五ノ二・呪いの家
依頼者は横浜市で不動産業を営む、
『ヨルコワ!』の心霊廃墟アパートの記事を見て、自分のところにも〝出る〟物件があるから見にきてくれないか、と連絡をしてきたのだという。
正直なところ、志羊は怯んでいた。
自分は霊感ゼロだし、見えなければいないのと同じ、恐怖を感じることはない。今までその理屈で、幽霊や心霊現象への恐怖を錯覚としてきたのだ。
それがここのところ、それでは誤魔化せなくなってきてしまった。
心霊アパートでもいまだにはっきりと解明できない現象を目の当たりにしてしまったし、夢とはいえ小鈴の生き霊をはっきりと見て、カガチ山では存在するはずのない大蛇も見てしまった。
じわじわと近付いてきている気がする。得体のしれないもの、あちら側のなにかが。志羊の前に姿を現して、存在を認識させようとしている。そんな気がしてならないのだ。
もし次になにかが起きるとしたら、今度こそ、はっきりと目にしてしまうのではないだろうか。それが怖い。
戸波から位置情報の送られてきた物件は、磯子の住宅地にあった。
緩やかな坂道を延々と登った先に、ようやく目的の家を発見する。白い壁ばかり三件並んだうちの真ん中、ベランダのある家に挟まれて建つ、緑色の門扉の家。特徴をいくつか聞いてはいたが、それよりも家の前にライトバンを停めて戸波が待ってくれていたので、それで見つけられた。
「お世話になります、戸波です」
「
戸波の隣で女性が会釈をする。話は聞いていなかったが、妻を連れてきたようだ。「本田です、よろしくお願いします」と返して、志羊は体半分を後ろに向けた。
「こちらは、
「
「ええと、お祓い屋さんは……ああ、Yさん」
「こちらの野元さんがそうです」
じゃあもう一人はなんなんだ、という顔で志羊と壯須を見比べるが、実際のところ、志羊も分からないのだ。なんで来たんだろうこの人、と駅での待ち合わせで顔を合わせた時からずっと思っている。
志羊も壯須本人もなにも言わないので、アシスタントかなにかだと勝手に思ってくれたらしい。戸波は門扉を開ける。
「入る前に少し説明しておきますね。まずこの家が建てられたのは、今から八年前です」
「八年前? まだ新しいじゃないですか」
「そうでしょう? 外観もお庭も綺麗だし……」
朋美も最後尾についてきて、一緒に家へ向かう。前の住人が残していったものだろうか、多少庭木が伸びてはいるが、彼女の言う通り荒れていると言うほどではない。
煉瓦調の玄関アプローチ。前面に大きな窓がいくつもあり、開放感のある印象だ。壁の下部、地面から三十センチメートルほどには赤褐色のモルタルが塗られており、煉瓦の小道とよくあっている。一見かわいらしいデザイナーズ住宅にしか見えなかった。
「ですが、八年の間に持ち主が三回も変わっているんですよ」
「呪われているとしか思えないから見てほしい、ということでしたが。なにがあったんですか?」
鍵を開けて、ドアを開きながら、戸波が言う。
「皆、病気になっちゃうんですよ。不眠症に耳の病気、腰や膝を悪くしたり、何人も大怪我をしたり」
「え、それは……」
「もちろん初めは偶然だと思いましたよ。でもそれが原因で三家族も退去してるんです。最初の家族は二年で、次が一年、その次は八ヶ月。半年前に三家族目が出ていって以来、新しい入居者は入っていません」
「内見は何組か来てるんですけどねえ……」
建てられてから、人が住んでいる期間より空き家期間の方が長いらしい。確かに妙だった。
廃墟アパートの時と同じように、雄憲はなんの躊躇いもなく玄関を潜り、辺りの様子を伺うでもなくすぐに雪駄を脱ごうとする。
「ちょっと雄憲さん。写真撮るからさっさと行かないでください」
「スリッパ左側にあるので、使ってくださいね」
「あっ、どうも」
朋子に声をかけられて、上り框の隅にあったラックから雄憲と壯須の分のスリッパも揃える。
「ん、ああ、ありがと志羊ちゃん」
「すみません戸波さん、中に入る前に写真撮ってもいいですか?」
「もちろんどうぞ」
「じゃあ雄憲さん、そこ立ってもらえますか」
リビングへ続く扉の前に雄憲を立たせて、引き気味に撮ってみたり、ポーズを取らせてみたり、色々していると、壯須が声をかけてくる。
「僕、撮ろうか? 志羊ちゃんも一緒に写ったらいいじゃん」
「私の写真なんて使わないと思いますけど……」
そう言いながらも、カメラを壯須に渡す。
「そこ、段差気を付けてくださいね」
「あっ、はい」
「雄憲ちょっと右向いて。オッケー、撮るよ」
写真を撮り終えると、戸波がリビングへ招き入れてくれた。
広さは十六畳ほどだろうか。空き家なのでがらんとしているが、内見の時に部屋のイメージをしやすくするためか、壁際に二人掛けのソファが置かれている。奥にはシステムカウンター付きのキッチン。
「キッチンの奥が風呂と脱衣所です。脱衣所の奥のドアも廊下に繋がっていて、トイレのすぐ前に出ます」
「一階はそれで全部ですか?」
「ええ、あとは収納です。二階には三部屋あって、前に住んでいた家族は一つを夫婦の寝室、一つをいずれ子供部屋にするつもりだったようです」
「いずれ……ということは、赤ちゃんがいたんですか?」
「ええ。結局お子さんが大きくなる前に引っ越してしまいましたが」
一階の案内はすぐに終わり、階段をぞろぞろと上がる。
外観から感じた通り、それほど広い家ではないようだ。二叉路の間に建てられたうちの一件で、南北を道路に挟まれている。南の玄関側に大きな窓を集中させ、日当たりの悪い北側はほとんど換気窓のみ、というつくりだ。
二階の部屋を周りながら、戸波の説明が続く。
「三十代のご夫婦で、入居して二ヶ月でご出産でした。ところが旦那さんの方が、引っ越してすぐ体調を崩されたんです」
「妊娠中の奥様ではなく……」
「初めはネズミがいるのかとか、両隣の物音が気になると何度も電話が来たんです。でも駆除業者に見てもらってもネズミの痕跡はないし、東側のお隣は空き家、西側も今は六十代のご夫婦が住んでいるだけで、騒音を立てるとも思えません。対応に困っていたのですが、奥様が出産のため入院されると、エスカレートしまして」
「エスカレート、というと……?」
「体を壊して会社にも行けなくなってしまったようなんです」
先に回った二部屋には、大きな窓があった。玄関の上に見える窓はこの二つの部屋のものだろう。
三部屋目に入る前に、先を行く戸波に向かって身を乗り出す。
「あの、失礼ですが、体調不良となるともう不動産屋の領分を越えてますよね? 病院の受診を進めるしか、できることなんてないんじゃ……」
「もちろん他の家だったら、そこまでしませんよ。ここに関しては、入居してからずっと、月に一度連絡を差し上げてました。僕で解決できることなら力になろうと思ってましたが……」
思ったよりも、だった。もはやカウンセリングだ。そうまでするのはやはり、前の住人の時に何かがあったからなのだろう。
「その前の家族が入居したのは、四年前のことです。中学生と小学生のお子さんのいる四人家族でした。私は三年前に親父から継ぐまでは全く会社に関わってこなかったので、その時に聞いた話になるのですが」
戸波は最後の部屋のドアを開ける。二階で一番広い部屋だ。夫婦の寝室だろうか。カーペットは前の住人が敷きっぱなしのまま置いていったらしく、家具の痕がついてしまっているのを、朋子が屈んでささ、と撫でる。
「上のお子さんが、なんというか……おかしくなってしまいまして」
「えっ」
志羊は思わず立ち止まってしまった。後ろに続いていた雄憲と壯須がドアのところでつかえていることに気付いて、慌てて場所を開ける。
「ひどい不眠症になって、学校にも行けなくなってしまったんです。朝起き上がった途端に吐いたり、めまいが酷くて立ち上がれなくなったり……階段の上り下りも危険なので、退去前の二ヶ月は下のリビングで寝ていたそうです」
「それ、は……」
志羊は、怪訝な顔をする。ようやく〝呪いの家〟らしい情報が登場したと思ったのに、どうもそうとは思えない内容ばかりだ。
「ただの引越しからくるストレスだろうと言われればそれまでです。それだけなら、ですが」
「どういうことですか?」
「その子だけじゃないんですよ。ご主人は腰と膝を悪くして、下のお子さんは突発性難聴になったんです」
一年間の間に三人の体調に異常が現れたのなら、確かに呪いと言いたくなっても仕方がない。
「その一家のことがあったから、三組目の家族には頻繁に様子見の連絡をしていたんですか?」
「そうです。なにしろ、最初にこの家に住んだ……ここを建てた一家と、ほとんど同じようなことが起きていたんですから」
「同じこと!?」
八年前にこの家を建てたのも、二人の子供がいる夫婦だったと聞いている。二階の三部屋は夫婦の寝室と子供部屋だったのだそうだ。
「子供は小学生の兄妹だったそうです。下の子はメニエール病という耳の病気になり、二年間で上の子が一回、奥様が二回、家の中で転んで骨折や流血するほどの怪我をしています。挙げ句ご主人が腰を悪くして仕事を続けられなくなり、転職のために家を手放しました」
「そ、そんな」
確かに一組目と二組目、同じように次々と災難に見舞われている。
家の中は一通り見て回ったが、おかしなところは見当たらない。生活しづらいようには見えないのに、一体なにがそうさせるのだろうか。
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