第50話 ぼくらは陽だまりを目指し逃避行する
「開閉スイッチの場所は、さっきまで一緒に逃げていた「杏沙」と同じ首の所よ」
杏沙の姿をした博士はそう言うと、僕に背を向け床に膝をついた。
「あ、はい」
僕はうなじのスイッチを押すと、本日何度目かのドローンの取り出しを行った。不思議なことに『ジェル』の姿であっても杏沙は杏沙、博士は博士の特徴がなんとなくあり、僕の手の中に収まっていても博士の『ジェル』はどことなく威厳があった。
僕が故障中の博士のボディに『ジェル』を収めると、ぶうんと音がして両目が光った。
「……OKだ、真咲君。次は杏沙を空いた身体に移してくれたまえ」
「はい」
僕は頷くとリュックからドローンを取り出し、空っぽの頭をこちらに見せている杏沙のボディに『ジェル』を収めた。杏沙は目を開くとゆっくりと立ちあがり、おもむろに「こっちの身体も悪くないわね」と言った。
「任せっぱなしにしてすまなかった。無事に脱出できたら五瀬君に、私とお前のボディを回収しに来るよう言ってくれないか」
「わかった、必ず助けに来るから待ってて」
「ああ。真咲君も、よろしく頼む」
「はい、博士」
「……じゃあもう、行くわねパパ」
杏沙はそう言うと、「博士」の身体が収められた保管庫の扉をゆっくりと閉めた。
※
「見ろよ、矢印の先に『二階小ホール・南側いこいテラス』って書いてあるぜ。このまま一気に抜けられそうだ」
「どうかしら」
新しい身体に乗り込んだばかりだというのに、杏沙は早くもイニシアチブを取り始めていた。
「でも、これまでの経路に「敵」らしい人間はいなかったぜ」
「これから現れるかもしれない。通路にはいなくてもテラスで待ち伏せしてる可能性は充分にあるわ」
「ボスが倒されたのに?」
「倒されたといっても解散命令が出たわけじゃないわ」
「とにかくホールまで行けば、はっきりするさ。敵が待っていたらいたで強行突破すればいいだけの話だろ」
僕は空元気を見せると、杏沙の前を早足で歩き始めた。悪いことばかり想定していたら、さっきまでの騎士きどりがしぼんでしまう気がしたのだ。
「……ほら見ろ、敵らしい敵なんてどこにもいないぞ」
僕はオフィス二つ分くらいの、地元商品のワゴンが並んだホールを目で示して言った。
「今の所はね……あのガラス戸の向こうがテラスね」
ホールの南側の壁は一面ガラス張りで、その向こうに屋根のない空間――テラスがあった。テラスはオープンカフェのようなテーブルと椅子の他に、樹木がうっそうと茂る場所が至るところにあった。
僕らが陽射しの溢れるホールに足を踏み入れると、ワゴン前に立っていたエプロン姿の人物が二、三人こちらを向いて口を動かした。何を言っているかはわからなかったが、目の中がひび割れているところを見ると彼らも『オーバーライター』なのだろう。
「……まっすぐ、外に出るドアのところまで行って。変な愛想は絶対、振りまかないで」
それならご心配なく、と僕は心の中で呟いた。人見知りには自信があるのだ。
僕らはテラスへ向かう客を装い、自然な足取りで外に出るドアを目指した。
仮にホールにいる員たちが全員『オーバーライター』だったとしても、行く手を塞いだり襲いかかってきたりしない限りは「敵」じゃないと思った方がいい。
堂々としていたのが良かったのか、気が付くと僕らはガラス戸の前に移動していた。
「真咲君、下に降りる階段を見つけたら、一気に駆け降りて」
「――ああ。でも降りる時は一緒だ」
緊張を悟られぬよう、僕が視線を固定し扉に手をかけたその時だった。
「――あっ」
背後で杏沙の悲鳴が聞こえ、振り向いた僕の目に手首を捕まれ固まっている杏沙と、僕らの退路を断つように壁を作っている「実行委員」たちの姿が飛び込んできた。
「ボスを倒しても、駄目なのか……」
僕の中でピンチを潜り抜けてきた自信が消えかけたその瞬間、「停止せよ」とホールに声が響いた。同時に僕らを囲むように立っていた「実行委員」たちが両手をだらりと下げ、スイッチを切られたようにその場で「停止」した。
「……先輩」
ホールの入り口に立っていたのは肩を大きく上下させ、目の中が切れかけの電球のように点滅している遊南だった。
「まだ……停止が完了してない。あと三十分はかかる」
遊南は苦し気な声で言うと、「早く……逃げて」と絞り出すように続けた。
「行きましょ、真咲君」
「でも先輩が」
「ボスは間もなく眠りにつくし、ここの人たちの中の『オーバーライター』も眠るわ。私たちは成功したの」
「だからって放っておいて逃げるのは……」
僕が戸惑っていると遊南の身体が傾いて膝をつき、それが合図だったかのように止まっていた「実行委員」の顔が一斉にボスの方を向いた。
「――早く外へ!」
杏沙の声に背中を押され、僕はドアを開け外に飛びだした。続いた杏沙が後ろ手でドアを閉めると、ワゴンの前にいた店員たちが『オーバーライター』の目でこちらを見ている姿がガラス越しに見えた。
「真咲君、階段を!」
杏沙が叫び、僕は周囲を見回した。
「――あった、左の方だ!」
テラスの左側に外階段の降り口らしきものが見え、僕は思わず叫んだ。だが、僕らが駆だそうとした瞬間、降り口近くの席にいた男女が急に立ちあがり僕らの行く手を塞いだ。
――突っ切れるか?
僕が身構えた直後、今度は背後からばたばたと複数の足音が聞こえ、振り向いた僕の目に数人の「敵」がテラスに躍り出てくる様子が飛び込んできた。
――ここまで……なのか?
前後を敵に挟まれ進むことも退くこともままならないことを悟った、その時だった。
「――X△Q8OTZ」
敵の一人が声を上げながら床に崩れ、さらにその後も「%P4&OTL」と似たような叫びを上げながら崩れてゆく敵の姿が見えた。
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