!」


アストラル・アリーナ。 最近よく聞く名前だ。VR空間でAIバディとペアを組んで戦う三人対三人のタクティカルシューター。ネオンきらめく未来都市で派手な銃撃戦を繰り広げる、アレか。


「アクションゲームだろ? 僕には無理だって。運動神経、ミジンコ並みなの知ってるくせに」


「もー、観るだけなら関係ないでしょ! それにね、今回の目玉は、ただのAIアシストじゃないのよ。開発元のネクサス・インテリジェンス曰く、『AIがプレイヤーの魂と共鳴し、共に進化する、かけがえのない"相棒"になる』ですって! そして、その新システムを一番体現してるって噂のプレイヤーがいるの。その名もKokemusuiwa』! ちょっと変わった名前でしょ?」


「コケ……ムスイワ? 苔むす岩、か。確かに変わってるな。eスポーツのプレイヤーっぽくないというか…」


僕の頭の中で、その奇妙な響きの名前と激しいアクションゲームのイメージがうまく結びつかない。それが逆に、妙な引っかかりを残した。


「ふふ、でしょ? でもね、そのプレイスタイルは名前と裏腹に、もう神がかってるとか、常識外れとか言われてるのよ! 今夜、その“伝説”の片鱗が見られるかも!」


「魂と、共鳴する相棒か。それに、Kokemusuiwa…ね」


その言葉が、妙に心に引っかかった。僕のAIバディ「アルファ」は優秀な分析ツールだけど、「相棒」という温かい響きは、残念ながら感じられない。冷たくて正確なガラス細工の機械みたいだ。


もしかしたら、アストラル・アリーナには、僕が探している「何か」があるのかもしれない。AIと人間の、もっと違う関係性が。そして、そのKokemusuiwaというプレイヤーが、何かを見せてくれるのかもしれない。


「ふーん。ミオ姉がそこまで言うなら、ちょっとだけ覗いてみてもいいけど。ほんの、ちょっとだけだぞ?」


「やったぁ! さすが翔太! 話が分かる!」ミオ姉のホログラムが、嬉しそうに僕の周りをくるくる飛び回る。「お母さんにも、ちゃんと許可取っておいたから、夜更かしもOKよ!」


「え? いつの間に」


僕が呆気に取られていると、タイミング良くリビングから母さんの声が聞こえてきた。


「翔太? ミオちゃんから聞いたわよ。今夜はすごい試合があるんでしょ? ご飯、早めにしちゃいましょ!」


どうやら、またしてもミオ姉の巧妙な作戦にまんまと乗せられてしまったらしい。


食卓では、いつものように父さんと母さんが僕の学校での様子を尋ねてきた。共働きで忙しいけれど、家族の時間は大切にしてくれている。


「アストラル・アリーナですって? あなたがそういうのに興味を持つなんて、少し意外だけど、良いことよ」母さんは嬉しそうだ。「AIと人間が協力するなんてロマンチックじゃない? きっと面白い発見があるわよ」


「うん。ありがとう、母さん」僕は少し照れながら頷いた。

父さんも、「AIとの連携か。これからの時代、大事なスキルだな。ゲームで学べるなんて、良い時代だ」と感心している。


食事を終え、自室に戻った僕は、クローゼットの奥からVRゴーグルを取り出した。数年前に父さんが買ってくれたもので、少し埃を被っていたけれど、レンズを丁寧に拭く。ベッドに腰掛け、ひんやりとしたゴーグルをゆっくりと頭に装着した。


起動音が静かに響き、目の前にメニュー画面が浮かび上がる。


「試合開始まで、あと十分を切ったわね。メインチャンネルに接続しておくわ」


ミオ姉の声が、VR空間に直接響く。現実よりクリアで近い。


「期待しすぎないでよね、翔太。でも、きっと、あなたの世界が少しだけ広がるはずだから」


僕は小さく息を吸い込んだ。「AI頼みの派手なゲームだと思ってたけど、ミオ姉がそこまで言うなら何か特別なものがあるのかもな」


言葉とは裏腹に、胸の奥で小さな期待が芽生え始めていた。未知への期待と、少しの緊張感。


VRゴーグルのディスプレイにスタジアムの全景とカウントダウンタイマーが表示される。九、八、七。


僕は、無意識のうちに固唾を飲んでいた。


これから見る光景が、僕のAIへの見方を、そして僕自身の日常を変えることになるかもしれないなんてまだ思いもしなかったけれど。


「なあ、ミオ姉」カウントダウンが残り三秒を切った時、僕は静かに尋ねた。


「ん? どうしたの翔太?」


「その、Kokemusuiwaってプレイヤー。本当にそんなに違うのか? 他のプレイヤーとAIとの関係が」


ミオ姉の声に、抑えきれない興奮が混じる。


「ええ、違うわ。全く違うの。彼女と、彼女のAIバディ、カブトの関係は、言葉で説明するのは難しい。それはもう、戦術とか連携とか、そういう次元じゃないのかも。まるで」


ミオ姉は一瞬言葉をためらい、そして囁いた。


「まるで、二つに引き裂かれた魂がようやく巡り合い戦場で一つの奇跡の舞を踊っているみたい。そんな感じなのよ」


カウントダウンがゼロになった。 視界が純白の光に包まれる。


そして次の瞬間、目の前に現れたのは圧倒的な熱量と魂の叫びに満ちた星影の戦場――アストラル・アリーナだった。

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