第25話 ぼくらは夢にひそむ罠に気づく


 『アストラルカフェ』を出た僕と七森は中学生のカップルが歩こうものならたちまち補導されかねない繁華街を、無言で進んでいった。


 近くにコンビにはあるにはあるが、自分で言った通りタッチペンが売っているかどうかは実のところ、知らなかった。何しろこの通り自体、(ジェルの外であれ中であれ)今日、初めて足を踏みいれたのだから。


 杏沙は言葉を一言も発しないまま、僕の半歩先を迷いない足取りで進んでいた。


僕が案内する立場なので、よく考えたらおかしい風景なのだが、杏沙が僕を先導しているということ自体、「まだここは安全じゃない」というメッセージなのだ。


 つまりうっかり僕らが言葉を交わせば『ジェル』の外側でモニターしている「奴ら」が「異変」と見なすだろうという意味だ。


 僕は杏沙が繁華街を抜けてすぐ最寄り駅に向かうだろうと思っていた。


 実際、駅前通りは人の数も多く「モニター」している連中も僕らばかりを追ったりはしないだろう、そう考えていたのだが――


 何と杏沙は同じ通りの中でもひときわ場末っぽい古そうなおんぼろビルの前で立ち止まったのだった。


 杏沙は僕の方を振り返ると口の形を「ついてきて」というように動かした。僕も声を出さずに「ここにタッチペンは売ってなさそうだけど」と返して杏沙の後に続いた。


 普通なら嫌な予感で一杯のところだが、僕は久しぶりにわくわくしていた。なぜなら杏沙の口から「出ていって」じゃなく「ついて来て」という言葉が出るのは、この戦いが始まって初めての快挙だからだ。


 ――それとも、僕がちょっと変なのだろうか。



「ちょっとここで待ってて」


 奥の方で僕が待っていると、杏沙はカウンターの奥から現れた人物と何やら会話をし始めた。


 僕がもやもやした気分で杏沙の方を見ていると、突然、信じがたいものが視界の隅に飛び込んできた。肩越しにちらりとこちらを見た杏沙が――一瞬、完全な別人の顔に見えたのだった。


 ――七森じゃない?


 ほんの一瞬だったが、顔だけを差し替えた加工画像のように杏沙は一瞬、別の少女になると次の瞬間、また元の杏沙に「しまった」とばかりに戻ったのだった。


 ――ここは「意識」だけの世界だ。つまり別の誰かが「杏沙」を装うことは簡単だということだ。変装する必要すらないのだから。


 おそらく「外」の誰かが杏沙の特徴データを集め、別人を「杏沙」に見せかけてたのに違いない。どうりで僕ですら偽物と気づかなかったわけだ。


 ――どうする?


 僕が戸惑っていると突然、ポケットで携帯が震え始めた。取り出して表示を見ると送り主不明のショートメッセージが目に飛び込んできた。


『今ならまだ、逃げられる』


 ――どこだ?


 送り主は多分近くにいるはずだ、そう思ってあたりを見回した僕はある一点で目線を止めた。入り口のドアの向こう、硝子越しにこちらを見ている人物の姿が見えたのだ。


 ――あの人はさっきの!


 人物は先ほど裏通りでカフェチェーンを一緒に探した、グレイヘアの男性だった。


 僕はなんだか状況が飲みこめないまま気配を殺すと、そっと回れ右をして入り口の方に引き返し始めた。どうやら「杏沙に似た女」は気づいていないようだ。僕はドアの前まで来ると音を立てないようにドアを細めに開け、身体を横にして隙間に押しこんだ。

 

 ――いない?


 階段に人影はなかったが、僕は深く考えずに地上に続く短い階段を一気に駆けあがった。


 場末の商店街を思わせる小路に迷いこむと、男性は「ライター・時計」と書かれた間口狭い店に吸い込まれていった。


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