第21話 揺れる少女たち
「……七瀬ひより?」
放課後の中庭で、美羽がその名を口にしたのは、偶然聞こえてきた会話がきっかけだった。
同級生たちが楽しげに話していた内容。それは「最近、天城先輩と仲良さげな一年生がいるらしい」という噂。
美羽はスマホを操作しながら、ため息混じりに呟いた。
「どこまで抜け目ないのよ、あの子……」
「嫉妬?」
後ろから声をかけてきたのは、理央だった。制服のまま、ゆるく結った髪を揺らしながら隣に腰掛ける。
「……別に。ただ、気になるだけ」
「気になるのは、悠真のこと? それとも、その子のこと?」
「どっちも」
すぐに返ってきた美羽の答えに、理央は目を細める。
「素直だね。私はまだ、迷ってるのに」
「……あんたらしくない。いつも悠真のこと、一番近くで見てたくせに」
その言葉に、理央の手がぴたりと止まる。
思い返すのは、校庭で笑顔を向けるひよりと、少しだけ柔らかくなった悠真の表情。
「……私、悠真の隣にいる資格あるのかなって、ふと思っちゃってさ」
「は? なにそれ」
「彼は、変わろうとしてる。なのに私は……ずっと“あの頃”のまま、彼を縛ってたんじゃないかなって」
言葉を失う美羽。
そんな理央の横顔は、いつになく繊細で、弱さを見せていた。
「私……変わらなきゃいけないのかも」
ぽつりと漏れたその言葉に、美羽は眉を寄せて立ち上がる。
「じゃあ、あたしはもう迷わない。今さら譲る気なんて、ないから」
強い目をしたまま、美羽はその場を後にする。
取り残された理央は、手の中のペットボトルを見つめながら小さく呟いた。
「……私も、ちゃんと向き合わなきゃ。今の彼に」
◇
一方その頃、購買前のテーブルではひよりがほっこりとした笑顔でパンを頬張っていた。
「先輩、お昼はちゃんと食べてるんですか?」
「人に言えるほどじゃないけどな」
「じゃあ今度、お弁当作ってきますっ!」
その言葉に、悠真は思わずむせた。
「いや、そんな気を遣わなくても……」
「気なんて遣ってません! それに……昔助けてもらったお礼、まだできてませんし!」
「……いつの話だよ、それ」
「ずっと、覚えてるんです。私が一人で泣いてたとき、声かけてくれたの。『大丈夫か』って」
悠真はしばし言葉を失い、その瞳を見つめ返す。
あのとき、確かに小さな女の子が隅っこで泣いていた。誰にも気づかれずに──自分と、同じように。
「……変わってないんだな、お前」
「え?」
「まっすぐで、誰にでも優しくて。……正直、ちょっとだけ羨ましいよ」
頬を染めるひより。
そのやり取りを、遠巻きに見つめる理央の視線は、複雑に揺れていた。
(……でも、私は“信じてる”って、言ったんだから)
その言葉を守るためにも、彼女は一歩を踏み出す覚悟を固めようとしていた。
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