第1章:再会の雪

「去年も来ていた?」


さゆりはその言葉を反芻するように呟いた。

目の前の女性は、どこか“現実の輪郭”から少しだけ外れているように見えた。

雪に輪郭をにじませた白い肌。凍える空気の中で息一つ乱さない。

それでも、目だけはあたたかかった。


「私は……去年は病院のベッドで目を覚ましたばかりだった。神社なんて……」


「ええ、そうだった。でも、“想い”だけはここに届いていた。ちゃんと、聞こえてたよ。」


彼女の声は、焚き火のように心の底を優しく照らした。

冷たい空気の中で、さゆりの手先がじんわりとあたたまっていく気がする。


「あなたの名前は?」


「葉月。……そう名乗るようになったの。」


「なったの?」


「わたしも、ここの“一部”みたいなものだから。」


葉月は社の方を振り返って、小さく微笑んだ。


「ここの神様はね、“願いが強ければ、誰かを呼び戻す”って言われてる。姿は見えなくても、ちゃんと耳を澄ませてるんだよ。」


「……わたしが、誰かを呼び戻したっていうの?」


「そう。あなたが“もう一度会いたい”と願ったから、わたしは今ここにいる。」


さゆりの胸の奥が、ゆっくりときしむように痛んだ。


——もう一度会いたい。

そんなふうに誰かを想っていた記憶が、自分にあるのだろうか?


「わたし、本当に……あなたを知ってるの?」


「それはね、これから思い出せばいいの。」


葉月は、ほんの少しだけ、さゆりに顔を寄せた。

ふわりと甘い香りがした。梅の花のような、懐かしい香り。


「会えて、嬉しいよ。」


その一言が、さゆりの中で氷のように固まっていた何かを少しだけ溶かした。

降りしきる雪の音の中、二人の影だけが静かに重なっていた。



次章予告:第2章「雪のカフェとふたりの午後」

さゆりは町で偶然、葉月と再会する。古びた喫茶店で過ごす時間の中で、少しずつ“忘れていた何か”が浮かび上がっていく。

手を伸ばせば届く距離にいるはずなのに、どこか遠くにいるような彼女。——その理由はまだ、誰も知らない。

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