13 グリルとビスク
さて、目の前には、解体したての極上の食材たちが並んでいる。
「よし、まずは、この普通個体の尾の身を使って、シンプルなグリルを作ってみようか。素材の味をダイレクトに、そして最も美味しく味わうには、これが一番だからな」
「は、はいっ! グリル……! その響きだけで、お腹が鳴ってしまいそう……!」
クローヴァさんは、キラキラとした期待の眼差しをこちらに向けている。うんうん、その素直な反応が、料理人としてはたまらなく嬉しいじゃないか。
「グリルはシンプルだけど、火加減が命なんだ。強火で表面を香ばしく焼き上げつつ、中はふっくらと、柔らかくジューシーに仕上げるのが理想だ。そのためには、まず下準備だな」
オレは、エビの尾の身に、挽きたての黒胡椒と、岩塩を絶妙な塩梅で振る。
そして、ほんの指先でつまむ程度の、ごく少量の、例の
この粉末は、オレが以前に狩った
「この唐辛子は、本当にほんの少しでいい。入れすぎると、エビ本来の繊細で上品な甘みが、辛味の影に隠れちまうからな。あくまで、主役であるエビの風味を最大限に引き立てるための、名脇役ってとこだ」
オレは熱した分厚い鉄板に、自家製のハーブオイル――ローズマリーとタイム、ニンニクを漬け込んだものだ――を薄く、しかし満遍なくひく。
ジュワッという小気味良い音と共に、ハーブの清涼感あふれる爽やかな香りが、ふわりと立ち昇った。
「さあ、焼いていくぞ。最初は強火で、両面に美しい焼き色をつける。こうすることで、旨味の肉汁を、一滴たりとも逃さずに中に閉じ込めるんだ」
エビの身を鉄板に乗せると、ジューッ! という、聞いているだけで空腹中枢を刺激する音が響き渡り、香ばしい匂いが厨房いっぱいに満ちていく。
それは、単なるエビの焼ける匂いではない。ハーブオイルの清々しいアロマと、微かな唐辛子のスパイシーな刺激が複雑に絡み合い、期待感を煽る。
クローヴァさんは、その一連の作業を、まるで魔法でも見ているかのように、目を輝かせながら固唾を飲んで見守っている。
「表面に、食欲をそそるキツネ色の焼き色がついたら、少し火を弱めて、ここからは焦らず、じっくりと中まで火を通していく。ここで焦ると、表面だけ黒焦げで中は生焼け、なんていう最悪の事態になっちまうからな。素材と対話するように、丁寧に、だ」
焼き加減を見ながら、時折エビの身を優しく裏返す。
ジュウジュウと身の焼ける音、パチパチと油の弾ける音、それらが心地よいリズムを刻む。エビの殻が、徐々に鮮やかな赤色へと変化し、身もプリッと、見るからに弾力を持って膨らんできた。
仕上げに、キリッと冷えた白ワインを少量振りかけ、フランベする。
ボワッ! と青白い炎が一瞬にして立ち上がり、アルコールと共にエビの僅かな臭みが完全に飛び、代わりに芳醇で華やかな香りがふわりと加わった。
「よし、こんなもんだろう。皿に盛り付けて、熱いうちに味わってくれ」
焼きあがった
「ど、どうぞ、召し上がれ」
オレは、その一皿をクローヴァさんの前に差し出す。
「わ、わぁ……! 香りだけで、天にも昇る心地……! いただきますっ!」
クローヴァさんは、ナイフとフォークを手に取り、まるで大切な宝物に触れるかのように、慎重にエビの身を切り分ける。
カリッとした軽快な音を立てて殻が割れると、その下から、湯気をもうもうと立てる、純白で艶やかな身が現れた。
それを一口食べた瞬間……クローヴァさんの目が、驚きと感動でカッと見開かれた。
「なっ……! こ、これは……!! おいしすぎぃいいいいいい!!!!」
うん、だろうな。オレもこっそり味見したが、完璧な火入れ、完璧な味付けだ。自画自賛だが、今日のオレは神がかっているかもしれない。
「表面は、まるで薄氷を踏むようにカリッとしているのに、中の身は……信じられないほどプリップリで、噛みしめると、エビの濃厚な旨味と、まるで蜜のような凝縮された甘みが、口の中いっぱいに、じゅわーっと、まるで泉のように溢れてくる……! そして、この後から追いかけてくる、ピリッとした絶妙な辛味と、鼻腔をくすぐる魅惑的な香りが、エビの味をさらに何段階も、いえ、何十段階も引き立てて……! レモンを搾ると、また爽やかな酸味が加わって、濃厚な旨味とのコントラストが……! ああ、手が、フォークを持つ手が止まらなんいんだけど……!」
クローヴァさんは、夢中でエビのグリルを堪能している。
その頬は紅潮し、瞳は潤み、まさに至福という言葉がぴったりの表情だ。その幸せそうな顔を見ると、料理をしてよかったと思える。
「さて、お次は、こっちの亜種の甲殻を使って、濃厚なビスクを作ろうか。こいつは、少し手間と時間がかかるが、その分、極上の味が楽しめるぞ。……で、クローヴァさん」
「は、はいっ!」
エビのグリルを綺麗に平らげ、まだその余韻に浸っているかのように満足げな表情を浮かべていたクローヴァさんが、再び目を爛々と輝かせる。
「このビスク作りはクローヴァさんにも手伝ってもらおうかな」
「え……? あ、あたしも……やるんですか……?」
クローヴァさんが、きょとんとした顔でオレを見る。
「ああ、もちろんだ。だって、オレの料理の弟子になりたいんだろ? 見てるだけじゃ、いつまで経っても上達しないぞ」
オレが当然のように言うと、クローヴァさんは慌てたように首をぶんぶんと横に振った。
「違うんだけど! いえ、レイルさんの料理は確かに世界一ですけど、あたしがなりたいのは、料理の弟子ではなく……戦いの弟子のほうです!」
「ん? 戦い……?」
オレは思わず首を傾げる。
「オレから戦いの何を学ぶんだ? 料理はまあ、それなりに得意だとは思うけど、戦いは別に得意じゃないだろ、オレ」
その言葉に、クローヴァさんは一瞬絶句し、それから信じられないものを見るような目でオレを見つめた。そして、堰を切ったように力説し始めた。
「レイルさん!? 自分の実力を、あまりにも過小評価しすぎ!
「うーん……言われてみれば、そうなのか……?」
オレは腕を組んで少し考える。
確かに、クローヴァさんの言う通り、森では結構無茶なことをしている自覚は、まあ、なくもない……か……?
でも、それはあくまで最高の食材を手に入れるための、必要に迫られての行動であって……。
「そうです! だから、あたしはレイルさんのその、規格外の戦闘技術を学びたいんです!」
クローヴァさんは力強く言い切る。
「……まあ、いいや。とりあえず、ビスク作りだ。戦いのことは、また後で考えよう」
オレは半ば強引に話を戻す。今は目の前の食材が先決だ。
オレは、亜種の頑丈な甲殻を大きめの寸胴鍋に入れ、まずは強火で香ばしく炒め始める。
ガシャガシャと甲殻がぶつかり合い、鍋肌で焼ける音が厨房に響き渡る。
エビ独特の、食欲をそそる香りが、先ほどのグリルとはまた違った濃厚さで、さらに強く立ち昇ってきた。
「甲殻を、焦げ付かないように注意しながら、しっかりと炒めることで、香ばしさと旨味を最大限に引き出すんだ。クローヴァさん、ちょっとこの木べらで混ぜてみてくれ。鍋底に甲殻がくっつかないように、均一に火が通るように、だ」
「は、はいっ! こ、こうですね……?」
クローヴァさんは、おそるおそる木べらを手に取り、ぎこちない手つきで甲殻を混ぜ始める。
「うん、そんな感じだ。次に、ここに香味野菜……粗みじんにした玉ねぎ、人参、セロリを加えて、さらに炒める。野菜の水分で、鍋底についた旨味もこそげ取るように、な」
野菜がしんなりとして、甘く芳醇な香りがしてきたら、トマトペーストと、ほんの少量のブランデーを加えてフランベ。
ボワッ! と再び炎が上がり、味に深みと複雑なコクが増す。
そして、水をひたひたに加えて、ここからはコトコトと、時間をかけて丁寧に煮込んでいく。
ここで、隠し味として、亜種の濃厚なミソを少量加える。
これで、風味が格段にリッチになり、そこらの高級レストランのビスクにも負けない、いや、それ以上の味わいになるんだ。
「この煮込み時間が、ビスクの味を決定づける一番重要なポイントなんだ。最低でも一時間は煮込んで、甲殻と野菜の旨味、その全てを、じっくりと、一滴残らずスープに溶け込ませる。クローヴァさん、火加減を見ながら、たまにアクを取ってくれ。雑味のない、クリアな味に仕上げるためだ」
「あ、アク取り……! 料理人がやっているところ見たことがある! 任せください!」
クローヴァさんは、少し得意げにアク取り網を手に取る。
一時間後、スープは美しい、深みのあるオレンジ色に染まり、厨房には濃厚で複雑なエビの香りが満ち満ちていた。
これを丁寧に、目の細かいシノワで濾して、黄金色の、滑らかな液体だけを取り出す。
最後に、生クリームを加えて温め直し、塩胡椒で繊細に味を調える。
そして、ここでもほんの少しだけ、
辛味ではなく、スープ全体の輪郭を引き締めるためだ。
「よし、
深めの、温めておいた白い皿に注がれたビスクは、オレンジ色の美しい色合いで、表面には生クリームの白い筋が繊細な模様を描いている。
クローヴァさんは、スプーンでそっとビスクをすくい、ゆっくりと、まるで大切な儀式のように口に運んだ。
「………………はぅあっ…………!」
感嘆のため息と共に、クローヴァさんの肩が、喜びで打ち震える。
「な、なに、この……この、筆舌に尽くしがたいほど、複雑で、深遠で、そしてどこまでも濃厚な味わいは……! エビの旨味が、これでもかというほど、舌の上で幾重にも折り重なって爆発し……香味野菜の優しい甘みと、クリームのベルベットのようなまろやかさ、そして後から追いかけてくる、このほんのりスパイシーで高貴な香りが……完璧に、寸分の狂いもなく調和している……! 自分で作ったと思うと、なおさらおいしい……!」
うん、これも大成功だな。亜種の甲殻とミソを贅沢に使っただけあって、我ながら会心の出来だ。
クローヴァさんは、目を潤ませながら、一口一口を、まるで大切な思い出を噛みしめるように、しみじみと味わっている。
うん、どうやら今日の料理教室――いや、クローヴァさんにとっては戦いの技術指導の一環か?――は、大成功だったみたいだな。
「ごちそうさまでした……! レイルさんの料理は……本当においしい」
すべての料理を綺麗に平らげ、満面の、そしてどこか恍惚とした笑みを浮かべるクローヴァさん。
満足してくれたようで、なによりだ。
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