第7話 お買い物
休日の朝。王都の空は澄み渡り、いつもより少し早起きした私は、胸の奥がふわりと軽く感じていた。
「今日は、絶対に楽しい一日にしましょうね」
そう言ってくれたのはナナさん。リゼさんが静かに頷き、私たちは街の中心にある演劇塔へ向かった。
演じられていたのは、庶民の結婚騒動を描いた喜劇。靴屋の娘と貴族のフットマンが恋に落ち、身分を偽ったことで起こる大騒動――どたばたの中にも、ちょっぴり泣ける場面があって、観客席は終始にぎやかだった。
「わたし、あの場面が一番好きだった! 新婦の母親が“わたしが男だったらぶん殴ってたわよ!”って叫ぶとこ!」
「ふふ、あの女優さん、名演技だったわね」
「最後のキスシーンで拍手が巻き起って……あれ、ちょっと泣きそうになったのに、オチが秀逸……爆笑しちゃった」
笑いながら劇場を出ると、通りのカフェはどこも混み合っていた。でも、リゼさんが前から目をつけていたという「サロン・ド・アミエル」というカフェに案内してくれた。
店内は季節の果実を模したガラス細工と、色とりどりの乾燥花のリースで飾られていた。香りは控えめで、むしろ心が落ち着くような優しい空気に包まれている。客席は淡い色のカーテンで仕切られ、まるでおとぎ話の中にいるような空間だった。
注文したのは、王都で流行中の“花蜜のしずくタルト”。薄く焼かれたサクサクのタルト生地の上に、果実を模した透明なゼリーが並び、その中に花弁のようなクリームが添えられていた。
「これ、ゼリーが光ってる……きれい」
「見てるだけで幸せになるわ……魔写機があれば一枚収めておきたいくらいだわね」
「甘さ控えめで香りも上品……いくらでも食べられそうよ」
スイーツを堪能したあとは、町並みを楽しみながら服飾街へ。この世界では基本的に衣服は仕立てが基本だけれど、最近では流行りの「見本服(フリーサイズ寄りの既製品)」を置く店が出てきていて、私たちが訪れた店もそのひとつだった。
「見て見て、リゼ! これ、三人で色違いにしたら絶対かわいいと思わない?」
視線の先に並んでいたのは、繊細なレースがあしらわれた、陽ざしに映える上品なワンピースと、つばの広い軽やかな帽子。ブルー、ピンク、クリームイエロー――どれも柔らかな色合いで、街角の景色にふんわりと溶け込むようだった。
「ほんと。可愛いわね、これ」
リゼさんがふわりと笑う。
そばには繊細な刺繍入りの日傘も並んでいて、どれもこれも揃えたくなる。
「私はブルーかな。淡い色だし、どこにでも着ていけそうよ」
ナナさんが一番に選んで、手に取った。
「じゃあ、私はピンクにするわ。気持ちが明るくなる色よね。派手じゃない上品な色合いだし」
リゼさんが迷いなく選ぶ。
ふたりのやりとりを聞いて、私はそっとクリームイエローのワンピースに手を伸ばす。
「これ上品な色だわ……私、これにしようかな」
「うん、それ絶対似合う!」
ナナさんが即答して、私の肩を軽く叩いた。
「リーナって、こういう色ほんと映えるのよね。髪色と瞳がとっても綺麗だから、ワンピースの色は主張しすぎない色のほうが似合うのよ。綺麗な子の特権!」
リゼさんも隣で頷く。
嬉しくなって、しぜんと笑みがこぼれた。この二人はいつも私を褒めてくれる。
「日傘も、お揃いで持とうよ」
「この花の刺繍、すっごく可愛いし!」
もう、選んでいるというよりは、楽しんでいる――そんな時間だった。
皆で服を見て、笑い合って、似合うねって言い合うだけで、胸の奥がじんわりとあたたかくなる。
「今度は、郊外の花祭りに行ってみたいね。これを着てさ」
「うわぁ、楽しみです!」
「……なんだか、姉妹みたいね、私たち」
リゼさんの何気ないその一言が、不意に胸にしみた。
――姉妹。そうか、これがそうなのかもしれない。
私には、ずっといなかった存在。
でも今は、そばにいてくれる――同じ目線で笑ってくれて、手を差し伸べてくれる人たちがいる。
ギルベルトの家族とは、どこか違っていた。
あの頃の私は、何かをして“もらう”より、“してあげる”ばかりだった。
でもナナさんとリゼさんは違う。誰かのために何かをすれば、それが自然と、優しさや言葉や行動で返ってくる。
一方通行じゃない、人と人との、ちゃんとした繋がり――今、私はそれをもらっている。
ふと、あることに気づいた。三人でわいわい通りを歩いていたときのことよ。
(……あれ? 私、ギルのこと、ここ数日、一度も思い出さなかったかも)
その気づきが、心の奥で小さく響いた。
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