第53話 回転するヨーヨーは売れるか

「よっこいしょ、ですぅ」


 梨沙は、ゆっくりとディスミスターを立ち上がらせる。

 それを双眼鏡で確認した杉村は、次に上空を舞うエクシードに目を向けた。

 ビーム攻撃に、耐え抜いたことに満足したのか、エクシードはゆっくりと地上へ降下し始めた。

 その最中、エクシードの右手関節部がうねり装甲が盛り上がる。

 露出した骨格フレームも装甲とともに分離し、ビームソードのような発光体へと変化した。

 直後、エクシードの右手は何事も無かったかのように再生し、その発光体を両手で握り締め静かに構えた。

 どうやら次は白兵戦を楽しむつもりのようだ。


「お嬢様、奴は地上に降りたら直ぐに向かってくると思います。ですが、パワーでは敵いません。ビームソードでの取っ組み合いだけは、絶対に止めてください」


「はいですぅ」


 かといって、エネルギーライフルでは牽制にしかならず、間合いに入られたら無防備なまま力負けしてしまう。

 そう判断した杉村は、すぐさま指示を出した。


「ヨーヨーでいきましょう。これで距離を取りながら、変則的に攻撃していきましょう」


「分かりましたぁ」


 背部ユニットから円盤状の武装が2つ飛び出す。

 それをディスミスターは両手で1つずつ受け取り、前方へと突き出すように構えた。

 エクシードは地上に降り立つと同時に、ビームソードを振りかぶり、獣のような勢いで突進してきた。

 それに呼応するように梨沙はディスミスターの両腕を展開しヨーヨーを左右へと力強く投げる。

 投げた瞬間、電磁波フィールドで構成された糸がディスクの軌道を制御し、回転するディスクの外周からは、青白く輝くビームのこぎりが立ち上がる。

 梨沙はディスミスターの腕を振り、左右のヨーヨーを自在に操っていく。

 回転するディスクは、縦横無尽に軌道を変えながらエクシードに襲いかかった。

 最初の一撃はかわされた。

 だが二撃目、三撃目とヨーヨーの刃が立て続けに、肩、腿、腰へと浅く食い込んでいく。

 青白いビームのこぎりが装甲を切削し、火花と金属片を撒き散らす。

 再生能力が間に合わず、切断痕は次第に積み重なっていった。

 エクシードはそれでも止まらない。が、切り傷が蓄積し、徐々に鈍くなり始めた。


「おし! 流石私が設計した武器! 本物には負けるけどコスパは最強! これ、絶対売れる!」


 未来は双眼鏡をのぞき込みながら、満足げに頷いた。

 彼女が試作したこのヨーヨーは五体合体のスーパーロボットのオマージュ品で性能面では本家に大幅に劣る。

 だが、安価な材料を使って、町工場でも量産できるよう設計されている。

 ただ、ヨーヨーの糸を発生させる装置は、技術的にも法律的にも再現が不可能だった。

 そのため五体合体ロボットを保有する機関が製作した本家の廉価版の発生装置を購入して、ディスクに部品として組み込んでいる。


「慣れるまでは使い方が面倒くさい武器だ。どこまで売れるか分かんねえぞ」


 双眼鏡のレンズ越しに目を細めながら、杉村は未来にぽつりと漏らした。

 それに、このヨーヨーには、まだ改善すべき点がいくつも残っている。

 射程は本家の物より短すぎるし、糸の制御も不安定で、運用可能な制限時間も30秒程度が限界だ。

 だが、不安定な副動力炉に頼らず、エクシードを倒す方法は、このヨーヨーを使った搦め手以外に思いつかなかった。

 梨沙にもこの作戦は事前に伝えている。

 そして今、それを実行する時が来た。


「だいぶ動きが鈍ってきました! 当初の予定通り、まずはヨーヨーを巻き付けてください!」

「分かりましたですぅー!」


 杉村からの指示を受けた梨沙は、左手ヨーヨーのビームのこぎり機能をOFFにする。

 それをエクシードの脚部目掛けてディスクを投げつけた。

 放たれたヨーヨーは軌道を描きながら、エクシードの胴体から両腕、そして脚部へと巻き付いていった。

 エクシードは身をよじらせて糸を切ろうとしている。

 だが、全身に巻き付いた糸は、動きをじわじわと封じ込めていく。

 梨沙はその様子を注視しながら、左手のヨーヨーを手放す。


「おし! 次にいきましょう!」

「ええ! このまま動力炉を破壊します!」


 緊張感と集中からか梨沙の喋り方が普通になった。

 確かにこの一瞬が勝負を分ける状況では、いつもの口調ではいられないだろう。

 ヨーヨーでエクシードを転倒させ、隙だらけになったときに動力炉を狙う。

 これが、杉村の考えた作戦だった。

 あの動力源が本気ならば、動力炉を破壊しただけでは絶対勝てない。

だから、ディスミスターでは、どんなに頑張っても絶対に勝てない。

 だが、あの動力源がこんな低次元な状況で本気になるとは思えない。

 今も向こうは、人間の進化を推し測るお遊びのつもりだ。

 ならば動力炉を破壊すれば、人間の進化を堪能したことに満足して帰ってくれるだろう。

 エクシードの動力炉がある腰部分に右手のヨーヨーをぶつけ、ビームのこぎりを突き立てる。

 

「よし、いけ!」


 杉村が叫んだその瞬間、回転しながら高速でうなりを上げるビームのこぎりが、装甲を削り目標への侵入を始めた。

 エクシードは暴れようとしたが、両腕が封じられているため、それを止める術はない。

 未来は横目でそれを見ながら、ノートPCの画面に表示された宮園重工に保存されていたエクシードの設計データと照らし合わせる。


「もうすぐ動力炉に届くよ! このままいけば、のこぎりでぶった切れる!」


 火花を飛び散らせ、金属を裂く甲高い音を立てながら、のこぎりはさらに深く腰部分に入っていった。

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