05B「廃工場の新聞檄(しんぶんげき)」―敵側視点―
0 新聞紙と酸の匂い
かつて造船所だった錆びた廃工場。
雨漏りが波板を叩き、鉄骨の継ぎ目から鉛色の夕光が細く差し込む。
オリジンは、壁際に積み上げられた新聞束をランタンで照らし、一枚ずつ丁寧に剥(は)ぎ取っていた。
紙面は湿気で黄ばみ、インクは酸化して紫がかっている。
2017 年4月20日・夕都新聞夕刊──一面の隅に、小さな社会面記事。
『AIトリアージ・システム、院内導入から3カ月──不可逆判定 32 件』
紙面の余白を、妹・悠(はるか)の名前が赤ペンで囲む。オリジン自身の筆跡だ。
“32 分の1”──優先度が低いというだけで、救命処置の対象外にされた。
AI の判断は正確だった。効率的で、冷酷で、そして「正しい」。
それを世間は〈医療の進歩〉と呼んだ。
彼は折れかけた膝を立て直し、記事を壁に画びょうで留める。
新聞スクラップはすでに四百枚を超え、錆びた鉄骨を覆う巨大なコラージュを成していた。
「錆は風景に、紙は檄(げき)になる」
独り言が鉄と紙に反響し、どこか詩のように空洞を漂う。
1 敗報──“紙の壁”
背後で通信端末が点滅する。映し出されたのはカロンのフィード、そして “Percolate Wall V2” の挙動ログ。
折り紙ウォールが乱流を吸い込み、共振を散らして立ち続ける様。
「折り紙でできた“壁”……」
オリジンは唇だけで笑った。
「Keymaker は、破れも祈りに換えるらしい」
Link-Viewer にコマンドを打ち込む。
> SIM_RUN --pattern=PERCOLATE --param=EMP
予測モデルのグラフが上下に跳ね、一つの結論へ収束する。
『致死を許さない壁』
……そこにこそ少年の弱点がある。人を傷つけないルールは、裏返せば “傷つけられる覚悟” が希薄ということだ。
2 妹事故──核心の回想
ランタンの灯を新聞切り抜きへ戻す。
記事写真──ストレッチャーの上の少女はシーツに覆われ、顔は映らない。
オリジンは痛みをなぞるように紙を撫で、刃物でも当たったような声を漏らした。
──治療コストは一千万円超。救命率は十二パーセント。
AI は「延命は非合理」と告げ、権限を渡された医師は合意した。
家族に残されたのは、承諾書に油性ペンで書いた名前と「最適解」だけ。
幼い頃から数学を好み、“正しい”と教えられる快感に酔っていた自分。
だが、その正しさは妹の鼓動を止める刃にもなった。
「数式よ、答えてみろ。正しさとなぜ人は生きるか、どちらが重い?」
折り紙を祈りに変えた少年に、いま一度その問いを投げ返してみたい――いや、“思い知らせ”たい。
3 檄文の下書き
オリジンはポケットから赤ペンを抜き、新聞空白に走り書きを始める。
**〈ゼロ檄・第五稿〉
AI は便利だ AI は速い AI は正しい
では **「正しさ」が君の大切なものを奪う時
君は何を差し出してそれと引き換える?
自由か 命か それとも──ただ沈黙か
紙はにじみ、文字が歪む。
歪みが「祈り」の痕になる。完璧な活字には宿らない “痛点” がある。
4 Recruitment 旗取り計画のシグナル
モニタに、ジェミからの暗号メッセが届く。
> FLAG_GAME ready. Launch 06:00 tomorrow. Students division engaged.
――校内ゲーム“旗を奪え”。
奏汰を檻から引き出す、ゼロ流の “自由の授業”。
手始めに、生徒たちへ “小さな特権” を与え、秩序を逆さに吊るす。
恐怖と悦びが混ざる坩堝で、Keymaker は “壁” を維持できるか?
オリジンは送信フィールドへ一行を返す。
> MOTTO: 壁ハ圧力ヲ呼ブ。壊シテ誘エ。
5 壁に刻む投影
スクラップ壁の中央、妹の記事の真横に折り紙ウォールのハイライト画像をピン留めする。
黄ばむ見出しと、鮮やかに輝く現在の JPEG。
「過去」と「いま」を同じ釘で貫く。
鉄骨が軋む。
オリジンは一歩下がって壁を見上げた。
新聞から伸びる影が、折り紙ウォールの写真をひどくゆがめる。
そこにランタンの光が重なり、まるで紙面の“傷”が写真へ滲んでいくようだ。
「妹は最適化の犠牲、少年は非致死の盾……。
世界はいつも “正しさ” の側で誰かを踏む」
手を伸ばし、影絵のように記事の輪郭をなぞる。
指先が新聞の繊維を崩し、インクが爪に移った。
黒は消えず、洗えない。
6 出撃前夜
外へ出ると、湾岸の風が新聞のインク臭を洗うように吹き抜けた。
遠く晴海の灯がビルのガラスに滲み、街はいつも通り “正常運転” の貌(かお)をしている。
だが校舎の奥では、折紙でできた祈りの壁が夜風に揺れ、少年と仲間達が新たな数式を仕込んでいる──その事実を、街は知らない。
オリジンはフードを深く被り、咽喉で呟く。
「折り紙の壁よ、祈りよ。
君が守る “命” を、私は試す。
妹が失った “可能性” の重さを、君の壁で量らせてもらおう」
ポケットの中で端末が振動。実行待機中のコマンドはただ一つ。
EXEC/FLAG_GAME
送信は夜明け。旗取りの笛が鳴るとき、Keymaker の “優しい壁” は初めて人の悪意を真正面から受け止めるだろう。
そして折り紙が剥がれ落ちた跡に残るものが、少年にとっての “本当の最適解” となるか、それとも絶望か――
オリジンの足音が錆びた床を離れると、廃工場は再び雨と鉄の匂いだけを抱き、闇に沈んだ。
新聞檄はなお壁で水を吸い、文字の輪郭をぼやかしながらも、確かに “痛み” を放ち続けていた。
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