第21話 揺れる少女たち

「……七瀬ひより?」


放課後の中庭で、美羽がその名を口にしたのは、偶然聞こえてきた会話がきっかけだった。

同級生たちが楽しげに話していた内容。それは「最近、天城先輩と仲良さげな一年生がいるらしい」という噂。


美羽はスマホを操作しながら、ため息混じりに呟いた。


「どこまで抜け目ないのよ、あの子……」


「嫉妬?」


後ろから声をかけてきたのは、理央だった。制服のまま、ゆるく結った髪を揺らしながら隣に腰掛ける。


「……別に。ただ、気になるだけ」


「気になるのは、悠真のこと? それとも、その子のこと?」


「どっちも」


すぐに返ってきた美羽の答えに、理央は目を細める。


「素直だね。私はまだ、迷ってるのに」


「……あんたらしくない。いつも悠真のこと、一番近くで見てたくせに」


その言葉に、理央の手がぴたりと止まる。

思い返すのは、校庭で笑顔を向けるひよりと、少しだけ柔らかくなった悠真の表情。


「……私、悠真の隣にいる資格あるのかなって、ふと思っちゃってさ」


「は? なにそれ」


「彼は、変わろうとしてる。なのに私は……ずっと“あの頃”のまま、彼を縛ってたんじゃないかなって」


言葉を失う美羽。


そんな理央の横顔は、いつになく繊細で、弱さを見せていた。


「私……変わらなきゃいけないのかも」


ぽつりと漏れたその言葉に、美羽は眉を寄せて立ち上がる。


「じゃあ、あたしはもう迷わない。今さら譲る気なんて、ないから」


強い目をしたまま、美羽はその場を後にする。

取り残された理央は、手の中のペットボトルを見つめながら小さく呟いた。


「……私も、ちゃんと向き合わなきゃ。今の彼に」



一方その頃、購買前のテーブルではひよりがほっこりとした笑顔でパンを頬張っていた。


「先輩、お昼はちゃんと食べてるんですか?」


「人に言えるほどじゃないけどな」


「じゃあ今度、お弁当作ってきますっ!」


その言葉に、悠真は思わずむせた。


「いや、そんな気を遣わなくても……」


「気なんて遣ってません! それに……昔助けてもらったお礼、まだできてませんし!」


「……いつの話だよ、それ」


「ずっと、覚えてるんです。私が一人で泣いてたとき、声かけてくれたの。『大丈夫か』って」


悠真はしばし言葉を失い、その瞳を見つめ返す。


あのとき、確かに小さな女の子が隅っこで泣いていた。誰にも気づかれずに──自分と、同じように。


「……変わってないんだな、お前」


「え?」


「まっすぐで、誰にでも優しくて。……正直、ちょっとだけ羨ましいよ」


頬を染めるひより。

そのやり取りを、遠巻きに見つめる理央の視線は、複雑に揺れていた。


(……でも、私は“信じてる”って、言ったんだから)


その言葉を守るためにも、彼女は一歩を踏み出す覚悟を固めようとしていた。

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