第12話 落葉の声、宿場にて
――「木曽路に 落葉の声や 旅かさね」
風が吹くたびに、何かがふわりと落ちてきた。
最初は花びらかと思ったけれど、それは薄い葉だった。
紅葉には早い。けれど、ほんの少しだけ色づいた、名残の葉。
ここは奈良井宿――木曽路のなかでも特に古い町並みが残る宿場町。
江戸と京をつなぐ中山道の難所、馬籠から木曽福島のあいだにある小さな町だ。
軒の低い木造の家々、濡れ縁に並ぶ箒、道の中央を静かに流れる用水。
どれも、今というより“昔”を生きているように見えた。
「まるで、時間のなかを歩いているみたいだな」
僕はつぶやいた。
芭蕉が、うんと頷く。
「ここには、時が“重なっている”のです。過去が消えてしまわず、現在とともに在る。
こうした場所では、俳句が“記録”から“記憶”へと変わります」
「記憶……か」
僕は静かに歩を進めた。
踏みしめる石畳の感触が、いつもより足に残る気がした。
時間の層が、地面の下にも、空気の中にも、降り積もっているようだった。
町外れの神社に着いたとき、風が吹いて、一枚の葉が肩に落ちた。
僕はそれを指でつまんで、じっと見つめた。
不意に、ある光景が胸によみがえった。
小さいころ、父と来たことがある――そんな気がした。
はっきりとは思い出せない。でも、どこかで見たような、似た風景。
父が何か言っていた気もするけれど、もうその声は聴き取れない。
僕は、そっと目を閉じた。
時間は直線ではなく、輪なのかもしれない。
そして、旅とはその輪をなぞり、何度も出会い直すことなのかもしれない。
そのとき、芭蕉が句を詠んだ。
古道にて 名もなき時の 風を踏む
「句とは、名のない時間に名前を与える行為です」
「そして、それがまた誰かの“旅”をつなぐのです」
僕は、その言葉を受け取るように、筆を取った。
そして、自分の中にあった言葉を、そっと落とした。
木曽路に 落葉の声や 旅かさね
風が吹いた。
どこからか、また葉が一枚、舞い落ちてきた。
それは、さっきよりも静かな音を立てて、石畳にふわりと着地した。
芭蕉が、ゆっくりと微笑んだ。
「折り返しですね、旅も、季節も」
僕はうなずいた。
いままでの旅が、ただの移動ではなく、“重ねられた時間”だったことに、初めて気づいた気がした。
そしてこれからの旅もまた、誰かの記憶に重なっていくのかもしれない。
僕自身の句としても、誰かの中の景色としても。
夕暮れの奈良井宿が、朱に染まっていく。
それはまるで、古びた写真の色がふいに蘇るようだった。
📜 物語の中の俳句(第12話)
AI芭蕉の句
古道にて 名もなき時の 風を踏む
悠人の句
木曽路に 落葉の声や 旅かさね
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