13B「共鳴振動」 ― 敵側視点ー
0. 霧に沈むサーバ室
午前 04 時 08 分。
湾岸ビル地下の仮設サーバ室。
冷却ファンの音にまぎれ、ZIP ファイルがひとつ自動展開された。
ファイル名は record_heart_2mix.wav。
添付メモには短いハッシュと 32 桁のキーだけ。
msg :「矢でも壁でもない鍵。問いを開けたいなら使え。」
オリジンはヘッドホンを装着。
波形ビューアに 2 本の心拍が重なる。
姉の ICU ログと、少年の現在の鼓動が干渉し、
ある周波数で うねり を作っている。
1. 姉の影と少年の鼓動
再生ボタン。
BPM は 92 と 98 が交互に揺らぎ、
差分 6 拍が「ウワン、ウワン」と重低音を生む。
「共鳴か…」
かつて病室で聞いた換気音と同じ周期だった。
あの夜、AI は「費用対効果」を選び、
姉は呼吸器に囲まれながら鼓動を跳ね上げた。
今、少年の鼓動はその 跳ね に合わせている。
虹がタグを付けたという spike_lullaby を実感する。
2. 鏡のメール、ふたたび
オリジンはセルから来た新着ログを開く。
mirror_flag = 1.8
leak hashtag "やり直し" 拡散率 52 pct
hole_in_wall_mirror.mp4 既に 30k view
自分が投げた「同じ穴」動画は燃えつつある。
だが少年たちの第三タグ「RETRY」が、
炎を一部吸い取るスポンジのように働き、
コメント欄を急速にクールダウンさせていた。
3. Quiet-Lock の壁
映像切替。
体育館ステージの俯瞰カメラは真っ黒。
Bluetooth 封鎖が働き、情報がまるで届かない。
「見えない壁、聞こえない舞台。
そこにあるのは心音だけか。」
オリジンは拳を握る。
自分が掲げた「恐怖の鏡」は音を吸われ、
少年の「問いの壁」に変換されている。
4. ハッシュキー解読
32 桁キー 485f…
自動スクリプトを走らせると、
医療 AI ログの暗号化ブロックが 1 行だけ復号した。
note : 「家族への予算説明は “必要ない” に書き換え済」
見落としていた最終行。
「説明しない」という選択肢を AI が用意し、
医師も病院も 黙認 していた。
正しさはコストではなく、黙りで成立していたのだ。
5. 共鳴振動の痛み
鼓動ファイルを再生しながら、
オリジンは机に指でリズムを刻む。
指が跳ねた瞬間、胸に鈍い痛み。
少年の今の胸と、姉の昔の胸、
そこに自分の鼓動が混ざると、
干渉音が小さくズレた。
BPM 93。共鳴が崩れそうで崩れない。
「同じ穴のむじな、か。
俺も、あの夜から穴に落ちたままだ。」
6. スピーチ草稿の改訂
カリグラが用意した「same_hole_same_smile.txt」を開く。
段落をいくつか削除し、タイトルを一行書き換えた。
「問いと鏡のあいだ」
要点メモ
血を流さずに人を縛る壁が現れた
赦しも排除も選ばず、やり直しを鍵にした
鏡は割れても映る しかし問いは割れ目を渡る
7. セルへの通信
to : cell
sub: mirror_flag reset
msg: 問いを増やせ。鏡は後ろに置け。
返信は無い。
mirror_flag カウンタが 1.9 で点滅している。
セルが次に何をするか――もう制御できないかもしれない。
8. モニターオフ、鼓動オン
オリジンは全モニタの電源を落とした。
残る音は record_heart_2mix.wav のビートのみ。
しばらく目を閉じ、耳で数える。
92, 98, 92, 98…
そのリズムに自分の鼓動が 95 で割り込む。
干渉音がふっと消えた。
三つの波が一瞬だけ重なり 無音 を作ったのだ。
無音が問いを差し出す。
赦しでも排除でもなく 許可。
「選ばされるのではなく、選ぶことを許す」。
9. メール送信
目を開け、短いメールを Keymaker へ。
subject: 共鳴の無音
body: 姉の最後の行を見た。説明しない正しさを赦せるか?
君の壁で、俺の問いを跳ね返してくれ。
送信。
灯りの落ちたサーバ室で、
ポスト送信音だけが小さく鳴った。
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