かわいいって最高だな

 俺は、イスト教会の一室で、差し出された布袋を受け取った。


「こちらは、ヴェルデン王国の通貨ルクになります。旅の準備にお使いください」


 そう言って、マリウス神父がにっこりと微笑む。


「紹介状は、明日までにはご用意いたします。それまで、町でゆっくりされるとよいでしょう」


 お金ももらったし、これで本格的に旅の準備ができそうだ。


「それと──」


 神父は隣に控えていたシスターに視線を向ける。


「陸さんはあまり、この世界の常識がないご様子です。通貨の種類や、おおよその価値、それで何がどれくらい買えるか──そういった点を含めて、軽く町をご案内してあげてください。お願いできますか、シスター・ソフィア」


「ええ、承知しました。こちらへどうぞ」


 ソフィアさんは、柔らかい微笑を浮かべて小さく会釈した。


「では、私はこれで。紹介状は、明日の昼頃までには」


 マリウス神父はそう言い残し、ひらりとローブを翻して去っていった。


 ──え、マジで行った。残された俺とソフィアさん、微妙な間。


「……えっと」


「まずは、広場の方からご案内しますね」


「あ、はい」


 歩き出した彼女の後ろ姿を追いながら、ふと思う。

──え、これって……デートっぽくない? いやいや、案内だし。うん、案内。

 でもちょっとだけ、足取りが軽くなった気がした。


 なんか落ち着いたガイド付きツアーが始まった。


「……こちらが商店街で、パン屋さんと宿屋さんが並んでいます。通貨は《ルク》といって、小銅貨でパン一つ、中銀貨なら簡単な旅装備が買えるくらいです。鍛冶屋は……あの角を曲がったところにあります。それから、冒険者組合もありますが、この町には魔物が出ることはほとんどないので、今は便利屋兼酒場のような形で使われています」


 ソフィアちゃんは人混みを避けるように少し横に寄りながら、俺の歩幅にそっと合わせてくれる。その仕草がなんとも自然で、まるで長く一緒に旅してた相棒みたいに感じてしまった。横顔は落ち着いていて、でもどこか楽しそうで──なんか、ずるいくらい可愛い。


「すみません、この干し肉って、どれぐらい持ちます?」


「常温でも三日は持ちます。ですが……湿気にはお気をつけください」


 買い物も順調に終わり、ついでに簡単な旅装備も手に入れた。


 そのあとは、教えてもらった宿に向かう。


「いらっしゃい、旅人さん。お一人かな? なら二階の角部屋、空いてるよ」


 宿の女将さんは愛想がよくて、出された夕飯も素朴ながらうまかった。特にパンが香ばしくて、ついついおかわりしてしまったのはここだけの話。


「……異世界って、案外いいとこかもなぁ」


 ふかふかの布団に沈みながら、そんなことをぼんやり思った。



 翌朝。ちゃんと目覚めた俺は、宿の朝食の焼きパンとスープをかきこんで、再び教会へと向かった。


 時間ぴったり。教会の中で待っていたマリウス神父が、封筒と小さな木札を手にしていた。


「こちらが、紹介状。そして、通行証です。通過する際に面倒な手間が省けます」


「おお……ありがとうございます!」


「今お渡しした紹介状には、この町から一番近い大きな町──パルナの領主殿宛てに、ひと言添えてあります。信頼できる方ですので、何か困りごとがあれば頼ってみるとよいでしょう。

 まずはそこで話を聞いて、次の目的地を決めるのがよいかと思います」


「了解です。心強いです」


「……ただし、ひとつだけ。あなたは、この世界において“異質な存在”です。あまり目立たぬよう、慎重に行動されることをおすすめします。……できれば、教会にもあまり近づかないほうがいいかもしれません」


「えええ!? えっ、あんた教会の人でしょ!?」


 俺のツッコミに、マリウス神父は微笑むだけだった。


 なんだこの人、絶対なんか知ってる。


「では、旅のご無事を祈っております」


 神父の見送りを受け、ふと背後を見ると──


 ソフィアっちが、袋に入ったハーブティーの束をそっと差し出した。


「……旅の途中で、温かいものが欲しくなることもあるかと思って」


 ソフィアたんは少しだけ視線を落としながら、丁寧に袋を差し出した。控えめな動作なのに、ちゃんと気遣いが伝わってくる。落ち着いた雰囲気なのに、こういうとこがやたらと可愛いんだよな。


「ありがとう、助かる」


「お気をつけて」


 やっぱフィーちゃんまじかわええ。……誰だよこんな天使作ったやつ。


 そんな気分で、俺は新たな目的地へと歩き出した。


◆◆


「……彼を、行かせてしまってよかったのでしょうか」


 礼拝堂の奥、静けさが戻った教会の一室で、ソフィアがそっと口を開いた。


 マリウス神父は窓の外を見つめながら、ゆっくりと頷く。


「彼の話していたことは、すべて本当だと思います。そうであれば、もはや私たちの手に負える存在ではありません。それに、彼には二柱から“旅をして来い”と命じられている。私が止める理由など、どこにもありません」


「ですね。魔力の揺らぎ方が、常人とはまるで違っていました」


「教会に入れるということは、少なくとも“悪しき存在”ではない。そう信じたいのですが……それでも、あれほどの異質さを、私は初めて感じました」


 視線を落としながら、神父はつぶやく。


「……紹介状にも、その旨を添えておきました。慎重に見極めるように……と」


 神父の瞳には、彼の行く末を案じる静かな不安がにじんでいた

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