水精は遠き姉を求め、少女の手を取る

孤兎葉野 あや

第1話 水中の出会い

ちゃぷん、と音が響く。

冷たくて、心地よい感覚が、私を包んでゆく。


身体が、とても軽い。

初めのうちは、纏わり付くように感じていた、周りを満たすものが、私を望む場所へと運んでくれる。



『声』が聞こえる。

初めてのはずなのに、どこか懐かしい響きが。


引き寄せられるように、そちらへと流れてゆけば、青く透き通った、女の子の姿が見えた。



近付いてきた私を見て、彼女がぱあっと笑顔になる。

そうして、あの惹き付けられるような声が、その口から響いてきた。


『はじめまして、お姉ちゃんの気配がする人間ひと。』



*****



「え・・・お姉・・・ちゃん?」

聞こえてきた言葉に、頭がぼんやりとする。でも、私に妹は、いなかったような・・・


『あっ、ごめんなさい。やりすぎちゃった。』

女の子の手が、私の頬に触れると、目が覚めたみたいに、すっきりとした気持ちになった。



「あれ、ここ、水の中・・・?」

そうして、今更のように気が付く。少し暗くて、小さなお魚のような姿が見えて、上のほうから光が射し込んで・・・待って、それじゃあ・・・!


「私、死んじゃったの・・・?」

人間は、水の中では生きられない。たとえ、水魔法がすごく得意な人だって、それは何も変わらないはず。

よく見れば、自分の手も、透き通っていて・・・


『ち、違うの! 私、そんなひどいこと、しないわ・・・! あなたの精神を、半分くらい喚んだだけよ。』

私の言葉に、青く透き通った女の子が、わたわたとした様子で答える・・・最後のほうが、すごく気になるんだけど。


「あ、あの、精神の半分って・・・? じゃあ、今の私は・・・身体は、どうなってるの?」

今日は、里にやって来たお客さんのために、山菜を採りに出掛けて、湖の近くに来ていたはずだよね・・・帰れなかったら、どうしよう。


『え、えっと・・・少しふらふらしてるけど、ちゃんと陸を歩いてるわ。きっと、大丈夫!』

「それ、本当に平気・・・?」

不安になって、女の子の顔をじっと見つめると、ぷいっと横を向いてしまう。余計に心配になってきたなあ・・・


ああ、でも、この子が何かしてくれないと、私はどうしようもないのか・・・見た目は、ちょっと年下に見えて、里の小さい子に似た反応も、可愛らしく思えてきた。


「分かったよ。大丈夫だって信じるから・・・それで、どうして私を呼んだの? あなたのお姉ちゃんに、心当たりは無いんだけど。」

『・・・会いたかったから。』


「えっ・・・?」

ぼそりとした声に、思わず聞き返してしまう。ちょっとうつ向いた顔が、淋しそうに見えた。



『だから、みあお姉ちゃんに、会いたかったの! ずっと前にここを出て、全然帰って来なくて、もう無理だと思ってたけど、今日あなたが来てくれたから・・・』

「あの、私はイズミ。みあじゃないよ。ミズキの里で、そんな名前を聞いたことも無いし・・・ずっと前って、どれくらい? 十四の年よりも前なら、私は生まれてもいないよ。」

その『ずっと』は、私が知るような時間じゃない気がして、青く透き通った女の子を、もう一度見つめる。


『うん。お姉ちゃんは、私と同じ水の精で、あなたは人間。そっちの数え方は知らないし、他にも色々違うのは分かってるの。でも、気配がするのは本当だから・・・お願い! 何かあるのなら、思い出して。』

「思い出す、かあ・・・」

水の中だけど、その顔からは今にも、涙が零れそうに見える。


ここにいる私が、抜け出してしまったらしい、自分の身体も心配だけど、この子を放ってはおけない・・・そんな気持ちになった。



「分かったよ。自信はあんまり無いけど、あなたのお姉ちゃんのことを、教えて。もしかしたら、何かが変わるかも。」

『ありがとう・・・! あっ、私はみう。お姉ちゃ・・・じゃなくて、イズミ。よろしくね。』

女の子に笑顔が戻り、私の手を握ってくる。


『それじゃあ、お姉ちゃんとよく一緒にいた場所に、連れていくね!』

「わっ・・・! は、速いよ、みうちゃん!」

水の中を・・・小さなお魚や水草に、ぶつかりそうなところを、すいすいとすり抜けるように進んでゆく、この子は本当に水の精なんだと、実感する気持ちになった。

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