第48話 謎ミッション発動

 俺たちは少し肌寒い風を受けながら並んで歩いていた。

 たかが散歩、されど散歩。

 散歩に何か意味を持たせた瞬間、負けな気がした途端、ふいに耳元でメガネ型デバイスが不穏な電子音を鳴らした。


「──強制アプリ起動通知。新規アプリケーション『恋愛ミッション・ランダマイザーβ版』を起動します」

「……は?」


 表示されたホログラム画面に、やたらポップなフォントで「AIお悩み相談ガチャ♡起動!」の文字。

 しかも、ガチャの演出が無駄に豪華だ。

 レア演出とか言って虹色の演出まで飛び出してくる。

 どこをどう見ても悪趣味だ。


「ガチャ結果:本日のミッションは──」


 ドラムロールが流れ、表示されたのは──


『手をつなごう!』

「……はあああああ!? なんだこのアプリ!? っていうか、誰がこんなもんインストールした!?」

『なお、本アプリは雪宮シズ博士の承認のもと、特別権限でインストールされています』

「やっぱりかよ!! やりやがったなあのバアさん!!」


 予想通りにもほどがある。


「アルテミス、俺のメガネに今、すげぇふざけたアプリが強制起動されたんだが、お前、何か知って──」

「把握済みです。ミッションの内容は“手をつなぐ”。了解しました」

「おい待て。なんでそんなに冷静なんだ。というか了解するな!拒否だ拒否!無理に決まってんだろ!ほら、道混んでるし、他人の目とかあるし!」

「現時点では歩行者の数、平均以下です。視線分析においても注目度は低水準、問題ないと判断されます」

「そういうリアルタイム分析いらねえよ!!」


 俺がバタバタしていると、またメガネが警告音を発した。


『ちなみに、ミッション未達成の場合──“現在のラブ進行度レポート”が自動で学術SNSに公開されます』

「なにっ!? 頭イカれちまったのかあのバアさん!?」


 そんな動揺の中、隣でアルテミスが少しだけ顔を上げた。


「……ケイ、手を、つないでもいいですか?」


 ──言葉はいつも通り無機質だったが、その声にはどこか、ほんのわずかな温度があった。


 ああもう、くそっ。


「……わかったよ。つなぐだけ、だぞ?」


 俺はため息交じりに言って、アルテミスに手を差し出した。彼女は小さく頷いて、ゆっくりとその手を取った。


 人間と同じ温度の、でもどこか“違う”手。


 なのに、こうして握っていると──なんだか妙に、落ち着く。


「……まあ、風邪だ、全部何もかも風邪のせいだ……」


 自分でも分かってる。これは照れ隠しだ。

 それでも、アルテミスの手は離れなかった。


 俺とアルテミスが手をつないで歩き始めたのも束の間、再びメガネ型デバイスが甲高く音を立てた。


『おめでとうございます! ミッション01クリア!』

「うるせぇ! 道端で祝うな!」

『次のミッションを抽選中です……ドラムロール……』


 またかよ。

 さっきのが「序章」ってことか。ていうか“ドラムロール”って言うな、自動音声のくせに妙にテンション高いし──


『ミッション02:あーんして食べさせてあげよう♡』


 ……終わった。


「ケイ、次のミッションが表示されました。内容は“あーん”……食事の介助ですね」

「いやいやいや、散歩中だぞ!?食事どこから湧いて出るんだよ!?」

「……私のサブポケットに、予備のゼリー栄養食品があります。バナナ味です」

「出るのかよ!?」


 アルテミスは淡々とポケットから小さな栄養ゼリーを取り出すと、包装を手慣れた動きで開け、俺の前に構えた。


「口を開けてください」

「それは無理だろ……常識的に考えて……」

『警告:残りタイムリミット90秒。失敗時、シズ博士からの追加処方“問診付きホメオパシー強化サプリメント3日分”がケイ様の服薬予定に追加されます』

「マジでやめろ!? あの味が地獄みたいななつ!」


 頭の中をぐるぐると冷や汗が駆け回り、俺はついに観念した。周囲をちらりと確認して、人影がないことを確認して──


「……誰にも言うなよ」


 そう呟いて、口を開けた。

 アルテミスはゼリーのパックを慎重に傾け、俺の口元にそっと差し出してくる。──妙に距離が近い。息がかかりそうだ。

 バナナ味のゼリーが口に入った瞬間、どうでもいいことが頭に浮かんだ。


(あ、思ったよりちゃんと冷たい……この機体、ちゃんと冷蔵モジュール積んでるのか?)


 いや、そこじゃない。今のツッコミは間違ってる。

 もっと違うところに集中しろ俺。

 俺がもごもごしていると、アルテミスがふっと目を伏せた。


「……こうしてると、あなたが人間らしく見える気がします」

「お、おい……お前の方が言ってて恥ずかしくないのか?」

「私には“恥ずかしい”という感情は──」


 そう言いかけたアルテミスだったが、最後まで言い切らずに小さく口を閉じた。

 ──沈黙の中、メガネ型デバイスだけが無遠慮に通知を告げる。


『ミッション02、達成を確認しました! 次のガチャに進みますか?』


 ……ホントやめてくれ。頼むから。


 だが画面には、すでにカウントダウンが表示されていた。


『オート進行まで…5、4、3──』

「ちょっと待てぇぇぇえええええ!!!」


 俺の叫び声が、静かな歩道に情けなくも溶けていった──。

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