第30話 誘い方下手すぎだろ
夜の研究所。
機材のノイズだけが微かに響いている。
明かりを落としたまま、椅子に座ってぼんやり天井を見上げていた。
(……弟ともっと、いろんなところに行っておけばよかったな)
ふいに、そんな考えが頭をよぎった。
くだらない理由で断った遊びの誘い。
「あとでな」って言って、それっきりになった約束。
あのとき、「今じゃなくてもいい」って思ってた。
けど──「今」じゃなきゃダメなことも、あるんだよな。
深く息を吐き、机の上にあるモニターに目をやる。
そこには、今日も同じように静かに作業しているアルテミスのログが記録されていた。
(……ま、アイツは俺が呼べば、いつでも来るだろうけど)
けど、そういう問題じゃない。
アイツが俺の時間を「大切なもの」として記録してるなら、
俺も、アイツとの時間を「あとで」で済ませちゃダメなんじゃないか。
(……なんか、ガラにもねぇこと考えてんな)
肩をすくめながら、ふと独り言が漏れる。
「……まぁ、なんだ。美術館、また行ってもいいかなって思っただけだし」
誰に言うでもない独り言。
だが、傍には律儀にいつも通りカイが控えていた。
俺が消火ロボットを改造したこいつは、必要以上に記録と報告に忠実すぎるきらいがある。
「前にアルテミスと行ったときさ、あいつ、ちょっとだけ楽しそうだったろ? だから、別に深い意味はねぇけど……」
自分でも何を言ってるんだか分からなくなってきた。いや、分かってる。でも口に出すのは何か違う気がして。
「……デートとかじゃないぞ。あくまで、情報収集というか、息抜きというか……」
『確認:ケイはアルテミスとの美術館再訪を希望していますか?』
「希望してねぇ! というか、するな、そういう言い方!」
カイはぴたりと動きを止めた。が、その直後、内部通信インジケーターが小さく点滅する。
『情報転送プロトコル、開始』
『対象:アルテミス・ユニット』
『内容:ケイ、非公式に美術館再訪を希望。目的不明、情緒的な動機の可能性あり』
──おい。
やばい、と思ってカイに向かって手を伸ばしたが、当然のように届くわけもない。そもそも止めようがない。
こいつ、もう送った。
しばらくして、研究室の扉が静かに開く。
アルテミスが立っていた。
「ケイ、“再訪”の件、スケジュールは空いています」
淡々とした口調。でも、ほんの少しだけ口元が柔らかくなっていたように見えたのは、俺の錯覚だろうか。
「……お前、今すぐ俺の前からカイを排除してくれ」
「不可能です。彼は本件において、最も迅速かつ正確な情報伝達を行いました」
「お前ら、連携しすぎなんだよ!」
カイのモニターが『任務完了』を示すように緑に光るのを見て、俺は頭を抱えた。
──こんなはずじゃなかった。
でも。
(……まあ、行けるならそれでいいか)
そう思ってしまった自分が一番タチが悪いのかもしれない。
「……じゃあ、今度の休みにでも、またどっか行くか」
俺がそう言うと、アルテミスは静かに頷いた。いつも通りの無表情。けど、ほんの少しだけ、応答速度が速かった気がする。
「承知しました。目的地の候補は?」
「そこだよ」
俺は人差し指を立てて、あらかじめ用意していた“条件”を提示する。
「今回は、バアさんのコーディネートは無し。いいな?」
「……?」
「前回、あの女帝が行き先まで全部決めてたろ。ルートも、ランチの予約まで。“わたくしは効率的ですから”とか言ってたけど……あれじゃ俺ら、ただのモルモットじゃねぇか」
アルテミスは数秒の沈黙の後、静かに言う。
「……実験体ではありません。恋人未満の人間とアンドロイドです」
「おい、勝手に分類すんな!!」
俺は即座に声を上げた。
「誰が恋人未満だ! っていうか、“未満”ってなんだよ、“未満”って!」
アルテミスは静かに首を傾げた。
「まだ条件を満たしていない、という意味です」
「そういう問題じゃねぇよ……!」
俺は頭を抱えながらソファに沈む。
このアンドロイド、無自覚に爆弾投げてきやがる。
「……とにかく、今回は俺たちで決める。行き先も、時間も。なんなら途中で寄り道してもいいし、迷ってもいい。そういうの、たまにはアリだろ」
アルテミスは、ふと小さく首をかしげた。
「不確定要素の多い外出プラン……合理性は低いですが」
「うるせぇ。とりあえず、行きたい場所考えとけ!」
「……了解しました」
そこで彼女は一拍おいて、ほんの少しだけ目を細めた。
「楽しみです」
その“感情らしき”微笑みに、俺は目をそらしながらぼそっと呟いた。
「……まったく、誰のせいでこうなってんだか」
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