十六歳のスピカ

ましら 佳

第1話 一皮剥けた私

 スピカ。

別名おとめ座α星。

春の空に青白く輝く一等星。


「我々は、あの星からちょっと左・・・そうだな、東京仙台間くらいのあの距離。あそこからやって来たんだ。ね、ママ?」

「そうよね、あの、ちょっと左。東京名古屋間くらいのあの距離ね。そして子供スピカが産まれたのよね、パパ?」


夜空を眺めてはそんな話をする電波系ヤバい親代表みたいな自称宇宙人の両親が自分につけた名前は、鈴木スピカ。


日本総一億の二大勢力であるマジョリティ、佐藤姓に次ぐ鈴木姓を補って余りあるキラキラネーム。


学校の課題でよくある、"家族に名前の由来を聞いてみよう"という質問にはまさかそんな事書ける訳も無し。


課題が出るたびに、「両親が天文部だったから」と嘘を書いて提出し続けている。


腑に落ちるのか案外教員には受けがいい。

勿論、スピカと言う名前に苦笑いしながらだけど。


ちなみに名付け第二候補は『カルブ・アル・アクラブ』だったらしい。


これまた蠍座α星の別名で、「ママの実家の近くなの〜」との事。


・・・鈴木カルブ・アル・アクラブ。


もはや鈴木が搔き消えて風味も残らない名前だ。


スピカの方がまだダメージが少ないとは言える。


両親は七夕たなばたという名の喫茶店を経営しており、ランチがうまいと案外繁盛していて、たまに地元のテレビ局が取材に来る。


喫茶店に個性の強いマスターとママ、と言うのは、ウケがいいそうだ。


ちなみになぜ七夕かと言うと、両親が地球に来た時に、織姫と彦星の物語を聞き感激したから。


どうやらかの有名なニートバカップルである織姫彦星が若い頃の自分達に被るキャラらしい。


つまり、両親は、"宇宙人であり、結婚を反対されて駆け落ちし、地球に逃げてきて、結婚をし、宇宙人同士で子供を授かり、喫茶店を始め、今に至る"という物語フィクションの中に生きている。


「彼氏、社会人なのに会ってもスマホでゲームばっかりやってんの。信じられなくない?」


と、年上の彼氏がいる友人がそう言っていたが、社会人がゲームどころか、ウチなんか宇宙人が喫茶店をやってるよと思い、うすら笑いしたものだ。



スピカはバスタオルの下でため息をついた。


中学三年時の進路相談で、担任と両親には「高校は、水泳を続けて大会に出たいから部活に力を入れている学校に行きたい」と言ったが、半分は嘘。


家から遠い私立女子校に進学したのは、やはり変わり者の両親から距離を置きたかったからだ。


両親は子供の頃から過保護で、ケガをしたらどうするのと、自転車にすら乗せて貰えなかった。

もともと、水泳をやるのだって大反対。

今だって、それは変わらないけど。


電車を乗り継いで、片道1時間半かかるこの学校に通う事も、いまだに心配している。


そんな遠い場所、もし交通事故に遭って、ケガでもしたら、大変だ、と。


でも、この進路は、先週16歳になったばかりの自分なりの、精一杯の静かなる反抗。



顧問と上級生は皆先に帰り、自分と友人二人だけで片付け当番の仕事を済ませた。


新入りと言うのはどこの世界でも、まずはパシれてナンボである。


個室ロッカーで濡れた水着をビニール袋に入れて、バスタオルで髪を拭いていた時、ふと手に小さな突起が触れたのに気付いた。


顎のニキビがやっと治ったのに、今度は頭皮にニキビか、とげんなりしたが、違う。


それは、まるで服のファスナーのつまみのような形をしているのだ。


「・・・何これ。・・・やだ、頭に、何か刺さってんの?」


でも痛くもないし、別に血も出ていない。


恐々と引っ張ってみると、ヂィッという微かな音と振動がして、まさにファスナーが下がった。


え?!と狼狽していると、まるで熟れたバナナの皮が剥けるようにズルンと一気に脱げてしまった。


・・・脱げたって、何が?!


水着はもう脱いでしまったではないか。


足元に落ちている白い塊は間違いなく皮膚で、裏側は薄いピンクの肉の色。


髪の毛も、抜け落ちるのではなくそのまま皮についている。


そして、今、手や腕や足や腹は真っ青なのだ。


青白いなんてものではなく、かき氷のブルーハワイのようなリゾート感満載のブルー。

宇宙人っぽいメタリックな質感。


「・・・ねぇ?まだぁ?私、日直なの忘れてたから、日誌出さなきゃなのー。先生、まだいるかなー?」


着替えを済ませた友人がカーテンの向こうから声をかけて来たのに、スピカは慌てて皮を取り上げた。


カーテンの隙間からこんなものが見えたら大変だ。


「・・・ゆっこ!なら、先帰って!私、ドライヤーで髪の毛乾かしてから帰るから」


なるだけ明るく言うと、友人は、「分かった、また明日ね!バイバイ」と言ってロッカールームを出て行った。


一体自分は今、どんな姿なのだろう。


どんな顔をしているんだろう。


たった一人残され、改めてしげしげと腕の中のワンピース程の物体を眺めた。


さっきまで自分の皮膚だった塊の裏側の端っこに、白い何かがあるのを見つけた。


「・・・何だ、これ・・・?」


服によくあるタグのようなものに細かく文字が書いてある。


平仮名でも漢字でもアルファベットでもない、まるで極小QRコードの羅列。


もしやとスマホを取り出した。


QRコードを読み込むと不思議なURLが表示され、怖々こわごわタップするとどこかのサイトに繋がった。


そこには、赤ちゃん、幼児、そして先程までの自分としか思えない顔をした人物の全身写真が掲載されていた。


いや、似てるなんてモンじゃなく、まさに同じ顔。

自分が載っているようで戸惑い、気恥ずかしい。


それぞれ年齢に合った可愛らしい服を着て微笑んでいる。


沢山の言語の一番下に日本語表記を見つけて読んだ。


「・・・こちらのお品物は地球人東アジア地区日本地域仕様です。当社独自開発による耐久性のある素材で製造しておりますが、お取り扱いには何とぞご注意ください。破損(地球においての裂傷、怪我に該当)の恐れがあります・・・」


スピカは、だから、両親は、自分が怪我をする事を異常に恐れたのか、と、はっとした。


「・・・また、ご使用の環境や状況にもよりますが、こちらは大体0歳から15歳に相当する商品です。なお、16歳から30歳の方、31歳から45歳の方は対応商品を新たにお買い求めください・・・?」


つまりコレは、宇宙人が地球人に擬態する為の服みたいなもので、耐久年数を越えて経年劣化したから、脱げてしまったと言う事か。


「・・・16歳になったから・・・?・・・私、マジで、宇宙人スピカじゃん・・・」


スピカは「どうしよう。・・・ウケる」と小さく呟いた。

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