マネージャー、蹴るってよ。〜目立ちたくない私が男子サッカー部で無双するまで〜
@knight-one
第1話 マネージャー希望です……
四月の風が、グラウンドに舞い上がった砂をふわりと撫でる。
春とは思えない日差しの強さに、男子サッカー部の練習を見守っていた少女は、そっと目を細めた。
制服の裾を押さえながら、彼女――蒼井 紬(あおい・つむぎ)は、校舎の影からひょっこりと現れる。
「……す、すみません。マネージャー、希望です」
目立たない声。
猫背気味の小柄な体。
赤い縁の眼鏡に、控えめに結んだ三つ編み。
彼女は誰が見ても「地味な子」だった。
部長が一瞬ポカンとし、隣の副キャプテンが耳打ちしてくる。
「おい、なんかちっこい子来たぞ。マネージャーって……あの格好でグラウンド入る気か?」
「まあまあ。今ちょうど人手欲しかったし、ありがたく受けとくか」
「でもこの部、男子しかいねーぞ? 大丈夫か?」
「マネージャー希望って言ってるんだから、たぶん雑用やってくれるってことだろ」
そんなヒソヒソ話を、紬は聞いていないフリをしてうつむく。
正直、彼女はサッカー部の誰とも面識がなかった。
この高校に進学してきたばかりの1年生。
自己主張は苦手で、人前で目立つのは何よりも嫌い。
それでも、ここに来たのには――ほんの少し、理由がある。
「えっと……マネージャーとして、みなさんのお手伝いができたらって……思ってて……」
「もちろん、プレイはしませんからっ……!」
なぜか語尾に力を入れて言い切る紬。
部員たちは一瞬「?」と首をかしげたが、特に問題にする者はいなかった。
ようするに、部活を手伝ってくれる都合のいい子が来た――くらいにしか思っていなかったのだ。
◆
その日の練習後。
「うわっ、これ全部洗ってくれたの? 助かるー!」
「水も準備してくれてたし、仕事早すぎない?」
「マネージャーって、こんなに働いてくれるんだな……!」
すでに紬は、サッカー部の中で“神”扱いされつつあった。
しかし、彼女自身は褒められるたびに「あ、いえ……その、すみません……」と戸惑いを見せる。
──だが、この時点では誰も知らなかった。
その“地味なマネージャー”が、後に男子部員たちを文字通り手玉に取り、
全国レベルの選手たちを相手に、笑顔で無双することになるなど――。
きっかけは、その翌日。
「悪い、誰かキーパーやってくれ! 1on1の練習、人数足りねえ!」
「えー、また俺!? 昨日もやったって!」
「じゃんけんで決めるか?」
「マネージャー、やってみる?」
「えっ」
無慈悲な流れ弾が、紬に刺さった。
「で、でも私、ほんとに、できないので……その……」
「いいっていいって、ちょっと立ってるだけでいいから! こっちは軽く蹴るし!」
「そうそう、翼(部のエース)がちょっと抜くだけだから、怖くないって!」
彼らは知らなかった。
彼女が、中学時代に“幻の天才”と呼ばれ、
U-15日本代表合宿に飛び入りで参加し、
ボールを触った数秒でコーチ陣の度肝を抜いた伝説のプレイヤーだということを。
そして紬自身も――
その頃の記憶を封印し、「自分は平凡」と思い込んでいた。
その結果、ピッチで“奇跡”が起きるのも当然だった。
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