「おいしい」を伝えたいゴーレムさん ~宇都宮の魔女日誌~

氷見錦りいち

第1話 かりんとう饅頭とゴーレム

「お……おはようぎょざいます! 今日からお世話になります、七日町なぬかまちめぐりひっ!」


 私の名前は七日町めぐりひ。

 では、もちろんありません。七日町めぐりです(七日と書いて「なぬか」と読むのがポイントです)。


 噛んだわけではありません。驚きのあまりに声が上ずってしまっただけです。


 私でなくたってこうなるはずです。

 目の周りを真っ黒な包帯でぐるぐる巻きにした人が現れたら、誰だって度肝を抜かれることでしょう。


「あれ、なのちゃん来るの今日からだっけ?」


 驚く私と対照的に、黒包帯の女性(いくつでしょうか。先日まで生活していた施設の寮母さんより若いのは確かです)は「スケジュールどうなってたっけな……」なんてとぼけた風な口調で、ぶかぶかの白衣のポケットからスマホを取り出して、何かを確認し始めました――どうやら包帯ごしでもスマホの画面が見えているようです。


 ひょっとして私が知らないだけで、都会では最先端のお洒落なのでしょうか。だとすると早速のやらかしです。目に掛けるのは眼鏡かサングラスしか私は知りません。これでは田舎者のお上りさんだと後ろ指を指されてしまいます。


 実際その通りなので文句は言えないんですが、都会の人はなんとも言えない怖さがあります。暗い夜道を横切るカモシカよりも怖いです。

 と、


「――あ、あぁぁぁぁぁぁっ!」


 突然叫ぶ黒包帯さん。

 思わずびっくりしてしまいました。これだから都会の人は――いえ、嘘です。田舎の人でも叫ぶときは叫びます。何があったのでしょうか。


「ごめんね、なのちゃん。アタシ、なのちゃんが来るの来週だとずっと勘違いしてたわ」

「そ……そうなんですね?」


 黒包帯さんは自分の失態について隠す様子もなく、快活に言います。

 ところで、私は七日町なぬかまちなんですが、そちらも勘違いされたままだったりしないでしょうか。ひょっとしたら私が訛りに慣れ過ぎてそう聞こえるだけかもしれないので、安易に訂正もできません。都会は難しいです。


「歓迎する準備なんて全然できてないんだけど、いつまでも玄関で喋ってるのもなんだしさ、靴脱いで中へ上がんなさい」


 やたら社交的な黒包帯さんに背中を押され、玄関の中へ一歩入ると、アイテール(古い人は今もエーテルと呼んでいます。私も最近までそう呼んでいましたが都会に出るため矯正しました)特有のバニラとスミレを掛け合わせたような、青みがかった爽やかで甘い香りが漂ってきました。さすが魔女の職場です。新人として思わず身が引き締まります。


 しかし、引き締まった身は一秒と持ちませんでした。

 玄関に入ってすぐ、視界の端に飛び込んできた茶色い下駄箱。その上に鎮座ましますのは――木彫りの熊でした。

 鮭を咥えたあのクマです。


 これはどういうことでしょう。私が想像していたきらびやかな都会のイメージとは、少し……いえ、かなりかけ離れているような気がします。もしかしてこれが最近よく耳にする「丁寧な暮らし」というものなのでしょうか。あるいは、巡り巡って田舎の文化が都会で再評価されているとか?そう考えると、なんだか胸が熱くなってきました。


「オ、オジャマシマス……」


 私は気合を入れて履いてきたパンプスを脱ぎ、出されたスリッパに履き替えました。社会人たるもの、スーツとパンプスは必須だと思っていたのですが、郷に入らば郷に従えということでしょうか。郷に染まるのもまた、社会人かもしれません。


「そんなお邪魔しますだなんて他人行儀な」


 見た目に反して元気で快活で社交的な黒包帯さんは言葉を続けます。


「今日から一緒に生活することになるんだし、もうちょっと砕けても――あ、ひょっとしてアタシが誰だか分かってない? ああそっか、こんな包帯してたら余計わかんないか」


 はて、私はどこかでお会いしていたでしょうか。記憶を探ってもここまで親しい方は施設以外にいません。


「アタシだよ、アタシ。前にあなたをスカウトした楽々山ささやま未来みく


 少しばかり弛んでいた背筋が一気に張り詰めました。

 黒包帯さんの正体は、なんと社長だったのです。



■■



 社長の楽々山ささやま未来さんはとてもすごい方です。

 なんと世界的権威です。


 といっても一般人にとっては全く無縁の世界なので知らない方も多いと思いますが、私のような新人魔女にとって、それはそれは雲の上の存在です。嘘でも大袈裟でもなく、こうして会話することも恐れ多いくらいに。


 楽々山さんは魔女の歴史を塗り替えました。

 世界中の魔女の掟を取り仕切る魔女協会は、かつてゴーレムの製造を禁じていました。人工生命の製造は倫理規定に反すると言う理由です。


 一方でロボットやAIに対しては容認の姿勢――そもそも界隈が違うので一概に比べることもできないのですが――を保ってきました。まったく、頭の固い世界です。


 と、一方的に悪者に出来ないのがルールというものです。ルールは人を守るためにあるものであって、生活を楽にするためのものではありません。私も耳にタコができるくらい聞かされました。


 ともあれ、その鉄の掟に風穴を開けたのが楽々山さんです。

 楽々山さんはなんと、私と同じ歳の頃にそれを成し遂げたのです!


 若造の声を聞き入れてルールを変えるなんて、なんて柔軟な世界なんでしょう。さすが魔女協会。ビバ!


「アタシのことは気軽に楽々らくらくさんって呼びなよ」


 ソファに優雅に座った楽々山さん改め、楽々さんは言いました。正直、モノローグでも楽々さん呼びは恐れ多いです。対面で同じようにソファに座ってるだけでも恐縮なのに、あだ名呼びだなんて。


 ですがここは会社、社長の言葉は絶対です。


「いろいろ手違いがあったとはいえ、今日からなのちゃんはアタシの弟子。言うなれば家族みたいなものなんだから、なんでも聞いてね」

「ありがとうございます。では失礼しまして……楽々さん」

「はいよ」


 楽々山さんは気さくに返事をしてくれました。同じ界隈の人に見られたら石を投げられそうです。


「それでは楽々さんは、えーっとその……」


 これは聞いても失礼には当たらないのでしょうか。

 ですが、私の知りたい好奇心――知的欲求はいつまでも緊張で抑え込めるほどにヤワではありませんでした。


「どうして宇都宮に住んでるのでしょう?」


 言ってしまいました。とうとう言ってしまいました。ですが気になるものは気になります。

 どうして世界的権威ともあろうお方が宇都宮に住んでるのでしょうか。


 ところで、宇という漢字には天下という意味があるそうです。

 なるほど、天下の都に宮殿と言われれば世界的権威が住まわれるのも納得です。



 ですがここは栃木県の県庁所在地、宇都宮市。


 私がかつて住んでいた、新幹線の通らない東北の田舎よりもずっと都会ではありますが、しかし、あの煌びやかで都会都会とした東京には遠く及びません。


 どうしてそんな町の、古びた一軒家をアトリエにしているのでしょう。

 おかげで私は東京の荒波に揉まれずに済みましたが、理由を知らずにはいられません。興味津々です。


 それともここは、たくさんあるアトリエの一つにしか過ぎないのでしょうか。


「んー……まあ、一口で言えばフィーリングが合ったんじゃない?」


 テーブルの上に置かれた一口サイズの黒糖饅頭をつまみ、口へ投げ入れる楽々さん。


 ざくざくと、とても饅頭らしからぬ音を立てていますが中に何が入ってるのでしょう。気になります。


「生活基盤をフィーリングに頼るって大事だよ? 魔女に限らずさ。だって寝ても覚めても動いても、泣いても笑っても帰る場所がそこなんだから。それなら心が常にざわつく場所なんかよりも、落ち着ける居心地の良い場所の方がいいわけだよ。帰るまでが遠足ですってね」

「な……なるほど!」


 なんと含蓄に富んだ言葉でしょう。

 当然のことを言ってるだけのはずなのに、思わず感銘を受けてしまいました。ですが、当然のことをこのように表せるのはやはり世界を知ってるからなのでしょう。


「だからまあ、アトリエはここの他に二か所あるけど、どれも市内だよ。ところで、なのちゃんはこしあんは苦手?」

「いえ、苦手じゃないです」

「じゃあ食べなよ。遠慮なんてしないでさ」

「えっあっハイ……いただきます」


 緊張と遠慮で手が出せませんでしたが、そう言われては仕方ありません。だってこういう小さいお菓子っていかにも高そうじゃないですか。貧乏人がおいそれと手を出していいものではありません。世界的権威が口にするものとなれば尚更です。

 意を決してひとつ手に取り、半分ほど齧りました。


 が、これが間違いでした。

 なんとこいつ(失礼)、見た目によらず固いのです。

 思わず前歯が欠けるかと思いました。


「あははははは!」


 おかげで楽々さんが爆笑です。


「ふふっ、手で触ったら固さ分かりそうなのに、前歯で行っちゃったかぁ……あははははは!」


 いっそ雲の上の方から笑いをとれたんだと前向きになりましょう。

 笑顔の絶えない職場です。


「そんな恐る恐るじゃなくて一口でいっちゃいな。かりんとう饅頭はその方がおいしいんだから」


 その言葉に従い、素直に頬張りました。

 舌の上に乗せると、ほのかな甘みが広がります。が、饅頭とは名ばかりの立派なかりんとうでした。


 飴のように口の中で転がして楽しんだ後、奥歯で齧ると「ばりっ」と音を立てて皮が砕け、中身の柔らかい餡子の甘味が一気に広がりました。


 新しい体験です。


 噛むたびにざくざくと割れて楽しいさっぱりとした甘味の外皮と、少量なのにしっかりとした甘味の餡子。これは美味しいです。


「あの! もう一つ、いいですか!?」

「ああ、遠慮しないでどんどん食べな」

「ありがとうございます」


 とはいえ、遠慮はします。舌が贅沢を覚えてしまってはこれからの生活に支障をきたしてしまいます。こんな素晴らしいお菓子、次はいつ食べられるのやら。


 それでも今はこの味を楽しみましょう。

 楽しめる時は楽しむ。魔女の心構えです。


「そんなちまちま食べることはないよ。一個数十円の饅頭なんだから」

「――!」


 驚きのあまり、思わず口の中で転がしていた饅頭をそのまま飲み込んでしまいました。


 喉に詰まらなかったのが奇跡です。

 それでも喉が苦しい気がしたのでお茶を流し込みます。


「……ちまちま食べなくていいとは言ったけど、丸呑みとは豪儀だねぇ」


 爆笑したり苦笑したり、本当に笑顔の絶えない上司です。


「そんなに安いんですか!?」

「安いよ。まあ売ってるお店が古ぼけた店構えしてるから、いつか食べれなくなるんじゃないかと心配になるけどね」

「それは残念です」


 私も生活に余裕ができたらお店に通うことにしましょう。美味しいものが無くなるのは世界の損失です。


 ところで、私はお仕事をしなくてもいいのでしょうか?

 そもそも、どうして私は楽々さん――楽々山さんにスカウトされたのでしょう。


 世界的権威のお眼鏡に適ったのでしょうか。

 お眼鏡どころか未だに黒包帯のままですが。


「なのちゃんは仕事熱心だねぇ。新しい環境には徐々に慣らしていかないと、本当にいい仕事はできないよ」

「……そういうもの、なんでしょうか」

「そういうものだよ。ま、この格好じゃ説得力も無いだろうけど」


 そう言って、笑いながら黒包帯を触りました。

 どうやら魔道具作り中にアクシデントがあったようです。新米にとってトラブルはよくあることですが、差し詰め上手の手から水が漏ると言ったところでしょうか。であれば余計な詮索は禁止です。好奇心で人を傷つけてはいけません。


「新しい道具作るときは自分で実験せにゃならんからね。ところで、なのちゃんはこっちに越してきてどれくらい?」

「えーと……一週間くらいですかね」


 一人暮らしをする余裕があまり無いのでギリギリまで向こうで生活をしていたせいです。


「一週間か……、ならまだこの街のことあんまり知らないね?」

「ええ、まあ……」

「よし、ならちょうどいいや。おーい、キゴウ!」


 楽々さんが誰かを呼ぶように声を上げました。キゴウとは名前でしょうか。


 呼ばれて現れたのは、紺色のスモックに同じ色の帽子を被った、小学生くらいの女の子でした。帽子から覗くウェーブのかかった栗毛色の髪は、楽々さんのストレートの黒髪とは全く違う質感です。一目で親子ではないと分かりました。ということは彼女は楽々さんが預かっている見習い魔女でしょうか。


 色々な憶測が頭の中をぐるぐる駆け巡りますが、これといった明確な答えが出ません。


「そちらの方は?」


 思い切って尋ねました――いえ、分かってます。尋ねなくともすぐ紹介してくれる流れだとは。

 果たして、返ってきたのはまったく予想だにしない言葉でした。


はアタシが造った新作のゴーレム。名前は記号」

「僕オレちゃんは楽々山記号じゃ。よろしくな」


 かりんとう饅頭が手から転げ落ちました。

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