魔獣達と捨児と悪魔と枯れ果てた荒野を征く──大魔導士の贖罪
華周夏
業火の山林、魔獣と人ならざるものを殺める事
私たちは何がしたかった?
私たちは何のために戦った?
彼らは森を根城にしていた。私たちは困惑していた。どうやって彼らを森から誘い出すか。なるべくなら殺したくはない。彼らは警戒心が強く、すぐ暴力を振るうが、好物の林檎をやればおとなしくなる。その巨体ゆえに恐怖心を抱く者が多いが普段は小鳥や小動物と戯れる優しい生き物なのだ。
「サイクロプスは、森に住む。シャール。森の奥へ行くよう、彼らが嫌う匂いのレモングラスを植えれば人間と彼らは接触しないで済む。それに──」
シャールは、私の言葉を目で制した。戯言を聞く時間はないと、そして私を一瞥し、口の端に底意地の悪い笑いを浮かべた。
「却下」
そう言い私を鼻で笑う勇者と呼ばれるこの男には『これだから女は考えが甘いのだ』そんな女性に対する侮蔑も言葉の端に含まれていた。女は従うものだ、シャールにはそうした気持ちが根底にあるようだった。
勇者シャールは数々の名だたる魔物を倒した。それは数々の物語として今も受け継がれている。だが、そこには同行した者たちの名はない。彼が頗る好色だったことも、男尊女卑の塊だったことも書物には残されていない。謎に満ちた、最後の姿もだ。
彼は、世話になる村には夜伽の女性を必ず要求した。しかも『私に選ばれるのだから名誉なことではないか』と思っている。他の仲間──とも呼びたくない他二人はこの勇者様のおこぼれを求め媚び諂う卑しい男と勇者を信奉する女だ。私には使い魔がいる。勇者様も戦士も最初、一応性別は女である私を二人で夜這おうとしたが、使い魔の白狼に阻まれている。私の言う事以外聞いてはならない。そう育てた。
ある日の夜、白狼が大きく吠え、勇者の腕を噛んだ。普段なら剣を持ち出す彼がそうしなかったことは、彼にとって後ろめたい事があったからだと情報は村に漏れ伝わった。仲間を夜這い、使い魔に咬まれる恥知らずが勇者だと村にはその話題で持ちきりになった。戦士イルと、彼の信奉者の僧侶サリは、村人を虐殺した。彼等にとって勇者とは尊敬の対象だった。どんな汚点もない神のような存在でならなければならなかった。
あの事件の後からだった。私の進言は殆ど彼の『却下』の言葉で打ち切られるようになったのは。
サイクロプスの唸り声が聞こえた。警戒している。私たちの縄張りからでていけ、そう言っているのだろう。彼は、さっきの私の言葉をシャールは嘲けるように鼻で笑い、言った。
「ルカ、お前は大魔導士ではなく魔獣学者の間違いか?サイクロプスがいなくなればいいんだろう?なら棲み家をなくせばいい。ということは、森を焼き払えばいいではないか。簡単なことだ。幸運なことに、俺達を歓迎して皆さんお集まりだ!久々だ!暴れるぞ!」
嫌だ、嫌だ。無下に殺すな!少し人間が気遣えば彼等と共存できる。彼等は怖いから、テリトリーを侵されたから。もしくは危害を加えたから攻撃する。私は少しなら魔獣語が解る。だから、魔獣の気持ちが少しでも解ってしまうから、魔術大学院の教授の職を離れるわけには行かないと、魔獣討伐師団に入るよう再三の命を受けても辞退してきた。皇帝直々の命令が来るまで。そんな私に『勇者』は言う。
「ほらほらルカ!火をかけろ!得意の魔法で森を焼きはらえよ!人間様の前に出てくるなんて百年速いんだよ、一つ目小僧!死ね!」
「あっ!」
サイクロプスの急所の目を、皇帝から下賜された宝剣で、シャールは一突きした。
他の師団の皆も嬉々としてサイクロプスを殺していく。サイクロプスの子供が泣いている。
『カアサン・オキテ・血・イタイ?』
サイクロプスの死体に縋る子供がいた。戦士のイルが残忍な笑顔をサイクロプスの子供に向けた。
『逃げて──!』
私の動きは、遅かった。目の前で子供のサイクロプスの首が飛んだ。戦士のイルが普段から陽気な男だった。そしてその陽気な性格は残忍さによるものだと気づいたのは私がこのろくでもない連中と旅をする羽目になってからすぐのことだった。
イルは戦いの後、自らが殺した魔獣の雌を犯して楽しむ癖があった。彼は、淫魔に取り憑かれているように魔獣との行為を自分への褒美のように愉悦に浸り快楽を貪っていた。
『死んだ魔獣でも、いい使い道がありますね』
『面白そうだ』
皆の目の前でその行為を見せつけているイルを見た、シャールは醜悪なその所業に加わり、情欲を廃棄するために、魔獣の死体を辱めた。肉欲の快感を二人は楽しんでいた。
女僧侶のサリが、絵を描いていた。まるで春画本のそれは夜、天幕を張り、皆が寝静まったあと、その絵はサリの自慰の道具に使われていた。サリはシャールに思いを寄せていた。自分が、魔獣の死体となりシャールに激しくただの物のように扱われていた様子を思い出し、魔獣と自分を重ねながら自らを犯すのがこの上ない楽しみだと後にサリは語った。そして、身体も心もあの方に蹂躙され汚されたいとサリは目を妖しく輝かせ、その夜私に詳らかに語ってみせた。そこに僧侶の顔はなく、ただの男を欲する歪んだ欲にまみれた女の顔しかなかった───。
サイクロプスの子供を切り捨てたイルは興奮を纏わせ、殊更楽しそうに言った。
「切れ味違いますね!王室下賜の剣はさすが伊達じゃないな。勇者様の宝剣にはそりゃ劣ると思いますけど。言うなれば、もっとこう……切った手応えが欲しかった……」
そう言った瞬間、戦士のイルの身体がサイクロプスの首領と思しき巨体に捩じ切られ、肉片と化した。子供の、父親かと思った。泣いていた。
『コロセ・炎・カケル・私・コロセ・モウ仲間・コロスナ』
私は辿々しい魔獣語を使う。
『オマエ・コロス・炎・森・スミカ・ナクナル』
サイクロプスの首領は言った。
『仲間・ニガシタ・モウ・イイ』
私は死神を呼ぶ。即死の魔法だ。苦しんでほしくなかった。その時私の手を止めたのは、僧侶のサリだった。
「大罪を犯したサイクロプスには火炙りの刑が相当。神はそう思われると」
そう言い、大した魔法も使えないサリは、弱い火の魔法を使う。まだ事切れていないサイクロプスの首領は火に包まれて苦しんでいる。
「ルカ様。最初から業火で焼いてやればよかったのです。いつもシャール様に目を留めてもらおうと仕様がない進言ばかりして、構ってほしいと顔に出ていますわ。卑しい雌犬」
『クルシイ・アツイ・タスケテ』
「化物が呻いております。苦しみを長く味あわせ大罪を悔いるがよろしい。愉快ですわね。瞳から穢い水を流しておりますわ」
そう、笑う僧侶のサリに、私は『焼け石踊り』の術をかけた。焼けた石のように熱い靴。決して脱げることはない。ヒョコヒョコと焼ける熱さに苛まれながら、眠らず、衰弱死するまで踊る。足を焼かれる幻の中でだ。
『今・ラクニスル・安ラカニ』
もう一度死神を呼んだ。巨体が揺れた。サイクロプスは地面に轟音をたてて倒れ込んだ。私は大きな瞼を閉じてやる。
サイクロプスを包んだ火が燃え広がっている。このままでは森が焼けてしまう。山も、全てが。私は煙を吸い込んだ。咽る。今、気づいた。火の回りが早い。下手をしたら私は焼け死ぬ。誰かがサリの魔法を解除した?シャールか?シャールは大物を狙い森の奥へ行ったはずなのに。
『私にお捕まり下さい、主』
『世話をかける』
私は本来の大きさの巨大な霊獣の姿を取った白狼にしがみつき森を抜けた。森を抜け、埃だらけになり目にしたものは、シャールにより、焼け石の踊り子から解放されシャールと口吻合いながら風を起こし、魔法で火を煽り凄まじい業火を作り、山森を楽しそうに焼く仲睦まじい二人だった。シャールの手はサリの服の中にあった。膚を指で味わっているようだった。
「ルカはサイクロプスに食われたことにしよう」
「サイクロプスは人間を食べませんわ、シャール様」
身体を下卑た男に弄られ、愉悦に浸る女。
「では身体をイルの様に捩じ切られたことにしよう。あれは見ものだったな」
「はい、まるで木偶人形のようで」
そう、笑う二人を見る。私は前々からこの旅の同行者たちは皆おかしいと思っていた。やはり、間違いはない。頭が狂っているようだ。仲間が死ぬのが面白いのか。私は何が正しいか、解らなくなった。
いなくなっても良い。あんな者死んで当然だ。確かにそうだ。イルは、異常者だった。けれど目の前で引きちぎられて肉片となる様を見て、眉をしかめるどころか笑うとは。魔獣の屍姦を常としたあの勇者面した男も、色欲に浸かった聖職者の女も。異常だ。同じではないか。
『白狼、元の姿に。あの二人を喰らってこい。ただ、首だけは二つ無傷でもってこい。宝剣もな』
『私は悪食ではございません。胴と頭を切り離せば宜しいのですね、主』
──賢いな。やはり。私は口の端を持ち上げる。白狼は、霊獣だ。昔、私が白狼の親を倒木から助けた時、一匹だけ助かったのはまだ片手にもならない幼い白狼だった。私の魔力だけ食わせて育てた。
『────ご苦労。この業火は、広まるな。山火事くらいでは収まるまい。火鎮めの術は、私一人では無理なのだ……ここまで、山一つ以上焼けてしまうと……。サイクロプス、すまない。お前の仲間を、守れなかった。あの者たちが、風の術まで使い、火を煽るとは、考えもしなかった……。森や野原の精霊よ、罪深い我らを許し給え』
帰ろう。帝都へ。私は仲間の首級を2つ持ち帰った。事の次第を上手く伝え、私は最高の魔道士の称号『聖大魔導士』を得た。伝説の神器を全て与えられ、白狼も最高の霊獣という『聖守護霊獣』の称号を貰い、一生あっても使い切れない金品と栄誉を得た。私は旅をしようと思っていた。勿論、独りで。白狼を連れて。
仲間を霊獣に食わせた私も異常だ。ただ、許せなかったのだ。あの者たちには欠けているものがあった。それは人間が、人間たるゆえに必要なもの『憐憫の情』ではないかと思った。それがなければ、魔獣以下だ。
私は彼等が、今度は『権力』を手に入れたら恐ろしいと思った。全て彼等が正しい。そんな暴挙が罷り通る。全てが正当化され、そしてそれには拒否権はない。
私は正しかった。そう言い聞かせ、帝都を出ようとした。その時だった。見世物小屋──サーカス団の派手な天幕が見えた。
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