第12話 先達の心秤

 デニスはヒューイたちと同じ訓練校出身だった。訓練校自体は四年しかなく、その後は専科に編入する。二人が入って来たときには、デニスは三年生だったが、数ヶ月後には四年生に進級した。


 デニスの話を受け、ダルトンが静かに告げた。


「じつは、運営側から正式な通達がおりた」


 ダルトンの一言で、皆に緊張が走った。


「それを伝える為に、ボビーにもきて貰ったんだが……」


 そう言うとダルトンは、おもむろに通達書を開き


「ボビーとヒューイ。二人のSIS分室での解任と、マーカスを含む三人の異動の辞令となってる」


 とその用紙を見ながら事務的に伝えた。


「内部処理で済んだとは言え、ことがことだけに無事じゃ済まないよな」


 ウィルが言うと


「それは?」


 とリカルドが、報告書と一緒にダルトンが持っている、手紙に気がついて尋ねた。


「これは教授からの手紙だ」


 ダルトンがそう答えると、リカルドがダルトンの手元の手紙を覗き込んだ。


「ベイジル教授だ」


 ベイジルは彼等も指導を受けた、専科の教授だった。

 その封書を開いたダルトンは、手紙を読み上げ始めた。


『親愛なる班長諸君

 このたび、私の一存でヒューイとマーカスを別々にしようとした件で、かなり迷惑をかけてしまったようで申し訳ない。

〈二人一組〉ルールは、彼らが専科に編入した際に申し送りがあったのだが、在籍中の二年間、発作が起こることは確認できなかった』


「何……発作……?」


 聞いていたボビーがその言葉にすぐ反応を示した。

 発作のことは初めて聞く内容だった。

 リカルドも改めて手紙を覗き込みながら、


「え……? どっち? マーカス?」


 と尋ねた。するとデニスが、


「ヒューイだよ」


 と短く答えた。

 ボビーはデニスの方を向きなおって


「ヒューイが? ……どうしたんだ」


 と尋ねたが、デニスは無言のままで、その顔からは笑みさえ消えていた。


 再び、ダルトンが手紙の続きを読み始めた。


『更に、実施訓練での在籍中の状態を、デニスに確認したところ、訓練所でも発作は起きてないとの報告を受けている』


「デニス。お前、発作のことを知ってたのか?」


 再びボビーが、デニスに質問をする。

 デニスはボビーを見ながら、


「ああ、俺から下の訓練校の奴らなら、多分みんな知ってるはずさ。俺、訓練校で一緒だった頃、あいつがを、何回か見たことあるぜ」


「……! それって……」


 ダルトンが言う前に、デニスが


「あいつ……『パニック障害』なんだ」


 と答えた。


「「え……?」」


 それは皆にとっては初耳だった。あのヒューイがパニック障害になっていることは、誰も想像がつかなかったからである。

 デニスは少し頭をかいて、話を始めた。


「あいつ、ウチにくる前にいた組織で、情報のノウハウを、文字通りらしいんだ」


 デニスの言葉にボビーはハッとなり、改ざんが発覚したときの、ヒューイのことを思いだした。

 デニスは話を続けた。


「だからあいつ、追い詰められるとそれが引き金トリガーとなって、発作が出るって聞いてる」


 あのとき、

 デニスは確かにヒューイの傍にいて、すぐにマーカスを呼んだ。

 それは単に親友を呼んだのではなく、サポートとしての彼を必要としての行動だったのだ。


「六年前、まのあたりにあいつの発作見みたとき……あいつ、意識飛ばしてひっくり返ったりするから……最初は、こいつ死んじゃうんじゃないかって思ったよ。その後も何度か苦しんでて……何回も発作を起こしてたし……一年目はひどかった」


 ダルトン、ウィル、リカルドも黙ったまま話を聞いていた。


「訓練校の奴らと、『多分……紛争地帯からの引き揚げだから、随分ひどい目に遭ったのかもな』ってみんなで話してた。いまは落ち着いてるから、治ってるとは思うけどね」


 そこまで言うとダルトンが尋ねた。


「当時からマーカスがサポートしてたのか」



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(本文ここまで)


【あとがき】

 ・先達の心秤 -せんだつのしんぴん-

「先達」は専科の教授で「心秤」は基準・価値観を意味します。事の発端は導く者せんだつ見極めしんぴんだったという回です。教授のはかりごとの内容は次回となります。


【予告】

 ・一縷のひかり羽 -いちるのひかりは-

「何故教授は異動を考えたのか」のお話です。

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