AUPD-世界線の繋ぎ目に立つ警官-
からこて
第1話 誤差と笑顔
俺は、クズだ。
高校2生の頃から不登校になり、今では夜にコンビニに行く位しか外には出ない。
不登校になるきっかけも特段大した訳があったのではない。
いじめにあってたとかそんなのでもなく、大それた理由などなく単に面倒で何となく行きたくなくなっただけだ。
それから3年経ったが、俺は高校を退学した上就職もせず、毎日昼夜逆転の生活を送っている。
高校時代の友達とも疎遠になり、現実では全く友達がいない状況だが今はオンラインゲームにハマっており、
色んな人と協力してプレイするので仲間と呼べる人たちがいる。リアルで友達がいなくても、俺にはそれだけで十分だ。
好きな時に寝る事が出来るし、好きな時にゲームが出来る。
今の生活は言うなれば自由で心地が良い。
俺に父親はいない。俺が小学生の頃に交通事故で死んでしまった。
父の事は好きだったので、俺は当時かなり泣いた。
母親はそんな俺を見て俺よりも悲しかった筈なのに、私が泣いてちゃダメだよねと気丈に振る舞っていたのを覚えている。
だがそんな母親にも、もう見放されているのかここ最近では外に出る様に促す事も無くなった。
ただ、毎食部屋の前にご飯を作って置いておいてくれる。
きっと自分の子供とは言え、引きこもりとの接し方にも戸惑っているのだろう。
仕事を掛け持ちしながら、必死に働く母を見ていると少なからず申し訳ないと言う気持ちはあるが、
勝手に産んだのはそっちだし俺には非はないと思っている。
だから最初に書いた通り、俺はクズだ。
「んーー。」
ふと目を覚ました俺は枕元にあるスマホを手繰り寄せて時間を確認した。
画面に表示された時間を見ると、明け方の5:50だった。
昨日は昼からゲームのイベントがあり、珍しく俺は早起きをしてプレイし案の定眠たくなってそのまま寝てしまったのだ。
何とも変な時間に起きてしまった。
まあ、またゲームをして今日は素材を集めようと決め1階に降りる。
自分の部屋に冷蔵庫があれば完璧なのだが、母に言っても却下されるだろう。自分にも買うお金もないので仕方なく1階へと階段を降りる。
冷蔵庫を開くと、たまたまいつも飲んでいるエナジードリンクが無かった。
言わずとも母親が毎回補充をしてくれるのだが、今回は忘れてしまっている様だ。
「クソばばあ。」
冷蔵庫を閉じながら母親が寝ている部屋の扉に向かって呟く。
リビングの椅子に置いてある母親の財布から、1000円抜き取り俺は外へ出かけた。
近くのコンビニまで徒歩で5分もかかる。
今日の外出は約2ヶ月ぶりだった。
欲しいものがあればネットショッピングで母のクレジットカードを使って買うし、外に出る理由もないので殆ど外出はしない。
久しぶりに外の空気にあたり、爽やかな気持ち良さを覚える。
俺の場合は他の引きこもりの人と違って外が怖いとか、何かトラウマがある訳ではないので久々の外も悪くないと思う。
そろそろ日の出が近いのか薄暗い中でも遠い空から少しの明るさを感じた。
そんな事を考えていると、数100メートル先にコンビニが見えてきた。
今日は1000円あるし、エナジードリンクだけでなくお菓子とかも買おうと久しぶりの買い物を楽しみに思い足を早めた。
コンビニの前に着き中に入ろうと思った時、不思議な物を見た。
コンビニ横のゴミを捨てる場所に、何かゆらゆらと揺れている透明なカーテンの様な膜が見えた。
不規則に揺れるその膜が揺れるとたまにチラッと淡い光が見える。
俺はかなりのビビりで幽霊などの類はかなり苦手だったが、何故かその膜には恐怖心は感じなかった。
ただ単に「変な膜がある」くらいの感覚で、そのままその膜へと近づいた。
ーーーーーーーーーー
通った瞬間、目が少しチラついた。
次に俺の目に入ってきたのは、信じられない光景だった。
今俺がいるのは街の中心部の様で、周りには沢山の人々が行き交っている。
更に、先ほどとは違い明るい日差しが目に入る。
「うそ、どこここ…。」
当たりを見渡すも、周りの人も怪訝そうな目でこちらを見て通り過ぎる。
周りの人達は男女や年齢問わず、全身グレーの服装をしており建物、看板、あらゆる物が全てグレ一で統一されている。
対する俺は深緑色のパーカーに黒色のスウェットを履いており、周りと比べるとかなり目立っている。
しかも、凄く栄えている場所らしく、ひっきりなしに人が行き交っている。
その人々の視線は全て俺に向けられており、誰も何も言わないが視線を何百と向けられ恐怖を感じる。
兎に角人がいない場所へと移動するも、建物は家でもビルでもびっしりと密接しあっており、路地裏の様な場所はない。
どこか隠れる場所へと足を動かすも、どこもかしこも人だらけだ。
ここがどこか分かれば、と周りのビルや掲示板の様な看板などを見てみると、全く見た事もない様な文字だった。
もちろん日本語ではないし、英語とか他の外国語の様な形式ではない。
ゲームのバグで起こる様な記号が組み合わさった様な字だった。いや、これは字と呼べるものなのだろうか。
俺はその光景に圧倒され、膝から崩れ落ちた。
周りの人たちはその様子を見ながら誰も何も言わずに通り過ぎていく。
ここで、俺はこの群衆の中で誰も「言葉」を発していない事に気付いた。
聞こえてくる音は沢山の人達の足音だけで、言葉も鳥等の環境音も、そもそも車の様な物もないので足音以外の音は全くない。
夢なら、覚めろ、覚めてくれ!と目を閉じて強く願う。
だが、もう一度目を開いてみても同じ光景だった。
「マジ、意味わかんねーよ…元に戻れよクソッ!!!!」
意味の分からなさと自分に起こった理不尽な事に、感情が追いつけず思わず叫んでしまう。
すると、先ほどまで通り過ぎる際に見ていただけの群衆が息を揃えた様にピタっと止まった。
全員が全員、時が止まった様に立ち止まり、首だけを動かして俺を見つめる。
誰も言葉を発しない、ただ単純に俺を見ている。
「っ!!!!!うざい!見るな!」
更に叫ぶと、その群衆は一歩ずつ、俺へと近づいてくる。
静寂のなか少しづつ、少しづつ、自分へと近づいてくる。
「うわあああああああああ!!!!」
それに耐えきれなくなった俺は、叫びながら無我夢中で走り出した。
後ろを振り向くと、やはり走っていく俺を何百と言う目が立ち止まり、見ている。
だが誰も追ってはこないし、何か声をかけてくる事もない。
普段全く運動をしないので、少しした所で息が切れて、前屈みになり膝に手を置く。
こんなにも走ったのはいつぶりだろうか。
「はあ、はあ…」と小さく息を吐く。
走っても走っても、やはり沢山の人が周りにいたが、俺が声を出さない限り怪訝そうに見るだけで
先ほどの様に立ち止まって見つめてくると言う事は無い様だ。
どうしよう、どうすれば元の場所に戻れる?
息を整えながら頭の中ではグルグルと様々な可能性を探す。
周りを見るのは一旦やめて、目を閉じながら自分を落ち着かせる様に「大丈夫、大丈夫」と誰にも聞こえない小さな声で唱える。
「うん、だいじょーぶです。」
その言葉に、パッと目を上げると2人の男性が立っていた。
呑気な声で、大丈夫と言ったその男は笑顔と共に親指を上げていた。
「AUPD捜査官のアマギリと申します。こちらはセイガさん。貴方を助けにきました。」
もう1人の男性も笑顔で応える。
先ほどまで誰も言葉を発する事はなく、ただ無言で見つめられてきたので、
ここにきて初めて言葉を使ったコミュニケーションが取れて俺は涙が出てきた。
「ここ、どこですか。俺、どうしちゃったんですか。」
改めて見渡すと、周りの人は言葉を使って話す俺達を「いないもの」の様に、すり抜けていきこちらを見る事もない。
「貴方は今、違う世界線に来てしまっています。それを元へ戻すのが、我々AUPDです。」
アマギリさんがそう告げる。
AUPDって何だ?ニューヨーク警察のNYPDみたいな警察機関なのだろうか。
「違う世界線…あの、俺は元の場所に戻れるんですよね?」
震える声でそう伝えると、セイガと呼ばれた男が、肩を組んでくる。
「うん、だいじょーぶ。ここから君を元に戻します。よく頑張ったねえ。めっちゃ怖いよね〜ここ。」
と笑いながら返すので、ようやくほっとする事が出来た。
「ただ、正確に言うと元のままの世界線じゃなくて、0.0001%異なる限りなく似てる世界線に戻すって事になります。」
アマギリさんが少し硬い声で伝える。
「え、何でですか!?元に戻れないって事ですか?そうすると、何か変わるんですか?」
ようやく自分自身が落ち着いてきた所で、元のままには戻れないと聞き俺は少し声を荒げてしまった。
「まー、落ち着いて〜。例えばそのコンマ数秒で出会う人が出会わなかったりするから、交友関係や家族関係がちょっと変わるんだよ。」
「なんで、元の場所には戻して貰えないんですか?」
セイガさんに必死に思いを伝えるが、前に立っていたアマギリさんが話をする。
「今ここの貴方はこの世界で【経験と記憶】を持ったからです。だから今日の経験と記憶がある貴方を元の世界線に戻そうとしても、矛盾が生じてしまいます。なので我々で、今までいた世界線Aに限りなく近い世界線A +に移送するんですよ。」
そのコンマ数秒で何が変わるのだろうか。
正直そんな数値なんて、あまり変化はないんじゃないかと思ってしまう。
自分では思いつかないが、ふと父の事を思い出した。
例えば父親が事故を起こした時、コンマ数秒「何か」が変わったとしたら生きていたなんて言う事もあったのだろうか。
暫く考え、当たりを見渡す。
この世界は兎に角気持ちが悪い。グレーで統一された世界、誰も言葉を発しない。
今も俺たちの周りを通り続ける人々。規則的で、統一されている足音。全てが受け入れ難い光景だった。
「…わかりました。俺を、戻してください。」
2人にそう告げると、アマギリさんは腕につけていた細い機械を操作する。
見た事もない様な物だったので、少し身を乗り出してみたがよく見えなかった。
「じゃあ、しっかりやれよ〜」とセイガさんが間延びした声で笑う。
ーーーーーーー
気づくと、俺はコンビニにいた。
焦って看板を確認するも、今までと同じく日本語だし街の様子も変な所はなかった。
何だったんだ、もしかして白昼夢的なものか、単なる俺の気のせいだったのかもしれない。
だが、先ほど経験したあの怪訝そうな人々の目がフラッシュバックして背筋が凍る。
1人でいるのが怖くなり、恐る恐るコンビニへ入るとだるそうな店員が「らっしゃいませー」と言った。
ああ、普通の光景だ、と一安心をして店内を見渡す。
目当てのエナジードリンクと、何だか疲れ果ててお腹が空いたのでおにぎりを2つ買った。
帰り道も、何の変哲もない普段通りの道だ。
疑心暗鬼になり辺りを警戒して気を張っていた俺はすっかり疲れてしまった。
家に着き、玄関のドアを開けると台所から驚いた母親の声が聞こえた。
引きこもりの俺が、外に行っていた事に驚いたのだろうか。だが特に気にもせず、靴を脱ぎ家に入る。
すると台所から母親がこちらに向かってきて、
「今日面接の日なのにどうしたの!?出かけてたの?」と心配そうに俺の肩をさすった。
「…は?面接?何言ってんの」
イライラして母親の手を払うと「えー!一番希望してたゲーム会社の面接じゃない!どうしたの?!」と母親の方が驚いている様子だ。
ほら、ほらと母親に促され階段を上がり、自分の部屋を開けるとそこには新品のスーツがかけてあった。
自分の部屋を見た俺は、その光景に言葉が出なかった。
飲み終えた沢山の缶とお菓子のゴミが乱雑に置かれていたテーブルは、綺麗に整頓されており資格の本やノートなどが置いてあった。
そこで先ほどのAUPDの人が言っていた話を思い出す。
0.0001%の誤差で交友関係や家族関係、色んな事が変化をするって。
【ここ】の俺は、堕落した生活をせずまともに働こうとしていたのだろうか。
「ほら!これ一緒に選んだスーツ!これ着て頑張んなさいよ!」
と嬉しそうに笑う母親の姿を見て、急に目頭が熱くなる。
母親とまともに話をしたのは何年ぶりだろうか。
それよりも、母が笑っている姿を最後見たのはいつだっただろうか。
母は、「ご飯作ってるから出来たら食べよう、面接頑張ろうね」と1階へ降りて行った。
俺は自分の部屋を見ながら、急に今までの自分が恥ずかしくなってきた。
何もせず、ゲームばかりして外にも行かなかった自分。
ただ面倒となり行かなくなった高校。それかからの昼夜逆転の生活。
自由だと言いながら、それと同時に常にある不安の感情。
恐る恐る部屋に入り、自分の机の上にあった履歴書を確認すると高校は退学した様子だったがその後通信制の高校へ行き卒業していた。
「ここでの俺は、俺なりにちゃんと頑張ってるんだ…」
と言いながら涙が止まらなかった。
母親に酷い事を言い続けた日々、顔を合わせても下を向き目も合わせなかった過去の自分、それでも毎食作ってくれていたご飯。
あの世界の母は、どう言う気持ちで日々を過ごしていたのだろうか。
先ほどの母親の笑顔が目に焼き付いて離れない。今更ながらに申し訳ない気持ちでいっぱいになる。
その後、母親と朝食を共にした。
俺に対して、遠慮とか不安そうな顔はなく素直に笑いかけてくる母親に、平然を装いながらもぎこちなく返答をした。
朝食を終え自室に戻り、数分迷ってから新品のスーツを着てみた。
ネクタイを結ぶのが久しぶりで、手間取ってしまったが何とか準備を終えた。
机の上に置いてあった書類の中に、面接する会社と面接時間が記載のある書面を見つけた。
その会社は数駅離れた場所で、そこから少し歩くらしい。
俺は何とか支度をして面接会場へ向かった。
面接はとてつもなく緊張した。
そもそも俺にとっては初めての面接だし、ネット上でしかコミュニケーションもしてなかったので
「この敬語であってるか」と考えている内に面接は終わってしまった。
思い返してみても、質問された内容もどう受け応えたのかも正直に覚えていないくらいだ。
成長も準備もしていない「今まで」の俺が面接を受けたので、残念ながらきっと面接は落ちるだろう。
でも、それでも良い。
ここでの俺は今までの俺とは違う。
今日から一歩一歩自分の力で、頑張っていけばいいのだから。
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