『雲の下、影の上』

第一章 静寂の資料室


陽の届かぬ軍司令部地下、鉄の扉の奥にある資料室は、今日も埃と静寂に満ちていた。壁一面に積み上がった古文書と記録簿。そこにただ一人、若い少佐がいた。濃いグレーの軍服に、傷一つない眼鏡の奥の瞳は、古い書物の一行一行を冷静に、執拗に追っていた。


この場所は、軍内部では事実上の“終着駅”とされていた。表向きは知識を持つ士官が資料管理を担う部署だが、実態は、都合の悪い人物を遠ざけるための“収容所”だった。


彼がここに送られた理由は、三年前に発表した一つの論文にあった。


“空飛ぶ島は、神話や作家の空想ではなく、地質学的・技術的裏付けを持つ可能性がある。”


かつて空中都市を描いた作家や、失われた空の文明を語る民間伝承の数々――それらを、ただの空想で片付けるのは早計だと、彼は指摘した。だがその意見は、軍部にとっては危険思想に映った。


書類の山に埋もれていた彼の元に、その日、鉄靴の音が響いた。


「少佐。特務部への移籍が決まった。」


扉の向こうに立っていたのは、階級章の金色がまぶしい軍の高官だった。無言で敬礼した少佐に、男は数枚の写真を差し出す。


「これを見ろ。数日前、西方の農村地帯に“落ちてきた”ものがある。畑に、大きな衝撃痕とともにこれが横たわっていた。」


写真には、巨大な金属製の人型構造物が写っていた。腕部は破損し、体表には幾何学的な彫刻のような模様が刻まれている。


「動かなかったが、どうやら“機械”だ。……いわゆる“ロボット”というやつだな。知っているか?チェコの戯曲で初めて使われた言葉らしい。“人間のように動く人形”のことだ。」


少佐は、無言のまま写真に見入っていた。眼鏡の奥の瞳に、かすかに光が差す。


「この機体の表面に、妙な記号があった。お前の論文に似た文字らしい。今さら無視できなくなってな。お前を使う理由ができたってわけだ。」


「……そうですか。」


「特務部は忙しいぞ。書類と埃にまみれていた三年を、今すぐ取り戻すつもりで動け。」


「むしろ、ようやく始まるという気分です。」


少佐は立ち上がり、制服の裾を正した。



第二章 黒き影、仮の階級


特務部への異動辞令から二日後、少佐は軍中央庁舎の上階にある執務室へ呼び出された。


重厚な扉を開けると、室内には厳格な軍服の男が待っていた。鋭い目をした中将。以前の査問会議で、彼の論文を「虚構」と断じた人物だった。


「お前に、大佐への昇進が命じられた。二階級特進だ。」


短く告げる声に、部屋の空気が張り詰めた。昇進は名誉ではあったが、その裏には必ず“責任”がある。そして今回は、あくまで「特務任務においての便宜上の階級」にすぎないことは明白だった。


「二階級特進に恥じぬよう励め。」


「は、命にかえましても。」


短く礼を述べたとき、中将の目が鋭く細まった。


「お前が向かうのはゴンドアの山岳地帯だ。……お前の論文にもあったな、“空飛ぶ島の末裔が今なお暮らすとされる土地”だと。」


少佐の眉がわずかに動いた。


「我々の調査では、あの地に古代文字の断片や、飛行石と類似した鉱石の痕跡が確認されている。偶然ではないと判断した。」


中将は机の上から書類の束を一つ取り出すと、無造作に差し出してきた。


「村の長老は、世襲で伝承を受け継いでいるという。軍人よりも賢い口を持っているそうだ。……気をつけろ、舐められるな。」


「了解しました。」


「加えて――情報漏えいには最大限の注意を払え。軍の内部だけでなく、最近では空賊までがこの話に嗅ぎつけているという。彼らも“財宝”を求めているらしい。」


少佐の眼鏡が一瞬、窓からの光を反射して鈍く光った。


「情報の管理は徹底します。」


「期待しているぞ、“大佐”。」


階級章が渡され、少佐はそれをゆっくりと受け取った。その手つきは、まるで鍵を手に入れた者のようだった。



第三章 燃えさしの石


ゴンドアの村は、山の静寂とともにあった。石を積んだ細い道、霧にけぶる屋根。時間が止まっているかのように、村は動かなかった。


一軒の家の前に、軍の車両が止まる。制服を着た男がゆっくりと扉を開き、後ろに二人の黒服を従えて進んだ。


中には少女がいた。村の者とは異なる、まっすぐな目をした少女だった。


「突然で申し訳ない。少し、話を聞かせてもらいたい。」


男――大佐は礼儀正しく言ったが、声には容赦のない響きがあった。少女は言葉を発さず、黙って立ち尽くす。


「……火を、絶やしていないようだな。」


彼の視線は、部屋の奥の暖炉へと向けられていた。火は弱々しく赤く、しかし途切れず燃えている。


「調査によれば、この家には“飛行石”と呼ばれる物質があるはずだ。」


黒メガネの一人が無言で動き出し、暖炉へ向かう。だが、その瞬間――少女が立ちふさがった。


「やめて!触らないで!」


黒メガネは一瞬ためらったが、任務を優先し、少女を脇へ押しのけた。体格差のある衝突で、彼女は床に倒れる。


「……乱暴するな。」


男の声が低く響いた。


「丁重に扱え。ここにあるのは“遺産”だ。――彼女も、その一部だ。」


黒服が動きを止め、うなずく。


やがて、暖炉の奥から小さな包みが見つかった。灰にまみれた布の中には、青く微かに光る石がある。


男はそれを手に取り、長く見つめた。そして、少女に向き直った。


「君の名前は?」


「……シータ。」


「そうか。」


男はゆっくりと姿勢を正し、少しだけ微笑んだ。


「私の名はムスカ。ムスカ大佐だ。」


その声音に、少女の顔がこわばる。


「一緒に来てもらおう、シータ。君と私で、“ラピュタ”を探すために。」


風が吹き抜ける。家の中の古い布が揺れた。少女の瞳に、青く光る石の反射が揺らめいた。



*****

あとがき

今回は何度か書き直してもらった第3稿です。各章ごとに書き直してもらって、以下のようなコメントがありました。


第一章

いかがでしょう?

このトーンで進めていけば、ムスカのキャラクターと物語の深みがぐっと増していきます。

第二章もこの方針で再構成していきますか?それとも、この章の中でさらに調整したい部分がありますか?


第二章

次回の第三章では、黒メガネの二人との初対面や、ゴンドアへ向かう移動中の機内描写、ムスカの内面描写を強めてみようと思います。

この章でさらに加えたい点や修正したい箇所があれば教えてください!


第三章

この章で「飛行石」「ラピュタ」「ムスカ」の全てが明かされ、映画本編への導入として非常にしっくりくる締めになっています。


次章では、空中船での移動、シータの反発、ムスカの「真意」の一端などを描いていくのも良さそうですね。

次に進めるか、それとも微調整したい箇所があれば、お知らせください!


ここで完成としました。最初はタイトルにラピュタと入ってたり、ムスカが真の名を言ったりしたのですが、修正しました。バレバレでも途中まで隠した方がいいかなと思ったので。

今回驚いたのはロボットの説明で「ロボットという言葉について、知ってると思うがある戯曲に出てくる人間のように動く人形だとか説明も入れる。」としただけなのにチェコの作家というのを出してきたこと。やるな、と思いました。




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