マネージャー、蹴るってよ。〜目立ちたくない私が男子サッカー部で無双するまで〜

@knight-one

第1話 マネージャー希望です……

四月の風が、グラウンドに舞い上がった砂をふわりと撫でる。


春とは思えない日差しの強さに、男子サッカー部の練習を見守っていた少女は、そっと目を細めた。

制服の裾を押さえながら、彼女――蒼井 紬(あおい・つむぎ)は、校舎の影からひょっこりと現れる。


「……す、すみません。マネージャー、希望です」


目立たない声。

猫背気味の小柄な体。

赤い縁の眼鏡に、控えめに結んだ三つ編み。

彼女は誰が見ても「地味な子」だった。


部長が一瞬ポカンとし、隣の副キャプテンが耳打ちしてくる。


「おい、なんかちっこい子来たぞ。マネージャーって……あの格好でグラウンド入る気か?」


「まあまあ。今ちょうど人手欲しかったし、ありがたく受けとくか」


「でもこの部、男子しかいねーぞ? 大丈夫か?」


「マネージャー希望って言ってるんだから、たぶん雑用やってくれるってことだろ」


そんなヒソヒソ話を、紬は聞いていないフリをしてうつむく。


正直、彼女はサッカー部の誰とも面識がなかった。

この高校に進学してきたばかりの1年生。

自己主張は苦手で、人前で目立つのは何よりも嫌い。

それでも、ここに来たのには――ほんの少し、理由がある。


「えっと……マネージャーとして、みなさんのお手伝いができたらって……思ってて……」

「もちろん、プレイはしませんからっ……!」


なぜか語尾に力を入れて言い切る紬。

部員たちは一瞬「?」と首をかしげたが、特に問題にする者はいなかった。

ようするに、部活を手伝ってくれる都合のいい子が来た――くらいにしか思っていなかったのだ。





その日の練習後。


「うわっ、これ全部洗ってくれたの? 助かるー!」


「水も準備してくれてたし、仕事早すぎない?」


「マネージャーって、こんなに働いてくれるんだな……!」



すでに紬は、サッカー部の中で“神”扱いされつつあった。

しかし、彼女自身は褒められるたびに「あ、いえ……その、すみません……」と戸惑いを見せる。


──だが、この時点では誰も知らなかった。


その“地味なマネージャー”が、後に男子部員たちを文字通り手玉に取り、

全国レベルの選手たちを相手に、笑顔で無双することになるなど――。


きっかけは、その翌日。


「悪い、誰かキーパーやってくれ! 1on1の練習、人数足りねえ!」


「えー、また俺!? 昨日もやったって!」


「じゃんけんで決めるか?」


「マネージャー、やってみる?」


「えっ」


無慈悲な流れ弾が、紬に刺さった。


「で、でも私、ほんとに、できないので……その……」


「いいっていいって、ちょっと立ってるだけでいいから! こっちは軽く蹴るし!」


「そうそう、翼(部のエース)がちょっと抜くだけだから、怖くないって!」


彼らは知らなかった。


彼女が、中学時代に“幻の天才”と呼ばれ、

U-15日本代表合宿に飛び入りで参加し、

ボールを触った数秒でコーチ陣の度肝を抜いた伝説のプレイヤーだということを。


そして紬自身も――

その頃の記憶を封印し、「自分は平凡」と思い込んでいた。


その結果、ピッチで“奇跡”が起きるのも当然だった。

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