第5話 花より団子の悲劇
ウツボカズラという植物をご存じでしょうか。
甘い香りで虫を誘き寄せて捕食する食虫植物です。甘い誘惑に抗えないのは人間だけではないのだと、この植物は教えてくれます。
花言葉は『甘い罠』。
綺麗な薔薇には棘がある様に、甘いお菓子には罠がありました。
そんなわけで現在、私たちは餃子通りより北にある八幡山の頂上に来ていました。標高158メートル、歩いて登るのもそこまで苦ではありません。なによりここは満開の桜が素敵です。平日にもかかわらず、お客さんが沢山いらっしゃるのも頷けます。
どういうわけで山を登ってるのかですか?
それは乙女の秘密なので言えません。強いて言うのであれば、喫茶店で優雅な時間をとっぷりと過ごしてしまった結果。とでも言っておきましょうか。
「なんか不思議ですね、新幹線を降りて歩いて行ける範囲に山があるなんて」
「山だらけの国で何を言ってるんや……。まったく、腹ごなしに歩こうなんて都会の女が聞いて呆れる」
「でもでもこんな桜の名所ですよ。最初から計画に入ってましたよね?」
「なんの計画じゃ?」
「またまたぁ、そんなとぼけちゃって。さすがの私でも分かりますよ。風の吹くまま気の向くまま、なんて言いながらもちゃんと町を案内してくれてるじゃないですか」
本当に風の吹くままだったら今頃こんな山にはいないはずです。もっと言えば、経路的に最初に行くべきは『餃子通り』のはずなのに、そこではなく神社を選んだのは何らかの意図――配慮があったと考えるのは自然です。
ここまでもきっと楽々さんの思惑通り。
誰だって何の考えも無しに一万円札を渡したりなんてしません。
その思惑が何かまでは私にはわかりませんが、自由に使っていいお金ということなので、ぜひ有益に使わせて頂きましょう。
まあ。
使った結果が今なんですけどね。
「そこまで分かっててタルト馬鹿食いしたんか」
「美味しいものは別腹のつもりだったんですー。でもでもということは、私の推理は合ってるってことですね。やったー!」
「別に推理するようなことでもなかろうも……」
「あれ? じゃあそうなると散歩に出されたのって――楽々さんが私が来る日を忘れてたってのも演技だったりしません?」
「そこまでは知らんよ。僕オレちゃんは主に町案内を任されただけじゃからな――あ」
何を思いついたのか、きーさんは足を止めました。
いえ。その表現はどうやら正しく無さそうです。
何か思いつめた風に、きーさんは足を止めました。が正確です。
「ちとすまんが、僕オレちゃんを
「もしかして人に酔っちゃいましたか?」
「ゴーレムが酔うかいな」
きーさんの精密さを考えたらそれくらいの機能は備わってる気がしますが。
「このまま歩くと、文字通り足がポッキリ折れるでな――」
「一大事じゃないですか! 大ごとですよ!」
「大声を出すなっちゅうに、悪目立ちするわ。それに修復もできるから、そこまででもない」
「ならひと安心ですね」
「まだ何も解決しとらんがな」
そうでした。
さて、この辺で人気の無い場所なんてどこかにあったでしょうか。観光客がこれだけいる中でそんな場所を探すのは容易ではありません。魔女はその存在自体が秘密です。その魔女が造ったゴーレムだって同様に存在を隠さねばなりません。
人目に付かなければそれで十分なんですが、生憎と教の私にそんな準備はありません。ひょっとすると、こういう緊急事態にも対応できるかどうか試されてるのでしょうか。ならばこのペンダントに頼るべきではありませんね。
もしかしたら楽々さんは、人に頼ることを私に教えたかったのかもしれません。ですが、この程度のことで誰かに頼ろうなんて発想は私にはありませんでした。
都会でも田舎でも、ここは日本。大きなルールは変わりません。
「負ぶりますよ」
「……恩に着るわ」
「気にしないで下さいよ。私ときーさんの仲じゃないですか――あ、今のはギャグじゃないですよ? それに、人目に付かないことを優先するんで、あんまり快適な場所ではないと思いますよ」
きーさんの体重(正しくは重量ですか)は見た目以上に軽く、背負った感覚がほとんどありませんでした。軽量化の魔法が使われてるのでしょうか。重さはそのまま負担になりますから、そういう細かいことも考慮してあるのでしょう。
微に入り細を穿つ。
楽々さんのゴーレム造りはどこまでも徹底されています。
「人気の無い場所なんて心当たりあるんけ?」
「観光地ですからね、そりゃありますよ」
公衆トイレくらい。
■■
「――よっ」
便器に座って左足の太ももを勢いよく叩くと、ぺきん、と音を立ててきーさんの脚は床に倒れ落ちました。
事情を知らなければちょっとしたパニックホラーです。
「痛くないんですか?」
「こうなった時点で痛みは無い。壊死みたいなもんやな」
「さらっと怖いこと言わないでくださいよ……、それにしても綺麗ですねこの断面。アメジストの晶群みたいですよ。やっぱり見た目通り固いんですねぇ、これって壊死すると固くなるんですか? あ、スマホの光当ててもいいですか?」
「……めぐちゃんのやってることの方が世間的には怖いんと違うか?」
猟奇ホラーじゃろうが、なんてきーさんに言われてしまいました。とはいえ、ゴーレムの中身を見れる機会なんてそうあるものではありません、許される限り見させていただきましょう。
「見てないで直して欲しいんやけど」
「あ――すいません、つい……私が直すんですか?」
「そりゃ僕オレちゃんじゃ直せんでな」
そう言って、ポシェットから親指ほどの真っ黒い小瓶を取り出しました。液体が入っているところまでは見えますが、ラベルも無いので何かまではわかりません。
「なんですかそれ?」
「アイテール」
「……ははぁ」
アイテールは素材を溶かして魔力を抽出し、他の魔力と練り合わせやすくするための謂わば溶剤です。といっても溶かす力が非常に弱いので――元々大鍋いっぱいに用意して使うものなので、小瓶で持ち歩くことなんて普通は無いのですが。
「これっぽっちの量、何に使うんですか? それとも何かすごい効能が?」
「足の断面全体に満遍なく塗ってくれたらええんよ」
「? それってきーさんでも出来ますよね?」
「僕オレちゃんの指じゃ塗る前に溶けるんでな。その点魔女なら魔力で指をコーティング出来るやんか」
軽く言ってくれますが失敗すると私でも手が荒れますよ。
まあ、そこは置いといて。
「塗るとどうなるんです?」
「折れた原因の魔素詰まりが解消されて足がくっつく」
「なるほど」
ならば一も二もありません。こうして実践できるなんていい機会です、ゴーレムについてしっかり勉強させていただきましょう。
浮ついた気持ちでやると怪我の元なのでしっかり集中です。
案外こういう作業こそ楽々さんが狙っていたものかもしれません。興味と実践は魔女にとって永遠の課題です。
「どうでもいいこと聞いてもいいですか?」
「どうでもいいこと」
でこぼこの断面にアイテールを塗りこみながら私は尋ねました。
塗ってから溶解するまでどれくらい時間がかかるのか分かりませんが、手早く済ませるに越したことはありません。そうでなくともトイレを占有してるわけですし。
「きーさんの言ってた『38番目だから記号』ってどういう意味なんですか?」
「本当にどうでもええな」
「どうでもいいことでも気になるじゃないですか。分からないことは放っておけませんよ」
「ゆーてもそのまんまの意味じゃぞ。書いて字のごとく文字通り、38番目だから記号」
「分かりませんよ。37番目のゴーレムはなんて名前だったんですか?」
「左号」
「号は変わらないんですね……なら1番目は?」
「さて、そこまでは知らんがな。が、ルール的に考えれば伊号やろな。漢字は想像だけど」
「最初が『い』で、ひとつ前が『さ』、38番目が『き』……、なんでしょう、一文字ルールですかね……」
「いろは順――」
「あ! あー!」
考える時間を与えてくれないきーさんに思わず叫んでしまいました。
五十音順ではなくいろは順。
日常的に使う言葉では無いので意識してませんが、言われれば理解は出来ます。出来ますが、センスが無いと言われればそう……なのかもしれません。
一郎二郎みたいに産まれた順に数字を使う名付けが一般的だった時代が少し前にもあるわけですから、単純に否定するのもおかしな話なんですが。それならそれで一号二号の方がストレートでゴーレムとして分かりやすくあるんですよね――製作者のセンスだと言われたらそれまでですが。
これまでの事を考えるに、遠回りな名付けも楽々さんの性格によるところが大きい気がします――まあ、つまりはやっぱりセンスですか。
私ならなんて名付けましょうか。
……造ってから考えましょう。
「出来ましたよ」
「さんくー」
「これ、このままだとすぐに外れません?」
「包帯で巻いておけばすぐにくっつく」
「はえー、便利ですねえ」
「そりゃゴーレムじゃからな。無理が利かなきゃ人の代わりになんてなれんよ」
くっつけた足の接合部に自ら包帯を巻いて、きーさんは手すりを頼りに便座から立ち上がりました。それから確かめるように足をゆっくり動かして「ふむ」と頷きました。
「すまんが、くっつくまでもう少し背負ってくれんか」
「構いませんよ。次はどちらへ案内してくれるんですか?」
「そろそろ小腹も空いたじゃろ。お待ちかねの餃子じゃ」
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