最後の数日間
話は遡って、余の退職直前の数日間のことを記す。
余の退職がシフト発令によって事実上周知されたことは前述の通りである。即ち余が参加した最後のミーティングにおいてもその伝達はなかった。
月例ミーティング(開催日は一定していないが毎月の研修を兼ねる)の議題は施設内掲示物の美観や感染予防などのありふれたことだった。
特筆すべきことの一つは、安全衛生規則がかわって次亜塩素酸ナトリウムの使用には防護服一式が必要ということを今更に伝えられたこと。
現実問題としてそのような装備で日常の清掃を行えないので、他の洗剤を用いて退職間際まで清掃に従事した。
他には、認知症以外の病気のため入所していて、ある宗教を信仰している人(守秘義務のため詳細を今は記さない)が、退職間際の余を再三呼び止めたことがあった。
その人は、他のある利用者に「神様」が降りたと主張していて、再三、その人の話を訊くことを余に指示した。
余は他利用者の件についての話は伺えない旨を丁重に答えたが、その人は聴かない。
以前は就業規則や介護サービスの原則を根拠に答えれば納得したのだが、余の退職直前はそうではなかった。
最終出勤日には、ここは企業の施設であって教会ではないから、例え「神様」が来たのでも、対応できない旨まで伝えた。
あろうことかその人は教会は関係ないとまで言った。背教の言に余は驚いた。もとより異教徒の余には他人事ではある。
もっともChatGPTの分析によると必ずしも背教ではなく、その人は単に余の論理に対抗するためにそのような言辞を用いた可能性が高いとのことであった。
別の観点から。就業規則や介護サービスの原則に基づく余の説明さえも、その人が聴かなくなったのは。
単に症状が進んだからだけではなく、会社が「利用者本位」という語の解釈を業務すべてより利用者を優先するという意味に解するようになった(営業政策的にそうせざるを得なくなった)こと、それに反対した余が事実上失脚していること
(余の言葉に従業員としての社会的権威も、余の内面の勤労義務や会社と上長への忠誠心から来る威厳も、既に無い!)を、常人より敏感に察知した可能性もある。これもChatGPTの分析でもある。
もう一つだけ書く。その人は「神様」の話をして、余だけでなく他の多くのスタッフと他利用者までを指揮するような言動を取った。
何故そうなったのか正式には伝達されていないが、施設長(内線で古参スタッフに呼ばれて、その人を説得しようとした)とその人の話から断片的に聞こえたのは。
その人の宗派に職業的に関わる人(宗派を特定されることをここに書けない)から人格を誉められたのが一因だったようである。
余は迷惑で無責任な話だと思った。
この手記に再三書くように、介護施設とは非生産的なものである。
されば余が勤務していたような施設でも入居には相当な費用が要る。誰でもは入居できないのだ。
その人も発病前は相当な地位があり、本来は高い教養と深い信仰を持つ人だったと思われる。
そのような人がいまは一介の精神病患者、一介の入居者なのだ。
そのような人が宗教者から称賛されることがどれほどのことか。病気とも相俟って、神に代って施設を指導できるとまで思い上がったのもあり得ることではある。
いずれにせよ余の施設での任務は終わったので関係のないことのようでもあるが、余が特定受給者(いわゆる会社都合退職に準ずる離職者)になるかどうかには、労働環境、ひいては施設の営業政策の妥当性に影響するかも知れない。
これを書いている現在は有給消化中であって、余の退職事由が特定離職になるかどうか?という、いわば余の勤務の総括は決せられていないのである。
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