第32話 文化祭、始動

体育祭の熱気が冷めやらぬまま、次なる学園イベント——文化祭の準備が始まった。


「ねえ、クラスの出し物どうする? やっぱ喫茶店系? 占い? 演劇とか?」


休み時間の教室は、祭り前の市場のように賑やかだった。

一ノ瀬悠真は、そんな喧騒を少し離れた席から静かに眺めていた。


(正直、どれでもいい。俺は人前に出るより裏方のほうが……)


そんなことを考えていたとき、ひとりの声が上がった。


「メイド喫茶! これしかないっしょ!」


「またそれかよ……」


「いやでも、文化祭といえば定番だし……」


「うちのクラス、女子のレベル高いしな」


「男子も着ればいいじゃん!」


冗談混じりの意見に教室がどっと笑いに包まれる。

その流れで、多数決の結果「喫茶店形式」が決まった。



放課後。

企画が動き出し、さっそく準備の役割分担が話し合われた。


「衣装係はどうする? 買うと予算オーバーだよね」


「手作りしかないかー……でも誰が?」


誰も手を挙げない沈黙の中で、ひょいと元気な手が上がる。


「はーい! 私やります!」


声の主は七瀬ひよりだった。


「中学のとき裁縫部だったので、ミシンも得意です! 任せてください!」


その笑顔に場が明るくなる。自然と周囲から「おお、頼もしいな」「七瀬ちゃんすごい!」と声が飛んだ。


「じゃあ、デザインとか段取りは……天城、頼んでもいいか?」


「え、俺?」


突然振られた悠真は目を瞬かせた。


「ほら、この前の体育祭で使った看板のイラスト、あれお前が描いたんだろ? めっちゃ評判よかったぞ」


「……まぁ、描いたけど」


「じゃあ頼む! お前センスあるし!」


押し切られる形で、悠真は衣装デザインと装飾全般の担当を任されることになった。


(……結局こうなるのか)


小さくため息をつきながらも、悠真の内心は少しだけ悪くなかった。

「裏方で役立てる」ことは、彼にとって一番心地よい場所だから。



数日後、家庭科室。

ひよりと悠真は放課後の教室で布と型紙を広げていた。


「先輩、ちょっとこれ持っててください!」


「お、おい、針が……」


「大丈夫です、私に任せて!」

ひよりは器用に布を縫い合わせていく。その横顔は真剣そのものだった。


「すごいな……手際がいい」


「えへへ、ほめられると照れますね。でも、先輩のデザインがあるから楽しいんですよ」


ひよりはスケッチブックに描かれた衣装案を指差す。

シンプルながら華やかで、どこか洗練されたデザイン。


「……こういうの、考えるの好きなんですか?」


「好き……っていうか。頭の中で形にできると、安心するんだ。人前に立つのは苦手でも、陰で誰かを支えられるなら、それでいい」


悠真の言葉に、ひよりはしばし黙ったあと、柔らかく笑った。


「先輩って、ほんと優しいですね」


「優しい……俺が?」


「はい。だって“誰かのために”って考えられるの、優しさですよ」


真正面から言われ、悠真は思わず目を逸らす。

胸の奥がくすぐったく、しかしどこか温かかった。



廊下の窓際で、その光景を遠目に見つめる少女がいた。

白雪理央だ。


「……また、あの子と一緒に」


心の奥に小さな棘が刺さる。

わかっている。七瀬ひよりは嘘のない、まっすぐな子だと。悠真を慕う気持ちも純粋だと。


(でも……それでも)


自分でも理由のわからないざわめきが胸を占める。

その感情に気づかないふりをしながら、理央は静かに踵を返した。




___________________________________________________


更新が遅くなってしまい申し訳ありませんでした。書く気力が出ず、気付いたら9月になっていました。今回から完結までは休まず更新を続ける予定なので、ぜひとも最後まで読んでいってください。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る