第8話 そんな診断書、100枚あっても価値がない

「だからね、服部さんの正当防衛だよね」


“お前、何を言っているんだ”と言う空気が弁護士事務所に漂う。

職場では空気を読みまくる宮本先輩だったが、今日は急に場違いなことを言いだしている。


横山弁護士が「申し訳ありません。おっしゃっている意味が分からないのですが」と言う。


「えぇぇ?クライアントから事前に聞いてなかったんですか?

不貞行為の現場を見つかったのに逆ギレした森谷なる人物が、いきなり服部さんに殴り掛かった。

服部さんはなんとかよけましたが、身の危険を感じて反撃した。

殴りかかってきた相手に一発殴り返しただけですから過剰防衛にもならないでしょう。

ちゃんと救急車も呼びましたし」


宮本先輩は早口でまくし立ててこのように言った。


でも(ああ、宮本先輩、記憶違いをしている。先に手を出したのはボクだから早く訂正しないと)


ボクが訂正しようとした瞬間、宮本先輩は手でボクを制した。


森谷が「ウソ言ってるんじゃねえよ!先に手を出したのはソイツだろうが」とボクを左手で指さす。


宮本先輩が「じゃあ、私はこう言いましょう。先に手を出したのはお前だろうが」と守谷を右手で指さす。


ボクは何が起きているのか分からなかった。


宮本先輩が「現実的な話をしましょうか?森谷氏サイドは服部さんが先に手を出したと主張しています。森谷氏が先に手を出したと主張しています」と言ったのを聞いて絶句した。


ボクも佐々木先生もそんな主張をしていない。

ボクは佐々木先生を見ると、小さな声で「宮本さんにこのまま話を続けてもらいましょう」と言って来た。


(え?いいの?)と思った。

宮本先輩の言ってることは真実とは正反対なのに。


「では、この状況でどのようなことが起こるでしょうか?森谷氏と浮気女、服部さんと私、この2グループが正反対の主張をすることになりそうですねぇ」


(たしかに元妻はあっち側につくだろう)


「この時、司法はどっちの主張を採用するでしょうねえ?」


この時、横山弁護士は虚を突かれたような感じだった。


「横山先生、なにをビックリなさっているですか?両者の言い分が違えば、司法で決着ということですよね。そのために横山先生も佐々木先生もいらっしゃっているんでしょ」


ここで森谷が「こっちには診断書があるんだ!」と言い出したが、宮本先輩は「正当防衛を主張しているので、服部さんがあなたを殴ったことは認めています。だからそんな診断書が100枚あっても価値がありません。その診断書は裏面をメモ用紙に使うくらいしか役に立ちません」


森谷は黙り込んでしまう。


横山弁護士がやっと会話に入り「でも佐々木先生。この前の電話で、服部さんの暴行に関して損害賠償金を支払うっておっしゃってましたよね」


「言ってません」


「え?」


「電話でそんなことを言う訳ないじゃないですか!

お互いの請求をどれだけ認めるかを決めるために今、集まって話しているんですから。

そちらが服部さんの暴行について損害賠償を請求すると言う話を了解しただけです。

電話で話を聞いただけでクライアントの意向も確認せずに勝手に支払いを了解する?そんな弁護士なんているはずないでしょう。

もし電話でのやり取りも録音しているのなら聞き直して頂いてけっこうですよ」


今度は横山弁護士が黙ってしまった。


宮本先輩はがイライラした様子で「横山先生、黙っちゃってるところ申し訳ないんですけど、私も時間がないんで。いつになったら本題に入っていただけるんでしょうか?」


「本題?」


「私がわざわざ来ているのは、服部さんのためですか?

まさかそんなはずないよね!

私は私に関することのためにわざわざここに来ているんですよ」


横山弁護士は話についていけてないようだ。

ボクも同じだ。


「何の話ですか?」


「私だって診断書を持ってますよ。

そちらと違って1枚だけで価値がある診断書をね。

の診断書ですよ!」

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