第12話 魔女を告発せよ

【ミレイユ視点】――6話の続きとして


 次の日も、スフレドリたちは現れなかった。

 神の声も、相変わらず遠いままだった。

 昨日よりも、少しだけ……遠くなった気さえした。


 祈ってみたのよ。朝の礼拝堂で、ひとりきりで。

 いつもなら胸の奥から光が湧いてきて、私の掌から温かな奇跡が広がるはずだった。

 けれど、その朝は――何も感じなかった。

 光も降りてこないし、あの清らかな鈴の音のような啓示は耳を澄ませても届かず、ただ冷たい沈黙があるだけよ。


 最初は焦ったけれど、何度か深呼吸して、自分に言い聞かせたの。

 きっと今日だけよ。きっと明日は元に戻る。

 そう、こんなもの……一時的なものに決まっているじゃない。


 でも、それから三日。奇跡は起きなかった。


 民の前に立ち、祈りを捧げても、ただそよ風が吹いただけ。

 神に見放された?――この私が? 


 司祭たちは神の試練かと口を濁したけれど、私は気づいていた。

 ――これが“試練”なんかであるわけがない。


 おかしい。こんなはずじゃない。

 私は聖女よ? 神に選ばれ、光を授かった存在よ?

 どうして、どうして……力が出ないの……?


 その夜、私はギルの部屋にある飾り棚から、一本のポーションを手に取った。ここは、もともと、リーナが住んでいた部屋だった。あの女がこつこつ働きながら借りていた場所に、ギルが転がり込んで、やがて彼女を追い出した。


 今はギルの部屋として使われていて、私はその部屋に恋人として、たびたび泊まりに来ている。

 今日も、いつものようにそこで眠るつもりだった。


 飾り棚に残っていたポーションは、リーナがギルのために作り置いたもの。

 私も彼からもらって毎日のように飲んでいた時期がある。


 使う気なんてなかったのよ。

 だって私には、神がいる。私には、聖なる力がある。

 そんなものに頼る必要なんて、あるはずなかった。


 でも、どうしても気になって、手に取らずにはいられなかった。

 この身体の重さと信託に対する感覚の鈍さが、ほんの少しでも和らぐなら。

 祈りが、もう一度、天に届くのなら。

 私は、神の名のもとに、すべてを正す者でいられるはず。


 だから、もう一度だけ。

 私は小瓶の封を切った。

 

 でも……何も変わらなかった。

 前に飲んだときは、もっと確かな効きめがあったのに。

 指先まで澄み渡るような感覚。視界が明るくなって、身体も心も軽くなったものよ。


 でも、今は、ただの水みたい。

 いいえ、それ以下かもしれない。

 気のせいだったのかしら。そう思ってみても、やっぱり違う。


 ……私の身体は、何かに――縛られてる?

(はっ……これは……呪い?)


 ふと、頭の中に浮かんだその言葉に、背筋が凍った。

 でも、それ以外に説明のつくことがある?

 スフレドリたちは姿を消し神の声は遠のき、奇跡は起きずポーションさえ効かなくなっている。


 あの女しか、いない。

 リーナ。

 ギルを取られた腹いせに、私からすべてを奪おうとしているんだわ!

 あの忌々しい薬師女めっ。


 きっと、黒魔術を使ったのよ。

 表向きは王宮薬師塔の低級薬師を演じながら、裏では呪いの儀式をしていたに違いない。

 そう……そうよ、そうに決まってる!


 私は聖女。神に選ばれた存在。

 そんな私がなんの理由もなく力を失うわけがない。

 これは、あの女の仕業――呪いよ!



【ギルベルト視点】


 最近、どうにも調子が悪くて模擬試合ではまったく勝てなくなっていた。剣も重く、体も思うように動かない。以前は先輩にも勝てたし、役職付きの騎士とも互角だったのに、今じゃ同期にまで惨敗する始末。……こんなはずじゃなかった。


 騎士団長からは「このままでは在籍は難しい」とまで言われた。

 そんなはずがあるか! 俺は選ばれた男だ。

 この国の未来を担う騎士、いずれは騎士団長になる器――それが俺のはずなのに。


 帰宅してすぐ、飾り棚に並ぶポーションに目を向けた。

 あんなものに頼らなくても、俺の力に変わりはない……そう思っていたが、もしも疲労が積み重なっているのだとしたら、これで一発回復するはずだ。

 やはり、リーナに大量に作らせておいて正解だったな。


 だが――何も変わらなかった。

 かつては飲めばすぐに身体が軽くなり、気力がみなぎってきたはずなのに。

 今回は、どこにもその感覚がない。

 なぜだ? どうしてだ? 効かないなんて、おかしいじゃないか。


 ミレイユに相談すると、彼女も奇跡が起きにくくなっているらしく、こう言った。

「あの子のせいよ。リーナが私たちを呪ってるのよ」

 俺は、すんなり納得した。


 ……そうか。やっぱりリーナか。俺たちを逆恨みして、呪いをかけたんだな。あいつならやりかねないぞ。あれだけ俺に尽くして、俺との結婚を期待していたのに、結局捨てられたんだからな。


「大丈夫。あの子の正体は私が暴いてみせる。聖女の力で、ね」

 もうこれで解決だぜ。ミレイユに任せておけば安心なのさ。


 俺たちの力を取り戻すためにも、リーナの正体を明らかにしなければいけない。俺がいなくなったら、この国の損失だ。俺は素晴らしい才能の持ち主なんだから――当然だろ?

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