《完結済み》記憶喪失になったボク。お見舞いに来た「恋人」を名乗るギャル姉と「幼なじみ」清楚系妹の秘密を知ってしまったみたいです。

黒羽あかり

第1話


 ベッドの上で目が覚めたら、見知らぬ綺麗な白い天井が広がっていた。外からはスズメの鳴き声が聞こえる。窓からまぶしい太陽の光が差しこみ、部屋の中を明るく照らす。


「ううっ……」


 身体を起こすと、後頭部がズキズキと痛む。右手で優しく撫でてみると、包帯が巻かれていることに気付いた。


 部屋を見回してみる。ベッド脇に置かれた点滴するための器具、ナースコール、部屋に漂う薬品の香り……間違いない。


 病院だ。


 ボク以外、この部屋には誰もいない。


 なぜ、ここにいるのか。なぜ、怪我をしているのか……記憶の糸を手繰ってみるが、途切れたみたいで何も思いだせない。


 少しして、ナースさんが食事を届けに、部屋にやってきた。色々聞いてみたが、自分の名前と年齢くらいしか分からなかった。


 そんなことを考えながら、あまり美味しくない病院食を口に運ぶ――


「は~い、なぎさくん! 元気~?」


 可愛い元気な声を部屋中に響かせて、バタンと扉が勢いよく開く。


「……え?」


 ボクはすぐに視線を、その声の主の方へ変える。


 そこにいたのは背の高い女性だった。萌え袖のギャルっぽい肌の露出が多い服装からして、ナースさんじゃない。髪も金色だし。


「誰?」


「えっ……」


 ボクの反応を見て、彼女の左手に持っていたカバンが力なく落ちる。


「ひどいよ……マリンのこと忘れるなんて!」


「ま、マリンって……うげっ!」


 その刹那、彼女がボクに勢いよく抱き着いてくる。


 力が強くて、かなり痛い。く、苦しい……


「あの、誰かと間違えているんじゃないですか?」


「間違えるはずないじゃん! その顔、雰囲気、アタシに抱き着かれた時の反応……渚くん以外ありえないよ!」


 ボクの顔を見つめて、彼女が自信ありげに話す。


「は、離れてくださいよ!」


 でも、ボクには覚えが無い。


「お姉ちゃん……ナギくん困ってるでしょ」


 ボクと彼女のやりとりを扉の前で見ていたのか、もう1人女性がいた。年はボクと同じ17くらいかな。清楚っぽい服装で、短い黒髪についた赤いヘアピンが目立つ。今、ボクに抱き着いている人とは正反対だ。「お姉ちゃん」って言っていたから、おそらく姉妹だろう。顔立ちは似ているけど、雰囲気は全然違う。髪色が違うせいかな。それに、少し身長も低いような。


「ホノカ、ずっと見てたの?」


「お姉ちゃんがナギくんに抱き着いた所から。先にエレベーター乗って置いて行かないでよね」


「だって~渚くんに早く会いたかったんだもん、ね?」


 ボクに同意を求められても困る。


「い、いいから、離れてください!」


 マリンさんの抱き着く腕から、頑張って抜け出す。


「ひど~い」


 そんな頬を膨らまして、拗ねられても……


「え、えっと、ナギくん元気?」


 今のボクの脳内にある人物ファイルは白紙。失礼を承知で聞いてみるしかない。


「あ、あの……どちら様で?」


「えっ……ホノカのこと、忘れちゃったの?」


 名前を聞いてもピンとこない。


「す、すみません……」


「そんなに謝らないでよ。謝らなきゃいけないのは――」


「また敬語になってる……ああっ! もしかして……記憶喪失とか?」


 マリンさんがホノカさんの言葉に割り込んで話す。


「そうだとしたら……ふふっ。良いこと思いちゃった」


「あ、あの、どうして、そんなに嬉しそうなんですか?」


「記憶が無いなら、ちゃんと自己紹介しなきゃね?」


 そして、不敵な笑みを浮かべてボクに打ち明ける。


「アタシの名前は姫野ひめのマリン! 星ヶ峰ほしがみね大学に通う華の女子大生! 家が隣の幼馴染で…………大好きな、高城渚たかしろなぎさくんと永遠の愛を誓いし恋人! 色々なことを教えてもらう関係で……きゃっ!」


 ……は? その直後、部屋が凍り付いたように静寂が包む。


 あまりの衝撃で頭が真っ白になる。からかっているのか? 何が何だか分からない。


「どうしよう、言っちゃった♡ 恥ずかしいよ~」


 マリンさんがモジモジしながら、両手で自分の顔を隠す。


「ば、バカ言わないでよ! お姉ちゃんったら、そんな嘘吐かないの!」


 ホノカさんが顔を真っ赤にさせて、さっきの言葉を全力で否定する。その口ぶりからは、動揺が隠せていない。


「嘘じゃありません~残念でした」


「そ、そんなこと……許さないから! ナギくんも何か言ってよ!」


「ボクに恋人……」


「もう!」


 ホノカさんが妄想にふけるボクの頭を優しく叩く。


「ひどいわ! なんてことするの……アタシの彼氏にそんなことしないで!」


 マリンさんがすぐにボクに抱き着いて庇ってくれる。


「お、お姉ちゃん……」


 ボクたちの様子を見てホノカさんが冷静さを失ったのか、拳を握り締めてマリンさんに振りかざそうとする。


「待ってください!」


 ボクはすぐにヤバさを感じ取り、落ち着かせようと試みる。


「あ、あの……」


 どうしよう。口火切ったのはいいけど、何を言えばいいだろう?


「さぁさ。こんな暴力猿は放っておきましょうね~」


 マリンさんがさらにホノカさんの冷静さを煽るような発言をする。追い打ちをかけるような策からなのか、それとも彼女のいやらしい性格からなのだろうか。


「はぁ……や~めた。ウチ、お姉ちゃんほどバカじゃないもん」


 ホノカさんの言葉で張り詰めた空気から脱却される。


「ちぇっ」


 な、なんなんだよ、この姉妹……


「あっ、そうだ。はい、アタシからのお見舞い」


 床に落ちたカバンを手に取り、中から色紙のようなモノを取り出す。


「何ですかこれ?」


 目が大きくて可愛い金髪の美少女と地味そうな男子のラブラブそうなイラストが描かれていた。背景にはバラが咲いていて、少女漫画みたいな雰囲気を感じる。しかも、右端に小さくサインみたいなの書いているし。


「この世に1枚しかない限定品だよ? アタシが渚くんのためだけに愛を込めて描いたの。大切にしてね?」


 嬉しいけど、これ絶対にボクとマリンさんだよね。


「あの……これ。ウチからのお見舞い」


 ホノカさんがカバンから何かを取り出し、ボクに手渡す。


「な、なにこれ?」


 プラスチック製の小さくて、丸みを帯びた三角の形……ピックだ。


 考えるより先に身体が動く。右手の親指と人差し指で軽く挟む。


 この感触……凄く身近に感じるのに、でも思いだせない。


「ナギくん?」


 硬直するボクを心配してか、ホノカさんが優しく声をかける。


「それ、ずっと欲しかったヤツで合ってるよね?」


 ボクは前からこれを知っていたのか? でも、どこで……


 右手を上下に動かすと、左の指先が勝手に動く。それと同時に、頭の中に数字が巡る。不思議だ。潜在的に何かあるのだろうか? 意識しなくても身体が勝手に動くなんて。


「このピック凄くいいです。手に持った感じとか……」


 ボクの反応を見て、ホノカさんが嬉しそうな笑顔を浮かべる。


「これって、どこで買ったんですか?」


「敬語なんて止めてよ。そんな他人行儀に……。いつもの楽器屋さんだよ。ナギくんのこと話したら、店長さんが頑張って探してくれたんだよ? それは、もう張り切っちゃって……『ギターも持って行け!』とか言い出しちゃって、困ったんだから」


 楽器屋、店長……


「高城さん、検査の時間ですよ……って、あなたたち、誰なんですか⁉」


 何か思い出せそう! と、感じた時、ナースさんが来て中断される。


「ヤバっ……じゃあ、また来るね。渚くん♡」


 マリンさんが最後ボクにウインクを残して、部屋を出ていく。


「もう、お姉ちゃんったら……じゃあ、ウチも行くね。早く良くなって、退院してね」


「ちょっと! 待ちなさい!」


 ナースの手を振り切って、彼女たちは逃げて行った。


 な、なんか、凄い人だったな……


 バタン!


 すると、一息つく間もなく、勢いよくドアが開く。


 あの姉妹、戻って来たのか?


「また逃げられた……」


「えっ?」


 さっきの姉妹ではない女性が、ボクの部屋に勢いよく入ってきた。ぜぇぜぇと荒い息をたてる彼女と目が逢う。


 綺麗な三つ編みの髪型で黒縁のメガネに白衣を着た見た目はナースっぽいが、聴診器とかも見当たらないし……それに、よく見たら中に着ている服が透けていて、アニメかマンガのイケメン男子キャラクターが『こんにちは』している。


「理系女子でもダメか。私とは無縁の格好だからバレないと思ったのに……」


 いや、余計に目立つだろ。


「ちょっと、あなた誰です! もしかして、さっきの人たちの知り合いですか⁉」


「はいそうです! あの金髪女を探してるんです‼」


 ナースさんの肩を掴み、彼女が凄い形相で訴えかける。


「警察呼びますよ!」


「す、すみませんでした! すぐに出ていくので……」


 彼女がナースさんに向かって素早く頭を深く下げる。


「すみませんね渚さん、入院中に押しかけて……早く良くなってくださいね」


 すると、彼女は何事も無かったように笑顔を見せ、手を振りながら部屋を出て行った。


 ボクの名前を言った……ってことは、面識があるのか?


 はっ!


 もしかして、三つ子とか? でも、最初の2人とは違う雰囲気だったよな。彼女の顔や服装を思い返しても、何も分からない。


「あ、あの……」


「はぁ……なんですか?」


「ボクの記憶って……戻るでしょうか?」


 怖くなった。このまま何も思いだせなかったら、ボクは一体どうなるのだろうか? 仮に記憶を取り戻しても、別人みたいになってしまうかもしれない。それだったら、いっそこのままでも……


 余計な考えかもしれないが、不安になってくる。


「まぁ、検査の結果次第ですね。さ、早く行きましょう。まずは採血です」


「えっ?」


 ナースさんの手には注射器があった。そして、ふとボクは右手のさっき貰ったモノを眺める。大丈夫だよな。きっと、恐怖も乗り越えられるはず。


 注射の憂鬱さがボクの心を覆っていった。

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