9. 回顧録:茶髪の職人
よう、インタビューがしたいんだって?
何でも聞いてくれよ、副社長。
とはいえ、この工房が出来た経緯なんて、お前たちの方が詳しいだろう。
当時の俺はただの傍観者だったんだからな。
俺が言えることなんてほとんど無いぞ。
ぬいぐるみ作りの前の話?
あー、ネイトがハーディプールに入った後の話を聞きたいのか。
あまりいい思い出は無いんだが...。
ネイトの奴には俺が喋ったことを黙ってろよ。
一言で表すなら、まあろくでもないガキだったよ。
まず、あの性格だろ。
短気で喧嘩っ早い、頭を下げられない、世辞もろくに言えない。
加えて、職人としての基礎を学んでないせいで、こっちとしても教え方に困ったもんだ。
趣味で服作りをやってたらしいが、趣味と仕事じゃ全くの別物になるってことを分かってないんだからな。
お前なら知ってるだろうが、服職人というのは基本的に子供の頃から働き始めるものだ。
下職や雑用を任されて、工房や全体の作業がどうなっているのかを学ぶ。
任された仕事をどうこなすことが求められているのかを知り、信頼と実績を積み上げていく。
あいつはその肝心の要のことを学んでないんだよ。
服の仕立てってのは分担作業だからな。
1人で全部出来るなんて言う奴はド素人だ。
そうやって一歩ずつ学んで、初めて服作りの全体を任せられるようになる。
30歳でも服職人として小僧扱いされる世界は伊達じゃない。
普通の企業でも雑用なんて嫌だって言う奴はいるだろ。
そいつにお前が何が出来るんだと聞くと、自信満々にアレコレ言うわけだ。
だが、実際にやらせてみると当然上手くいかない。
知識があることと出来ることは別だし、ましてや組織によって仕事の進め方なんてバラバラだ。
周囲は作業や連携のイメージが出来上がってるのに、未熟な奴が考えた理想のやり方を押し付けて混乱を生むなんてよく見る光景だろ?
加えて言うなら、雑用すら嫌がるような奴に重要な仕事を任せられるわけがない。
そいつが仕事を投げ出したら、客や他の奴らに迷惑がかかる。
少なくとも、安心して任せられるだけの知識と経験があるか、上手くいかなくとも粘り強く取り組める根性がないと話にならない。
組織ってのは能力とリスクに見合った仕事しか与えられない。
その事にすら気が付かない奴は一生下っ端だ。
ハーディプールの連中は何のかんの言っても上澄みなんだよ。
あの年で仕立ての全てを管理している奴なんてそうそういない。
そんな中にド素人の小僧が入って来たんだ。
そりゃ、上手くいかないだろう。
しかも本人は周囲に合わせる気がないときたもんだ。
互いに不幸だったのはネイトの奴が優秀だったことだ。
これだけの悪条件の中、あいつは仕事を取ることが出来た。
そう、出来てしまったんだ。
もし受注無しの期間が続けば、あいつも流石に周囲の声に耳を傾けただろう。
出来なきゃクビになって終わりだ。
だけど、あいつは自分の力だけで仕事を取れてしまった。
後はその仕事をこなしつつ、自分なりのやり方で前に進んでいくだけだ。
俺はあいつの最初の監督役を務めたが、思い出したくないくらい酷かったぞ。
何を言っても聞かねえし、そのくせ作る服はそれなりに良い。
粗に気がついたから指摘するんだが、「うるせえ!」としか返ってこない。
誰だって匙を投げる。
礼法を学ばせようとしても嫌がる。
だから客から舐められる。
俺たちの客の機嫌を損ねて、注文を取る邪魔をしても平然としている。
だが、一部の好事家があいつの服を気に入って買っていく。
あの若さで客に選ばれるってのは大したもんだ。
普通なら客を選ぶ余裕なんてないし、上流階級相手なら尻尾を振る奴ばかり。
しかも平気で客を怒らせる。
ネイトを連れてきたスチュアートからすれば、気が気じゃなかっただろう。
あいつの頭頂部はネイトのせいだと俺は思ってるぞ。
まあ、こんなことを言ってる俺が今ではぬいぐるみ職人だからな。
人生どう転ぶか分かったもんじゃない。
俺もあいつを笑えないんだよ。
客もついて服職人として名声もあったのに、なんでハーディプールを辞めてシルバーニードルに来たのかだって?
…ネイトには言うなよ?
お前たちが楽しそうだったからだよ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます