第32話 文化祭、始動
体育祭の熱気が冷めやらぬまま、次なる学園イベント——文化祭の準備が始まった。
「ねえ、クラスの出し物どうする? やっぱ喫茶店系? 占い? 演劇とか?」
休み時間の教室は、祭り前の市場のように賑やかだった。
一ノ瀬悠真は、そんな喧騒を少し離れた席から静かに眺めていた。
(正直、どれでもいい。俺は人前に出るより裏方のほうが……)
そんなことを考えていたとき、ひとりの声が上がった。
「メイド喫茶! これしかないっしょ!」
「またそれかよ……」
「いやでも、文化祭といえば定番だし……」
「うちのクラス、女子のレベル高いしな」
「男子も着ればいいじゃん!」
冗談混じりの意見に教室がどっと笑いに包まれる。
その流れで、多数決の結果「喫茶店形式」が決まった。
◇
放課後。
企画が動き出し、さっそく準備の役割分担が話し合われた。
「衣装係はどうする? 買うと予算オーバーだよね」
「手作りしかないかー……でも誰が?」
誰も手を挙げない沈黙の中で、ひょいと元気な手が上がる。
「はーい! 私やります!」
声の主は七瀬ひよりだった。
「中学のとき裁縫部だったので、ミシンも得意です! 任せてください!」
その笑顔に場が明るくなる。自然と周囲から「おお、頼もしいな」「七瀬ちゃんすごい!」と声が飛んだ。
「じゃあ、デザインとか段取りは……天城、頼んでもいいか?」
「え、俺?」
突然振られた悠真は目を瞬かせた。
「ほら、この前の体育祭で使った看板のイラスト、あれお前が描いたんだろ? めっちゃ評判よかったぞ」
「……まぁ、描いたけど」
「じゃあ頼む! お前センスあるし!」
押し切られる形で、悠真は衣装デザインと装飾全般の担当を任されることになった。
(……結局こうなるのか)
小さくため息をつきながらも、悠真の内心は少しだけ悪くなかった。
「裏方で役立てる」ことは、彼にとって一番心地よい場所だから。
◇
数日後、家庭科室。
ひよりと悠真は放課後の教室で布と型紙を広げていた。
「先輩、ちょっとこれ持っててください!」
「お、おい、針が……」
「大丈夫です、私に任せて!」
ひよりは器用に布を縫い合わせていく。その横顔は真剣そのものだった。
「すごいな……手際がいい」
「えへへ、ほめられると照れますね。でも、先輩のデザインがあるから楽しいんですよ」
ひよりはスケッチブックに描かれた衣装案を指差す。
シンプルながら華やかで、どこか洗練されたデザイン。
「……こういうの、考えるの好きなんですか?」
「好き……っていうか。頭の中で形にできると、安心するんだ。人前に立つのは苦手でも、陰で誰かを支えられるなら、それでいい」
悠真の言葉に、ひよりはしばし黙ったあと、柔らかく笑った。
「先輩って、ほんと優しいですね」
「優しい……俺が?」
「はい。だって“誰かのために”って考えられるの、優しさですよ」
真正面から言われ、悠真は思わず目を逸らす。
胸の奥がくすぐったく、しかしどこか温かかった。
◇
廊下の窓際で、その光景を遠目に見つめる少女がいた。
白雪理央だ。
「……また、あの子と一緒に」
心の奥に小さな棘が刺さる。
わかっている。七瀬ひよりは嘘のない、まっすぐな子だと。悠真を慕う気持ちも純粋だと。
(でも……それでも)
自分でも理由のわからないざわめきが胸を占める。
その感情に気づかないふりをしながら、理央は静かに踵を返した。
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更新が遅くなってしまい申し訳ありませんでした。書く気力が出ず、気付いたら9月になっていました。今回から完結までは休まず更新を続ける予定なので、ぜひとも最後まで読んでいってください。
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