葉月視点のサイドストーリー:「祈りの背中」

私は、あの冬の日に現れた。

さゆりが、私に向かって“会いたい”と願ったその瞬間。

その願いが、私の存在をここに呼び寄せた。


私はただの影のような存在だった。

どこかで消えかけて、誰かの想いに応えるためだけに生まれた、無力で儚い存在。

けれど、さゆりが私を呼んでくれたとき、私はこの世界に足を踏み入れた。


――そして、私はあの冬の間だけ、さゆりと共に過ごすことを許された。

毎日、彼女の笑顔を見て、たくさんの言葉を交わし、手を繋ぎながら一緒に歩いた。

それだけで十分だった。


でも、心の中で知っていた。

私は、このままで終わってしまうのだと。

“想い”は、やがてどこかで果ててしまうことを。


そして春が訪れ、雪が溶けたとき、私はここを去るべき時が来た。

さゆりが私に言ってくれた言葉は、私の心を暖かく包み込んだ。


「ありがとう。」

その一言だけで、私はすべてを感じた。

私は、この世界に生まれた理由を全うした。


さゆりが生きていくその後も、私の存在はきっと彼女の中に残り続けるだろう。

そして私は、もう一度もどこかで彼女に会える日を待ちながら、静かに消えていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る