🪸第18話:水槽で育つサンゴの街

「なんか……でかくなってない?」


放課後の理科室。

窓ぎわの水槽を覗き込んだカナが、そう言って顔をしかめた。


俺も横から覗き込むと、水中で揺れていたのは、淡いピンクのサンゴのかたまり。

前に見たときよりも明らかに大きく、しかも繊細な枝のような形状が複雑に広がっていた。


「これ……サンゴって、こんなに早く育つもん?」


「リビス、確認頼む」


AI《リビス》の応答はすぐだった。


「サンゴの成長速度は通常、1年で数センチ程度が一般的。

 しかしこの水槽内のサンゴは、一週間で約1.2cmの成長を記録。

 明らかに“異常な早さ”だ」


「異常……でも、悪い感じじゃないな」


俺たちが見つめるそのサンゴには、小さな貝やヤドカリのような生き物が入り込んでいた。

それぞれがサンゴの枝の隙間に住処を見つけて、静かに、しかし確かに“共に生きている”。


まるで――ミニチュアの“海の街”だった。


 


「これ、何が原因でこんなに育ってるの?」


「要因1:水温安定。要因2:光合成の強化。

 要因3:窓から差し込む自然光が、サンゴ内部の褐虫藻(かっちゅうそう)に影響を与えた可能性。

 要するに、“環境が完璧すぎた”のだ」


「サンゴって光合成すんの?」


「正確には、サンゴと共生する“褐虫藻”が光合成を行い、その栄養をサンゴに供給する。

 つまり、サンゴは“植物と動物の協力関係”でできている生命体だ」


カナが水槽に額を近づけ、つぶやいた。


「共生か……なんか、うらやましいかも」


「え?」


「わたし、最近ちょっと“ひとりで頑張んなきゃ”って思っててさ。

 でもこうして見ると、誰かに“中から支えられてる”のって、悪くないのかもって」


俺は水槽のサンゴを見ながら、言った。


「見た目はサンゴが“自分の力で立ってる”ように見えるけどさ。

 本当は、中でちっちゃい相棒が支えてるんだな」


「……なんか、リクっぽいね。見た目はしっかりしてる風で、でも中身はリビスが支えてるっていう」


「おい、聞こえてるぞそれ」


リビスが音声で割り込む。


「僕のサポートがあるのは確かだが、リクも単体での観察能力は十分に高い。

 “共生型探偵ユニット”として優秀だ」


「はいはい、照れてる照れてる」


カナが笑うと、水槽の中でサンゴの影がふわりと揺れた。

その影は、まるで彼女の笑顔を映し返すようだった。


 


翌日も、その次の日も、サンゴはゆっくりと、でも着実に大きくなっていった。

その成長は目に見えるほどではないけれど、

たしかに水槽の“街”は、静かに息づいていた。


そして俺は思った。


もしかしたら、俺たちのこの日々も――

“誰かと共にある”ことで育っているのかもしれない。


 


🧪【バイオ・ノート】

サンゴはどうやって生きているの?


サンゴは動物の一種ですが、体内に「褐虫藻(かっちゅうそう)」という微細な植物プランクトンを住まわせています。

この褐虫藻が光合成で栄養を作り、サンゴに提供し、代わりに住処と二酸化炭素を得ています。

この“共生”関係こそが、サンゴの成長の鍵です。

しかし、海水温が高くなるとこの関係が壊れ、サンゴは白くなり(白化)やがて死んでしまいます。

共に生きることは、繊細で、美しいバランスの上に成り立っているのです。


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