第34話 杉村の値段

「お久しぶりです、高瀬社長。本来ならば応接室にご案内するべきところですが、こちらが良いということでしたので、あえてご希望に従いました。まずは弊社の不手際を謝罪いたします。ですが、この会社には、あなたに憎悪を頂く者が多いことはご存じのはずです。それにも関わらず、事前の連絡もなく訪問されたのは、いかなるご意図でしょうか?」


 業務用ラックが並ぶ倉庫の片隅に、簡易机とパイプ椅子を並べて即席の応接スペースが作られていた。

 パイプ椅子に座るとほぼ同時に、梨沙は刺を含んだ声でそう言った。

 一方の高瀬は、微笑を浮かべ続けている。

 梨沙の左隣に座っている未来は、露骨に慌てふためいている。

 右隣の杉村も、アドバイス以上に梨沙が感情的になっていることを言葉の節々に感じて、心臓が飛び出しそうになる。

どうやら、この場を穏便に取り持つことが自分の役割になりそうだ。


「はは。軽率なことをしてしまい申し訳ございません。このディスミスターをどうしても自分の目で見てみたくて、我慢できなかったのです。これを設計された藤沢と言い、スーパーロボット部品の流通を独自に構築した杉村と言い、弊社よりお嬢様の元に優秀な人材を派遣できていたようで何よりです」


「それで今回はどのようなご用件でしょうか?」


「本題に入らせていただきます。弊社で初めて着手するリアルロボット規格として、ディスミスターの採用を前向きに考えております。藤沢は開発主任として本社に復帰をさせるつもりです」


 高瀬の話を聞いた瞬間、未来は目を丸くして固まった。

 梨沙はそれをチラッと見て淡々と言葉を返す。


「御社の出向者の人事については、私には決定権がございません。勝手に話しを進められてはいかがでしょうか?」


「おっしゃることはごもっともなのですが、それでは感謝が足りないように思えましてね。それも私が直接伺った理由の1つです」


 空気が張り詰める中、杉村が一呼吸置いて口を開く。


「ちょっと良いでしょうか。社長、確かに素晴らしい話ですが、藤沢本人の意思は確認されたのでしょうか?」


「なにを言ってるんだね。人事では、社員個人の意思などあってないような者だ。君もサラリーマンならこのことは分かっているだろう」


「確かにそうですが、あまりにも急すぎます。本人の気持ちの整理も必要でしょうし……。とはいえ、藤沢も絶対に了承するとは思いますが、少しだけ時間をいただけませんか?」


「……確かに、唐突すぎたかもな。分かった、藤沢さんには後日、改めて返事をいただこう」


 高瀬は、微笑を崩さず、視線を杉村に移した。


「次に杉村君。今、うちでは専務のポストが空いているんだ。その玉突き人事として動かさなければならない人材が何人かいる。君の元上司の久我さんも役員待遇に引き上げる予定だ。つまり営業部長のポストも空席になる。それを君にお願いしたい」


 予想外の言葉に、杉村は思わず声を上げた。


「す、すいません。ちょっと待ってください。俺が部長!? 冗談ですよね? 本社で典型的なボンクラ営業マンだったんですよ」


「ルースダストでのスーパーロボット部品販売網の構築、あんなのは誰にもできることじゃない。十分な実績だよ」


「それは戦争特需で、たまたまうまくいっただけです! 平時でも軍備に必要不可欠なリアルロボットと違って、スーパーロボット部品なんて限られた一部の機体にしか需要がないですよ! 現に僕の本社での営業成績は散々だったはずです!」


「そう。スーパーロボット部品は、普通は誰がやっても赤字だ。原価率が高く、工程も複雑、しかも、ほぼオーダーメイドに近い製品ばかりで、ロットもまともに組めず、かつては過剰部品を、大量に製造してしまっていた。当然のように利益率は著しく低い。そのくせ需要はごく一部の保有機関に限られている」


 ここで高瀬は一度言葉を区切り、微笑を崩さずに続けた。


「そんな中で、君はほんのわずかながらいつも黒字を維持した。単年だけならまだ分かる。しかし、毎年黒字を出し続けるとは、凄いとしか言いようがない」


 それは、得意先がたまたま良い人間ばかりだったからだ。運が良かっただけで、決して自分の力ではない。

 杉村が困惑する中、高瀬はさらに話を続ける。


「とある保有機関を偶然訪れたときに聞いたのだが、君はスーパーロボット部品を組み込んだリアルロボット規格の構想を、かなり前から練っていたそうだね。そしてスーパーロボットの維持に困窮している、ほぼ全部の保有機関に、この提案をしてまわっていたと聞いている。ディスミスターはまさにその答えだ」


 高瀬は少し身を乗り出すと、力強い声で杉村に呼びかける。


「今後は営業部長として、ディスミスターを販売する陣頭指揮をとり、保有機関を救って欲しい!」


 今、スーパーロボット保有機関の大多数が、戦争特需で潤っている。

 だが、それまでは政府の補助金と民間からの寄付でようやく運用を維持していた。

 しかし、いずれ戦いは終わる。

 そうなれば、再び冷遇され、予算縮小に晒されるのは目に見えている。

 だからこそ、過剰な支援に依存せず、自前で防衛のための財源を確保できる手段が必要だ。

 それが、世話になった得意先への自分なりの恩返しにもなる。杉村はそう考えて、このプランを愛花に提案した。

 高瀬は言っていることは杉村の理想に非常に近しい内容だった。

 だが、あまりにも話が出来過ぎているので、あえて逆の立場で質問をぶつける。


「……ですが、一ノ瀬次長の案はどうなったのでしょうか?」


「聞いているかも知れないが、彼女には、もうまもなく正式な処分が下る。あのプロジェクトの継続は無理だな」


「ですが、戦争前に大々的に発表しましたし、会社としても中止にしづらいのではないかと思ったのですが」


「プロジェクト自体も問題だよ。君も彼女が独断でマスコミに大々的に発表した内容は知っているだろう。あんな危険で荒唐無稽なものは製品にならない。彼女の問題行為が発覚せずとも、中止の裁定を私は下したろうね」


「……もう1つお伺いしたいことがあります。僕がルースダストでやったことは、すべて宮園重工の利益に反することです。それによる昇進は明らかにおかしいと思うのですが」


「ディスミスターが量産化されれば、使用するスーパーロボット部品を我が社が生産したものだけで賄うことは困難だ。だが、君が開拓した供給網を活かせば、その懸念は解消される。長期的に見れば、会社の大きな利益になることをやっている」


 余りにも理想的な返答に、杉村は逆に考え込んでしまう。


「そうか、君もどうしたいかは、後日確認した方が良いようだな」


 そう締めくくると、高瀬は一転して視線を梨沙に移す。


「お待たせしましたお嬢様。優秀なこの2人を弊社に戻すわけですので、御社にも当然、相応の謝意を示す必要があります」


「……なんでしょうか?」


「はい、弊社がお嬢様の保有するルースダスト株式の49%を、現在の資産価値を基に算出した上で、その1.5倍の価格で買い取らせていただきます」


 この言葉を聞き梨沙は目を細める。


「御社の子会社になれということでしょうか?」


「それは誤解です。お嬢様には議決権の過半数が残りますので、そうはならないかと思います」


 高瀬は柔らかい物腰のままそう返した。

 だが、杉村には、その言葉の裏にある含意がすぐに見えていた。確かに表面上は子会社ではない。だが、実態は違う。

 社員のほとんどは宮園重工からの出向であり、資金繰りも販路も、いまだに宮園の影響下にある。株の49%を握られるということは、名目上の独立を残したまま、経営判断や外部との交渉で常に宮園重工の顔色をうかがう必要が出るということだ。

 もし今後、追加の資本投下や株式交換、あるいは役員派遣といった形で、もう一歩踏み込まれれば、ルースダストは名実ともに宮園の傘下に組み込まれることになる。

 高瀬はディスミスターに想像以上の将来性を見ているようだ。だからルースダストが他社の支援を受けて類似機を製作しないように、完全に傘下に組み込みたいのだろう。

 そしてこれは、梨沙にとっても魅力的な話でもあった。

 今のルースダストは杉村が始めた新規事業のおかげで、かつてないほどの収益をあげている。

 だが、あくまで今の時点に限った話だ。

 戦いが終われば、需要は急速に冷え込み、宮園重工からの仕事に頼らざるを得なくなるだろう。

 そのとき、安定した資本の後ろ盾があることは何よりも重要になる。株式の一部を手放すことで得られる信頼と資金は、いずれ来る冬の時代を乗り切るための保険にもなり得た。

 そして今回の申し出を断れば、産廃引き取りの仕事すら切り捨てられるかもしれない。

 梨沙もそれが分かっているのだろう。険しい顔でずっと沈黙している。


「なるほど。これこそ直ぐには決めづらいことですからね。考えが決まりましたら、連絡をください」


 高瀬は、梨沙に軽く一礼をして去っていく。

 杉村は、その背中を見ながら、自分の気持ちを整理し始めた。

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