第33話 ギャルはやっぱりフレンドリー
王宮――。
カイルが第一皇女セレンを最初に案内したのは、王宮の中庭――《四季の調べ》と呼ばれる庭園だった。
石畳の道がゆるやかに弧を描き、季節の花々が風に揺れている。春は桜、夏は百合、秋は楓、冬は雪蓮――その名のとおり、一年を通して表情を変えるように設計された特別な空間だ。
「この庭は、四季ごとに姿を変えるようになっています。春には桜が舞い、夏には百合が香る。……いま咲いているのは、夏の百合ですね」
カイルはそう言って、まるで大切な宝物を紹介するように語った。
セレンは、ゆっくりと歩みを止めると、花々が咲き誇る庭園を静かに見つめた。
「……素敵ですね」
柔らかな声で、彼女は言った。
「貴国が、自然を尊び、共に生きてきたことが、よく伝わってきます」
その横顔には作り物の笑みなど微塵もなく、純粋な感嘆が宿っていた。
太陽の光が、彼女の黒髪をきらきらと照らし出す。
そして二人は、白い噴水の前に並んで立っていた。
どこか、絵になる光景だった。
王宮の庭園に佇む男女――その姿は、遠目に見ればデートのようにすら映るだろう。
けれど、これはただの散策ではない。
かつて対立し、武を交えた二つの国家。その象徴たる者同士が、こうして穏やかに語り合い、同じ景色を見ている――それは、歴史の転換点といっても過言ではなかった。
カイルの胸が、静かに高鳴る。
目に見えぬ壁が、少しずつ、確実に崩れていく。
心が、繋がっていく音が、確かに彼には聞こえていた。
――よし、良い感じだ! この調子でセレン様への歓待を、滞りなく遂行するのだ!
「キュウリ。ミラ殿に立てさせた今日のスケジュール、出してくれ」
「ハッ! こちらでございます」
カイルがそう言うと、側近のキュウリが懐から一枚の紙を取り出して手渡した。
羊皮紙に走り書きされた文字――そこにはこう記されていた。
「えーっと、どれどれ次の予定は――」
《おひる:ごはん☆ 午後:なんかする♡ 夜:自由(^^)/》
「…………おい」
沈黙の間を挟んで、カイルがぽつりと声を漏らす。
「なんだこれは。なんか1行だけしか書いてないんだが。しかも、その1行も内容的には事実上0行なんだが」
「……ミラたん、こういうの、本当に苦手みたいでして……『まあ、その日の気分で決めるべ☆』と……」
「あいつめ……! これが政治的外交の場だと何度も言ったのに……!」
どうにか気を取り直して、カイルは羊皮紙を折りたたんだ。
「まあ……命じたのは俺だからな……。仕方ない。とりあえず――昼食だけは、この予定通りに行こう。『ごはん』ならまだ実行可能だ……」
そして、ミラのせいでかき乱された空気を、カイルは必死に立て直そうとしていた。
咳払いを一つ。背筋を伸ばし、気を取り直して笑顔を作る。
「どうでしょうか、セレン様」
優雅に片手を広げ、堂々とした口調で語りかけた。
「本日は、当王国の一流料理人たちを招き、この日のためだけの特別メニューをご用意いたしました。どうぞ、こちらへ――」
だが――言い終える前に、空気が炸裂した。
「はじめましてセーちゃん! ミラでーす☆ よろーっ!」
炸裂音、テンションMAXの声が響きわたる。
空気が変わった――というより、完全にぶっ壊れた。
突然、元気なギャルの登場に、セレンは目をパチクリさせ、驚きながらも礼儀正しくお辞儀をする。
「あ、あなたはミラた――。い、いえ、申し遅れました! は、はじめまして……! 私は東方シアン群島帝国、第28代皇帝アーネスト=ヴェントの第一皇女、セレン=ヴェ……」
「かたっ! てか、どんだけ長い肩書きあんだし! てか、敬語なんて使わなくていいって! ミラ達タメだよ? ミラって呼んでね! ミラはセーちゃんって呼ぶから!」
「え、ええと……セーちゃん……?」
ぎこちなくオウム返しするセレンの声に、カイルは頭を抱えた。
「……あいつめ……そのキラキラした登場は食後にって、あれほど言っておいたのに……!」
その背後から、ぬっとバリカンが現れた。
彼はにへらとした顔で、まるで言い訳のように笑いながら補足する。
「ミラたん、朝からずっと『あの皇女マジ美人すぎてやばい! ミラめっちゃ早く友達になりたい!』って言って、そわそわしてましたからねぇ……。きっとその衝動を止められなかったのでしょう」
「本当に社交的すぎるやつだな……」
呆れたようにいうカイルの横で、ミラは気にせずにセレンに提案する。
「ねーねー、最近〝原宿ツー〟って超流行ってんの! 最近建設されたばかりでさー! マジで忠実に再現されてて、ウケるー! って感じ! だからセーちゃんも行こうよっ☆」
「え……原宿ツーに……」
呆然するセレンにカイルは慌てて割って入る。
「お、おい……! いきなりなに言ってんだよ! セレン様もお困りだろうが! お主の出番もこのあとあるから、今はスケジュール通りに行動を……!」
「えー、せっかく来たのに堅苦しいのとかナシでしょー! こんな王宮でご飯食べるより街だよ、街っ♪」
「こんな王宮とはなんだっ!? こんな王宮とはぁーーーッ!」
王族としてのプライドをズタズタにされ、カイルの語尾は情けなく裏返る。
だがその時、セレンが、そっと手を挙げた。
「……あの、私――原宿ツー……というのに、行ってみたいです」
「……え?」
カイルの思考が一瞬でフリーズする。
セレンはほんのり頬を染め、きゅっと口元を引き結んだあと、意を決したように切り出した。
「実は、私……ランツバルト王国のギャル文化に、以前からとても興味がありまして……」
そう言って、懐から大事そうに取り出したのは――一冊の雑誌だった。
「それは……ギャル
「はい! 最近、わが帝国でも若者たちの間で、じわじわと流行しはじめているのです!」
目を輝かせながらそう語るセレンに、カイルはあんぐりと口を開けることしかできなかった。
さらにセレンはページをめくり、ある特集記事を見つけると、驚きに目を見開く。
「あ、あの……あなたは……この〝ミラたん特集〟に載っている……〝ミラたんさん〟ですよねっ!? 私……ずっとファンだったんです!! 異世界から勇者様だと聞いておりましたが……今日、ご拝見した実物はもう……想像以上にかわいいです!!」
よほどファンだったらしく、セレンは鼻をむふーと出す。
その声に、ミラの目がまん丸になる。
「ええええ!? マジーー!? やっば、超うれしーっ☆ セーちゃん、ありがとっ♡」
ミラは喜びのあまりぴょんぴょん跳ねながら、そのままセレンの肩をぐいっと抱き寄せる。
セレンも驚きつつ、少しだけ頬を赤らめながら、されるがままだった。
「ま、まさか……あのギャルのカリスマが……シアンにまで轟いていたとは……!」
その様子を遠巻きに眺めていたカイルは、頭を抱えたまま、青ざめた顔でつぶやく。
だが、事態はまだ終わらなかった。
はしゃぎすぎた拍子に、セレンの手から《R☆B(ランツバルト・ビジョン)》の雑誌がツルリと滑り落ちる。
ぱさっ――と開かれたページ。
そこにあったのは、よりにもよって、
『レディースとメンズたちのマジガチ支持率☆ ――今月のカイきゅん評価アンケート結果!!』
その下に無慈悲に記されていた――カイルの、絶望的な支持率。
〝男:5% 女:15%〟
そして、新特集の『今月のカイきゅん私服チェック☆ ――その着こなし、マジで国王候補っスか!?――』
そこに書かれているギャル編集部と読者の容赦ないコメント。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
【今月のスナップ:カイル王子(20)】
「休日の私服」というテーマで写メ描きされたその姿――
▶︎ シャツ:くたびれた生成りの麻シャツ(首元よれ気味)
▶︎ パンツ:まさかの膝まである王国伝統ズボン(本人は「機動性が高い」とコメント)
▶︎ 靴:騎士団時代の軍用ブーツ(泥つき)
読者ギャルのリアルコメント
「清潔感ゼロ」(17歳・アパレル見習い)
「このブーツ、ガチで敵陣踏み込みそう。戦う気まんまんじゃん」(18歳・学生)
「え、ウチのじーちゃんの礼服のほうがイケてるんだけど?(笑)」(19歳・サロン勤務)
「国の未来より、まずそのファッションの未来をどうにかして☆」(16歳・若ギャル)
ギャル格付け(5段階評価)
オシャ度:★☆☆☆☆(1)
トレンド感:☆☆☆☆☆(0)
清潔感:★★☆☆☆(2)
ギャル目線好感度:☆☆☆☆☆(0)
〝きゅん度〟:測定不能
編集部総評:「なんか、今回は自分で私服をチョイスしたみたいだけど、やっぱり王たるともキチンとしないとね☆」
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「う、うああああああああああああッ!!」
情けない叫び声が響いた。
「――最悪だぁぁぁぁ!! ギャルのカリスマだけじゃなく、俺の汚点まで、もう東方シアン群島帝国に広まってるぅぅぅぅぅぅ!! つーか、どんだけギャルって私服に辛辣なんだよ! 先月号は『いつもミラたんに私服はコーデして貰っているとか、自立しなさすぎ』とか書かれてたから、俺なりに頑張って選んだのに! 日夜寝ずに公務しているんだから服のシワくらい許せよぉぉぉぉ!!」
「あっ……」
セレンは慌てて雑誌を拾い上げ、少し沈黙が訪れる。
その後、気まずそうに笑った。
「……だ、大丈夫です。私の父上も、今は反体制派が多くて……たぶん、支持率を調査したら……同じくらいの数字だと思いますので……はは、ははは……」
なんとか慰めようとしたのだろうが、逆に妙なリアリティがあるその発言に、カイルは引きつった笑顔を浮かべた。
「そ、そうですか……」
――フォ……フォローになってねぇ……。
セレンが「よいしょ……」と丁寧に雑誌を鞄へとしまっているあいだ――カイルは、静かにその場へと崩れ落ちていた。
そんな王の肩を、バリカンがぽんと叩いた。
「まあ、そんなに落ち込まないでくださいよ。わだかまりがある両国ですが、こうして腹を割って話せるのは、信頼構築の大きな一歩です」
「……腹を割ってんの、俺だけじゃねーか……」
カイルはうつむいたまま、地面を見つめる。
――ふと、耳に入ってきたのは、楽しげな女子トークだった。
「じゃあもう、セーちゃんは今日からミラと親友ね! 原宿ツー、ふたりで遊びまくろっ!」
「は、はい……! じゃ……じゃなくて……うん!」
「あ、そうだ! せっかくだし――セーちゃんも着替えようよ! ミラがコーデしてあげるからー☆」
ミラが満面の笑みで、とんでもない爆弾を放り投げた。
「……あいつ……まさか、また渋谷二号店の俺のときみたいに……」
カイルの脳裏に蘇る、地獄の記憶。
服を無理やり脱がされ、ストリートコーデを着せられたあの日――。
これは是が非でも止めなくては……!
「ミ、ミラ殿! 来て早々セレン様に〝着替えろ〟とは……なんという無礼な発言か! いいか、それは国際儀礼の場において、相手国の文化を尊重していないという意味にもなり――」
「いえ。是非、お願いします!」
「……え?」
必死に止めようとするカイルの声を、凛としたセレンの声が遮った。
「その……有名な原宿ツーは、ギャル雑誌で拝見しております。若者の街……そして、若者のデートスポットでもある、由緒正しき場所。そういった場に赴くにあたって――正装が必要であれば、当然いたします!」
「いや、正装っていうほどの街じゃないんですが……」
カイルがなんとかフォローを入れようとした瞬間――
「じゃー決まりっ♪」
ミラは嬉々としてセレンの腕をがっしりと取り、そのまま軽やかに引っ張っていった。
ばたばたと廊下を駆けていく二人の後ろ姿。
「ちょ、ちょっと待ってくれ、ミラ殿!! 頼むから、頼むからまともな服装にしてくれよ! お願いだから! 第一皇女に失礼があったら国際問題に発展しちゃうからなーーッ!!」
カイルの必死の叫びが、宮殿の奥へと虚しく響き渡っていった。
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