第3話

 昼食を軽く済ませ、あきらが、ボーリングかバッティングセンターどっちがいいかと聞くので、バッティングセンターにした。

 ボーリングよりも、打ってスカッとしたい気分だった。

 やっぱり、会う前は楽しみになるけれど、実際に会うと、見え隠れする彼女の存在が、大きかった。空腹だったおなかに、重たい石が次々に入ってくるように、苦しくなってしまった。

 

 気にしない。


 そう決めていても、気持ちは思い通りにいかないものだ。



 バッティングセンターに着くと、瑛とは別々の場所で、ただバットを握り続け、ただくるボールを打った。その単調な行動に没頭した。


 出かける前は汗をかくほど暑くはなかったが、今はしっかりと汗をかいた。背中といい、胸のあたりが汗でぬれて冷たい。


 どうせ、このあと焼肉にいくのだから着替えなくていいかと、バッティングセンターを出て、次の店に向かった。


 瑛に顔を向けると、ひたいが汗でぬれていた。

 手の甲でぬぐっても、また、汗がでてくるようだった。


「どっか、休んでいくか?」

 疲れているように見えて、そう訊ねた。


「いいよ」

「そうか。じゃあ、コンビニは?」


 通りにちょうど見つけて、親指でしめす。

「寄っていい?」


 うなずき、さっと走って店内に入っていった。


 通りも、学生やショッピング客が行きかっていたが、コンビニの店内もそれなりに混んでいた。入ると、冷房が効いているのか、ひんやりとして心地よかった。


 腕がだるく、手を人に当たらないように軽くふった。

「大丈夫?」

 声がして振り向くと、瑛が、ペットボトルを二本持って立っていた。

「それ、買うの?」

「買った後。はるこそ、なにか買う?」

「飲み物」

「じゃあ、いいや。出よう」

「いや、まだ買ってないんだけど」


 引っ張られて、慌てて言うと、ほら、とペットボトルが差し出された。


「これ、オレがよく飲んでたやつ」


 覚えてたのかと、瑛を見ると、はにかんでいた。

 無性にかわいく思えて、だれもいなければ、抱きしめてしまっていたかもしれない。


 その気持ちを奥底におしこんで、それを受け取った。


 コンビニを出て、歩きながらフタをあけた。

 プシュッと音がして、しゅわしゅわっと気泡がペットボトルの中にいくつもできては、上へ上へとあがってきた。

 瑛もフタをあけると、一気に飲んでいた。


 のどぼとけが、上下する。


 そこへ唇をはわせば、どんな顔をするだろう。


 そんなことを考えている自分に、ため息をつき、炭酸飲料を口の中に流し込んだ。



 

 しばらく人通りの多い商店街を歩き目当てのお店の前に着いた。

 店内に入ると、肉の焼けた香ばしいにおいがした。


 それと同時に、おなかがなった。


 学生の時は、お金がなくて、量が食べれたら、質なんて二の次だった。社会人になっていいところは、それなりに収入もできるから、量と質を両立できるところだ。


 焼き肉屋は混んでいた。


 予約を入れておかなければ、かなり待つことになったはずだ。ネットでも評価が高く、並び具合からみても、人気店だとわかる。


 期待しつつ、案内された席に瑛と向かい合って座った。

 個室ではないが、しきられた空間に、落ち着く。


 最初にビールを頼み、渡されたメニュー表を瑛と眺めながら、注文を決めていく。


「はる、何人前食べる?」

「セットで注文すんの?」

「バラ?」

「オレのおごりだし。遠慮すんなって」

「なんで? こっちから誘ったのに。せめて割り勘だろ」

「オレ、めっちゃ食べるし」

「おれだって食べるけど」

「あき、たまにはおごられろよ」

「おごりたい理由は?」

「優越感」

「……ふっ、ははっ」

「なんで、笑って……」

「子どもみたいでさ」

 まだ、笑い足りないのか、声をころしてうつむき加減に笑っている。

 肩が小さくゆれていた。


「いいだろ」

「ま、それなら、おごってもらおっかな」

「そうしろ」

「セットでいい?」

「じゃあ、五人前で」

「はる一人で?」

 と言って、食いすぎと笑っている。

「二人でだ」と突っ込みを入れるよりも、楽しそうに笑っている瑛を見ていたかったから、その言葉は言わずに、笑わせておいた。


 呼び鈴を鳴らして来た定員に、肉を注文していく。

 セットと、ついでにバラでもいくつか頼んだ。

 しばらく待つと、店員によってビールが置かれ、網焼きの下に火がつけられた。顔が熱風で熱くなる。

 炭酸も飲んだが、冷えたビールは別。


「おつかれ」

 ジョッキを片手に、瑛が持つジョッキにカツンと軽くあて、ぐっと一気に飲む。苦みと、しゅわっとするのどごしに、いくらでも飲めそうだ。


 肉が来てないからと、三分の一で我慢した。


 待っている間、自分の日常を話した。

 瑛のことを聞けば、ちょっとつつくはずが、つついた先が悪くて、蛇がでてくるかもしれないくて、怖いのだ。子どもじみた気持ちだけど、傷つかなくていいならそれがいい。


 寂しくて、辛くても、このまま、この関係でいい。

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